唐津絵理と山本麦子が語る、“実験と出会いの場”としての愛知県芸術劇場「ミニセレ2022」 (2/3)

額田大志率いるヌトミックは「ぼんやりブルース」を再演

──11月に上演されるヌトミックの「ぼんやりブルース」も初演は東京の小劇場、こまばアゴラ劇場だったので、今回はかなり空間が変わります(参照:ヌトミック「ぼんやりブルース」幕開けに額田大志「堅実で軽やかな作品が誕生しました」)。

山本 「ぼんやりブルース」は昨年10月に上演された作品です。昨年4月に昨年度の「ミニセレ」で額田大志さんには細井美裕さんとのコラボレーション作品「波のような人」を上演していただきました(参照:“虚構のような現実”乗り越えるために、ヌトミック+細井美裕「波のような人」開幕)。「ぼんやりブルース」を観たときに、「波のような人」のクリエーションで生まれた感覚、あのとき感じていたことをさらに発展させたであろうことが入っているのではないか、と感じたんです。終演後に額田さんとお話したとき、ご本人も「4月に小ホールでやったことでこの作品が生まれました」とおっしゃっていて。細井さんとのクリエーションは今後もまた続けていきたいと思っていますが、まずはこの「ぼんやりブルース」を小ホールで展開してみたいな、小ホールだったらさらに面白い広がり方をするんじゃないかなと思いました。またこの作品は今年の岸田國士戯曲賞の最終候補作にもノミネートされており、今の若者の焦燥感を発信しようとしている力強い作品なので、愛知のお客様にも共感されると思っています。

ヌトミック「ぼんやりブルース」より。 ©︎コムラマイ

ヌトミック「ぼんやりブルース」より。 ©︎コムラマイ

──額田さんは、ご自身が「ミニセレ」を体現されているような、ジャンルレスのアーティストだと思いますが、山本さんが感じる額田さんの魅力はどんなところにありますか?

山本 額田さんは大学の卒業制作だった「それからの街」で第16回AAF戯曲賞の大賞を受賞されていて(参照:第16回AAF戯曲賞、大賞は額田大志「それからの街」、特別賞に深谷照葉)、以来ずっと拝見しています。音楽と演劇の間を軽やかに行ったり来たりして活躍の場を広げつつ、活動のバックボーンにリトミックがあるので、感覚的なようでありながらきちんと理論があるところが強さだと思います。

AAF戯曲賞受賞作の「リンチ(戯曲)」は振付家の余越保子と粟津一郎の共同演出

──12月には第20回AAF戯曲賞受賞作である羽鳥ヨダ嘉郎さんの「リンチ(戯曲)」が上演されます(参照:第20回AAF戯曲賞大賞は羽鳥ヨダ嘉郎「リンチ(戯曲)」、特別賞にモスクワカヌ)。昨年の選考会で、選考委員の皆さんも、実演がかなり大変そうだとおっしゃっていたのが印象的でした。今回、振付家の余越保子さんに演出を託したのは?

山本 この戯曲は、どうやって上演するのか、そもそも上演不可能なのではないかというのが審査会でも話題になった作品でした(参照:リンチ(戯曲)PDF / 5.5MB))。なので、受賞記念公演に向けて、しばらくテキストを眺めてはどうしようかと悩んでいました……(笑)。昨年11月にまずは戯曲を読み、分析や考察をする会をオンラインで行い、評論家で美学を専門とされている平倉圭さんゲストで参加していただきました。そのとき、この作品はテキストでありつつも身体を扱っている戯曲だなと強く感じました。というのも戯曲の最後にとてもたくさんの引用文献が記されていて、それは近代から現代日本を描くための歴史的・社会的なコンテクストみたいなものなんですけど、その表象部分としてかなり強い身体を扱っているんです。例えば介護される側とする側とか、男性と女性とか、一見すると脈絡がなさそうな社会的事象を表す言葉の背景に、必ず身体があるということが描かれているのだと感じ、それならば振付や身体に向き合うことをしている方に演出をお願いしたいと考えました。ただ、余越さんも最初に戯曲を読んだときは「……これはどうしたら良いんでしょう?」と面食らっていた感じはあったのですが(笑)、その後ご自身でもいろいろと調べてくださり、またご自身のご経験も踏まえながら、新たなリサーチを交えて、作品に向き合おうとしてくださっています。その中で、ダムタイプのメンバーである粟津一郎さんとの共同演出で上演するという形が見えてきました。

「リンチ(戯曲)」ビジュアル

「リンチ(戯曲)」ビジュアル

──唐津さんが余越さんを推薦されたのはどんなところだったんですか?

唐津 ニューヨークにお住まいだった余越さんが帰国されてから何度かやり取りしたり、公演を拝見したりする中で、テーマと真摯に向き合い、丁寧にリサーチして、その背景を身体で掘り下げ、社会に接続していく創作スタイルに関心を持っていました。今回の戯曲のキーワードとなるであろうジェンダーや介護といった問題にも興味を持たれるのではないかと思いましたし、現在は京都にお住まいですが、長い間ニューヨークに住んでいらっしゃったので、ほかの国から日本を見る客観性もあるだろうと。「リンチ」には作家の突き放した視線を感じていたのですが、余越さんの日本社会との距離感みたいなものが今回の作品に合うのではないかとも感じたんですね。最初は確かに困らせてしまったんですけど、これまでにないチャレンジだと、非常に前向きに取り組んでくださっているので、私もすごく楽しみにしています。

山本 お二人とは、本当にたくさんのレイヤーが重なる中にさまざまなトピックがちりばめられている、宇宙のような作品だなとお話しています。その中で今回はどんな星座を描くのかを、これから探っていきます。

「ダンス・セレクション」には“今”を感じる2組

──来年2月の「ダンス・セレクション」にはストリートダンスをベースに、卓越した身体性が魅力のnousesさんと、美意識に貫かれた作品世界の中にポップさとアート性が共存する橋本ロマンスさんが登場します。非常にエッジが効いた顔合わせですね。

nouses

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橋本ロマンス

橋本ロマンス

唐津 「ダンス・セレクション」は過去数年くらいの中で生まれてきた比較的新しい作品を、さらに練り上げて上演することで、日本では少ない再演の機会を提供すること、作品のクオリティを上げること、その瞬間を愛知の方々にも観ていただくことを目指して企画してきました。またプロデューサーとしては、いつもどういう組み合わせでキュレーションすれば観客により興味をもって面白く観てもらえるかということを考えているのですが、今回はダンスの枠にハマらないという点と、今日的な若い感性という視点から2組をセレクトしました。ただ作品の方向性は対極的で、ストリートダンスと現代アートを融合させることを試みたり、音楽もご自身で手掛けられるnousesさんは、1つの宇宙でもある“身体”そのものを突き詰めていくことで、自然と一体化していくような、どちらかというとミクロのアプローチをするアーティストです。一方で、橋本ロマンスさんは社会全体を俯瞰して、今の若者たちが居るこの社会を冷静に見つめる中で、若者の焦燥感や不安などの社会課題を、批評性を持ちつつ、若者には親近感を持てるようなポップな感覚でパフォーマンスにしていく、どちらかといえばマクロなアプローチをするアーティスト。そんな今の京都と東京を代表するような2組に名古屋で落ち合っていただいて(笑)、ここでしか観られないステージにしていただきたいなと思っています。