「めんたいぴりり～博多座版～未来永劫編」の開幕を約1カ月後に控えた3月初旬、稽古が行われている東京のスタジオを訪れた。稽古場の扉を開けるやいなや、「がんばれ、がんばれ、ライオンズ！」と、キャストたちの活気ある声が飛び込んでくる。繰り返されていたのは、中洲市場の人々が1台のテレビを囲み、西鉄ライオンズの試合に熱狂しているシーンだ。演出の東憲司は、セリフのタイミングにこだわりつつ「動きを大きく！」と明確な指示を飛ばす。また東は、20人近くの役者が一堂に会するこの場面で「隣の人とぶつからないように！」と注意を促した。

アクティングエリアには、中央にちゃぶ台を据えた海野家の居間がある。その奥には台所、茶ダンス、食器棚に見立てた机や箱馬が置かれ、小道具の明太子も並べられていた。居間は、海野夫婦と従業員たちが切り盛りする食料品店・ふくのやの店頭につながっている。

稽古は序章から1シーンずつ行われていった。東は、台本のト書きを読み上げ、ときには「パーン！」「カキーン！」「ポー！」など、効果音を声に出し、場に臨場感を与えていく。全体の動きに目を配り、きびきびと演出する東の姿は、まるで博多祇園山笠を執り仕切る威勢のいいリーダーのようだ。

「めんたいぴりり」の作品世界がすっかり身体に染み込んでいる博多華丸は、町の人から「大将」と慕われる俊之を、人間臭い人物として表現。明太子作りに情熱を傾ける“のぼせもん”を地でいく男を自然体で演じた。酒井は、そんな俊之の尻を叩きながらも愛情を注ぐ世話女房・千代子をパワフルに体現。ほうきを振り回し、夫に詰め寄るさまは“博多のおかみさん”そのもので、ハツラツとした笑顔は周囲を明るく照らした。

夫婦の周りを囲むのは、八重山役の瀬口寛之、松尾役の斉藤優、笹嶋役の福場俊策、ミチエ役の井上佳子という、シリーズを通して、ふくのやの従業員を演じてきたキャストたち。「めんたいぴりり」の世界観を共有してきたメンバーだからこそ、演技もぴったり息が合っている。また本シリーズのお約束となっている俊之と、ゴリけん演じる“金物屋のでんさん”が井戸端会議に花を咲かせる場面では、台本に“押し問答”とだけ書かれており、華丸とゴリけんが延々と世間話を繰り広げるアドリブが加わる。2人の絶妙なコンビネーションに稽古場は笑いに包まれた。

シリーズ初参加の面々にも注目したい。大空ゆうひが演じるのは、海野家の長男・健一の担任の先生、花島幹江。彼女はとある悩みを抱えて俊之を頼る人物で、劇中では歌唱も披露する。怪しい雰囲気をまとった常連客・石毛太郎を演じる相島一之は、ひねくれた一面のあるキャラクターを飄々とした演技で魅せた。

本作をプロデュースする博多座は、2015年に「めんたいぴりり～博多座版～」を手がけ、17年には同じく華丸が主演した舞台「熱血！ブラバン少女。」で、地元福岡の精華女子高等学校吹奏楽部とコラボレートした。今回も博多発の物語を作り上げるうえで、福岡をはじめ九州地方出身者、福岡在住のメンバーを多くキャスティングしている。第二次世界大戦時に俊之の上官を務めていた中村伊佐美役の川原和久、出兵した息子の帰りを待ち続ける春日沙織役の藤吉久美子、元博多人形師・丸尾老人役の小松政夫らが福岡出身だ。

稽古場の端には、ふくやの“明太せんべい”といった福岡名物の差し入れが並べられていた。休憩中、これに舌鼓を打つ座組メンバーの輪の中で、共演者に気さくに話かける相島が、博多弁の精度を“博多弁ネイティブ”にチェックしてもらっている姿も印象的だった。「めんたいぴりり」では激動の戦後を乗り越え、未来に向かって生きる人々が描かれる。稽古場でキャスト、スタッフが一致団結する姿は、まさにお互いを思いやる中洲市場の人々そのものだった。

そんな出演者を率いる東は、稽古中たびたび演出席から立ち上がり、役者のもとへ歩み寄っては丁寧に演出をつけていった。激しい夫婦喧嘩の場面では、東自身が実際に演じてみせ、俳優陣はその一挙手一投足を真剣な眼差しで見つめる。シーンが形作られていくと、中洲の住人たちの何気ない息遣いから生活の匂いが立ち込め、稽古場には昭和30年代の日本の情景が浮かび上がった。