マルコス浄瑠璃「金閣寺」に向けた文楽・歌舞伎・ダンスのワークショップレポート&マルコス・モラウインタビュー (2/2)

マルコス・モラウ インタビュー

ワークショップ終了後、マルコス・モラウにインタビュー。なぜ三島由紀夫「金閣寺」をモチーフにすることにしたのか、また表現のバックグラウンドが異なるキャストとのワークショップで感じたことなど、率直な思いを語ってくれた。

三島文学の身体性を、今の身体を通して乱反射させる

──マルコスさんは本作の構想を10年以上温めていらしたそうですね。三島作品に対して、以前から興味をお持ちだったのでしょうか?

三島由紀夫は日本のみならずスペインでもそれ以外の国でも、かなり名が知れている作家です。今回、いろいろなアイデアの中から三島由紀夫という題材に決めたのですが、彼の美に対する意識や生きる中の葛藤は、現代を生きる私たちにも強く伝わってくるところがあると思っています。と同時に、違う時代、違う世代の私たちだからこそ伝えられる新たな面、感じられる違うものもあるんじゃないかなと。

マルコス・モラウ

マルコス・モラウ

また自分自身のトピックとして、実在した人物の生前の活動や死を、どのようにアートに落とし込むのかということへの興味も大きくありました。今回「金閣寺」をメインに持ってきたのは、三島由紀夫さんご自身の生き方、亡くなり方が「金閣寺」という作品に象徴されているのではないかと考えたからです。「金閣寺」は美に対する意識を追求するのにふさわしい、素晴らしい作品だと思いますし、哲学的な観点から考えても、日本の人たちが普段から感じている美に対する意識を、「金閣寺」を通じてオーバーラップできるのではないかと考えました。

──プロデューサーの高野泰樹さんは、マルコスさんが「三島由紀夫の文学を身体性の文学として捉えているのではないか」とお話されていました。「三島は、観念だけで作品を構築する作家ではなく、綿密なリサーチと自らの行動を通じて、言葉の限界をさらに押し広げようとした人物だと思います。そうした実践の積み重ねが、彼の文学に独特の肉体の気配をもたらしていて、その点がダンスになり得るとマルコスさんが考えているのではないか」と。

(うなずきながら)とても興味深い指摘だと思います。三島という作家は、言葉だけで世界を把握しようとはしなかった。むしろ、言葉が届かない領域があることを誰よりも自覚していて、そこに踏み込むために身体を使うことを選んだ人だと感じています。筋肉を鍛えることや、行動そのものを作品の一部として取り込む姿勢は、単なる趣味やポーズではなく、世界に触れるための彼なりの方法論だったと思うんです。

僕が興味を引かれるのは、そうした身体的な実践が、彼の文章のリズムや、思考の運動神経のようなものにまで影響している点です。三島の言葉は、観念の彫刻というより、筋肉が収縮したり、呼吸が変わったりするみたいに“動く”。読んでいると、身体の奥で反応が起きるような質感がある。

今回のワークショップは、その身体性をどうダンスとして捉え直せるかを探る“第1章”だと感じました。まだ明確な形にはなっていませんが、その“まだ掴みきれない”状態のまま、多くの方と一緒に試行できたことが、とても意味のあるプロセスだったと思っています。

マルコス浄瑠璃「金閣寺」ワークショップの様子。

マルコス浄瑠璃「金閣寺」ワークショップの様子。

──本作には、人形遣いをはじめ、さまざまな表現方法を持ち、身体にアプローチしている面々が出演します。どのような意図でこの顔合わせを考えられたのでしょうか?

お互いの違いに“恋に落ちる”のは、ある意味簡単なことです。でもそれをそのまま使うのはクリーシェ(ありふれている)なので、演出家としては、考え抜かれたプランを先に提示する必要がありました。その中で、私がこれまでも作品の中で“人形”を多く扱ってきたことを高野さんがご存じで、「文楽の影響があるなら、日本の舞台芸術を織り交ぜたらどうか」ということになり、歌舞伎の人形ぶりと文楽を持ってくることにしました。といっても、例えば文楽のスタイルをそのまま作品に反映させるわけではなく、それを一つのツールにすると言いますか、それぞれの表現の要素をパズリングすることをミッションにしていて、各分野の要素は強く保持された状態のまま、作品作りをすることを目指しています。つまり、文楽や歌舞伎といった歴史ある芸術文化とコンテンポラリーダンスという現代的なものをどう組み合わせて作品を作り上げていくのかが、今回の大きな課題だと考えています。

この後、スペインで本作の参加メンバーのオーディションをしますが、既に世界中から1000人近くの応募があります。素晴らしい日本の演者の方に集まっていただくので、いいダンサーをオーディションで選びたいと思っていますし、このプロジェクトにできるだけオープンマインドで参加してくれるような、作品の方向性にフィットするダンサーを探すのが今後の私の務めかなと思います。

──今回のワークショップを通じて、マルコスさんご自身はどのようなインスピレーションを受けましたか?

身体性の部分で言うと、文楽と歌舞伎とダンスの方が、どのように異なる身体を持っているのかを大切に考えました。この三者をどうつなげていくのか、同じ世界観の中にどのように持ってくるのかが今回の私のミッションです。ただ、ワークショップで感じたこととしては、動きの抽象化という点で、三者にはものすごく共通点があるということです。どの分野も言葉を直接的には使わず、身体の動きや顔の表情の組み合わせで観客に何かを提示しており、解釈自体は観客に自由度があります。それが、文楽と歌舞伎とダンスの、文化における共通点だと思います。もちろん、文楽の方がご自身でダンサーのように身体を動かす、というようなことはまったく考えていないので(笑)、同じ空間、同じテーマでクリエーションを続ける中で、お互いが自然と共鳴したり、影響し合ったりすることを大切にしていきたいと思っています。

そして、このように異なる文化をシェアしていくのは、一種のサバイバルかなとも思っています。集団でプロジェクトに向かうことは非常に大事だと思いますし、身体性はコミュニケーションにおいても1つの武器ではあるので、お互いがどのように異なる身体性を持ってくるのかを、クリエーションで提示し合えたらと思っています。

なので、今後のリハーサルでは、動き続けるというよりはお互いを見て話し合って、観察をして……ということを繰り返すワークショップにしようと思っています。今回のようにお互いの出自が異なる場合、自分が安心して表現できる場所、分野がそれぞれにあるので、お互いを蔑んだり、自分自身を見せびらかす必要がまったくありません。会話を通して、それぞれが同じスタートラインに立てるからです。たとえば僕は文楽についてまだ知らないことがたくさんありますが、美術館の展示を観に来た一観客のような感じで、まずはそれぞれの表現を見せてもらい、それを自分がどういうふうに受け止めるのか、どう使うのかを考えていきたいなと。キャストの方同士も初対面の方々が多いのですが、僕のゴールとしては、このプロジェクトを通して“家族”を作ることだと思っています。

──ワークショップでは、文楽の人形を実際に動かされました。どのような印象を持たれましたか?

タイプは異なりますが、ラ・ヴェロナルでもかなり人形を使っていて、不自然な動き方、身体性については、人形に影響を受けている部分がありますし、人間離れした動きについてはやっぱり人形のほうが適しているなと感じるところがあります。文楽人形に関しては、まだ処理しきれていない部分、自分の身体に落とし込めていない部分が大きくありますが、実際に文楽人形を扱った経験は、今後クリエーションを進めていく中で絶対に大きな影響があると思っています。

私が常に感じているのは、自分の周りでどういうことが起きているのかを感覚を研ぎ澄ませて察知し、そこからインスピレーションを得ること。それがクリエイターとしての使命の一つです。その点でも、文楽人形に触れたことは得難い経験でした。

──マルコスさんはヨーロッパを中心にさまざまなカンパニーに振付をされています。今回のプロダクションは特別な経験となりそうですか?

人間は経験を積み重ねていくものだと思いますが、過去に得た教訓や知識を蓄積しつつ、新しい情報を取り入れることに常にオープンでいることは大事なことだと感じますし、プロジェクトごとに違ったメンバー、違う関係性と出会うことは、常に新しい発見があります。今、僕は43歳なんですけれど、新しい発見や研究、クリエーションを続けることを生きがいに感じていますし、今回日本に来られたことは、僕にとってとても新しいことです。今回の作品にはさまざまな出自のメンバーが参加しますが、アートを作るという共通点からするとそれぞれが持っている方向性、やりたいことは一緒だなと思います。芸術を通して、我々がまだ知り得ない境界、マジカルな部分をどんどん探っていきたいし、その点ではどのプロダクションでも僕のスタンスはあまり変わりがないのではないかとも思います。

もちろん、過去にさまざまなカンパニーで振付させてもらった経験があるからこそ、もっと新しいものを探りたいと思う自分もいますし、先ほど“サバイバル”と表現した通り、ほかの人たちとつながりを持つということも大事だと思います。今回、Bunkamuraさんからいただいた新プロジェクトは、僕の人生の中で新たな一章節になると言いますか、新たな扉を開いてくれる機会になるんじゃないかと思います。

──ワークショップの最後には、皆さんの経験年数などキャストの方に聞いていらっしゃいました。鍛錬を重ねた身体を持つ人たちの表現に魅力を感じる部分はありますか?

そうですね。今回、異なる身体性を見せてもらい、大まかなアイデアを得ることが目的でした。予定より早めに稽古を終えたのは、これ以上深掘りしてしまうと、歌舞伎や文楽の説明のようになってしまうなと思ったからです。リサーチを深めるのはすごく好きですが、今回はあえてそれを控えました。これから、ワークショップから得たちょっとしたヒントをもとに、自分がその身体性をどう広げていくのか、作品をどう引っ張っていくのか考えていきたいなと。

──本作では“美”が大きなテーマとなります。マルコスさんが思う、この作品における“美”について、ヒントをいただけるとうれしいです。

その問いについて考えることが今回のプロジェクトの肝になるので、具体的に言葉ではまだ説明できませんが、僕を含めて芸術家たちはどういうふうに今の時代を生きているかということを、お客様に提示するというのはテーマの一つかなと思います。三島由紀夫の言葉をそのまま動きにして舞台に乗せるということではなく、三島由紀夫という天才が書いた「金閣寺」という作品を“言い訳にして”、現代に生きる僕らが日々感じていることをお客様に提示する、ということが今回の作品の一つの効用です。さらに冒頭でお話しした通り、三島のように過去に実在したアーティストを扱うにあたって、今の視線から振り返ってどう思うか、は大事なことだと思っていて、アーティストにとってはむしろ、それが一番面白いし、難しいことなんじゃないかなと思います。

今この世界で生きている自分と周りの環境との関係性によって、自分の感情や経験が揺さぶられるので、それをどう昇華して自分の作品に落とし込んでいくのか。来夏の上演に向けて、しばらく自分の中で練っていく予定です。

マルコス・モラウ

マルコス・モラウ

プロフィール

マルコス・モラウ

1982年、スペイン・バレンシア生まれ。2005年にLa Veronal(ラ・ヴェロナル)を設立。これまでにベルリン国立バレエ、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)、スウェーデン王立バレエ、ノルウェー国立バレエ、スペイン国立バレエ(CND)などに作品を提供。2013年スペイン国家舞踊賞、2023年フランス芸術文化勲章シュヴァリエ受章。これまでの作品に「Afanador」「Sonoma」「Firmamento」など。2026年3月にはフランスのパリ・オペラ座バレエで新作「Étude」を発表予定。2025/26シーズンよりNDTのアソシエイト・コレオグラファーに就任。