天野天街と小熊ヒデジが語る“演劇でしかできないこと”を詰め込んだ「りすん」、キャストが明かす稽古の様子

2010年に初演された少年王者舘・天野天街演出による「りすん」が、13年ぶりに上演される。「りすん」は、「アサッテの人」で第50回群像新人文学賞、第137回芥川賞を受賞した諏訪哲史が2008年に発表した作品で、“小説にしかできないことを小説で表現した”実験小説だ。同作を、天野は“演劇でしかできない方法で、演劇で”立ち上げ、初演時に好評を博した。再演となる今回は、オーディションによりメンバーを選出し、三重・愛知・高知を巡る。

ステージナタリーでは脚色・演出を手がける天野と、再演で企画・制作を務める小熊ヒデジにインタビュー。共に愛知県名古屋市を活動拠点とし、KUDAN Project「真夜中の弥次さん喜多さん」などで創作を共にしてきた2人が、「りすん」上演への思いを語る。なお後半では、出演者の加藤玲那、菅沼翔也、宮璃アリが共演者の印象や稽古の様子をつづっている。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 千葉亜津子

「再演する芝居なんだろうな」と思っていた

──「りすん」は芥川賞作家・諏訪哲史さんの長編小説を原作に、2010年に愛知の七ツ寺共同スタジオのプロデュース作品として舞台化されました。骨髄がんで長期入院中の妹とその兄が病室内で繰り広げる他愛ない会話を軸にしつつも、実は2人のやり取りが、同じ病室の女性患者によって描かれたものだと明らかになる……という実験小説です。天野さんは、周囲からの勧めがあって演出を引き受けられたそうですね。

天野天街 ええ。もともと諏訪くんとは知り合いだったのですが「りすん」を読んだのは、舞台化の話が浮上してからでした。地の文がなく会話だけで進む実験小説なので、そのまま演劇にしたら楽だなと思わせるんだけど、実はいろいろな仕掛けがたくさんあって、すごく罠がありそうだなと。とにかく小説にしかできないことをきっちり考えて作られた作品だから、こっちもそれを演劇でしかできないことに変換していかないといけないなって思いました。

──諏訪さんは、以前から天野さんの舞台をご覧になっていたそうですね。

天野 1992年に演出した野外劇「高丘親王航海記」(編集注:七ツ寺共同スタジオ創立二十周年、少年王者舘十周年記念企画公演として上演された。なお今年もITOプロジェクト公演で天野が同作の人形劇バージョンの演出を務める)を観に来ていたということを、芥川賞をとってから新聞で対談したときに聞きました。

──小熊さんは、初演は観客として本作をご覧になり、今回は企画から本作に関わっていらっしゃいます。初演を観て、どんな印象をお持ちですか?

小熊ヒデジ 「すごい!」って思いました。だからすごく、すごいなって……。

天野 あははは! 語彙が……

小熊 少ないね(笑)。

左から天野天街、小熊ヒデジ。

左から天野天街、小熊ヒデジ。

──天野さんの演出を何度も体感されている小熊さんでも「すごい」とお感じに?

小熊 そうですね。僕が出演したものとタイプが違うと言ったら変だけど、「りすん」はあまり動きがない感じの芝居ですが、僕が出演したものは動きが多い芝居だったし、初演を観たときに「再演する芝居なんだろうな」って思ったんです。そのくらい強度があるというか、ある意味完成されているような印象があって。なので、今回企画担当として一から作品に携わることになり、台本と初めて向き合って「いやいや、すごい台本だな」って改めて思っているところです。

──天野さんご自身は初演にどんな手応えを?

天野 初演は13年前なのでスカスカの記憶しかないんですけど、“小説のようなもの”が“エンゲキのようなもの”になってはいたかなあ、と。

左から天野天街、小熊ヒデジ。

左から天野天街、小熊ヒデジ。

2人なら思い描いているような芝居ができるのでは

──観客の反応を見ても、初演のキャスティングがぴったりだったという声が大きかったです。また初演は出演者17人で上演されましたが、今回は3人です。

小熊 初演は「あいちトリエンナーレ」の1プログラムということでアンサンブルを大勢入れることになっていたので、17人は天野くんの意図ではなかったんですよね?

天野 そう。なので三人芝居バージョンがしっくりくるというか、やっぱりそれしかないなと。

──今回、オーディションで兄役と妹役が決定されました。初演の評判が良かっただけに新たなキャストの選出は難しかったのでは?

天野 そうですね。選考時間があまりなかったからある意味直観で。加藤玲那さんと菅沼翔也さんのかもす雰囲気の中に、本番をやっている姿が見え隠れしていて、2人なら思い描いているような芝居ができるんじゃないかなと。

小熊 本当にいろいろなタイプの人が全国からオーディションを受けに来てくれて、うれしかったですね。いろいろなアプローチをする人がいたのも面白くて、責任重大だなと思いながらオーディションの場にいました。

──出演者3人のうち、少年王者舘の宮璃アリさんはあらかじめ出演が決定していました。

天野 実は今回の再演は、宮璃さんが企画したようなもので。

小熊 初演を三重県文化会館副館長の松浦(茂之)さんも観ていて、「すごい芝居だから再演したいね」と話していたんですよ。ただなかなか実現できずにいたところ、宮璃アリさんが数年前に「松浦さん、あの話覚えてます?」って連絡をしてようやく実現した。なので今回の再演は、実はアリちゃんきっかけなんです。

天野天街

天野天街

小熊ヒデジ

小熊ヒデジ

──観客としては、天野演出をよくご存知の宮璃さんが出演されるのはうれしいです。

小熊 初演もアンサンブルで出ているんですよね?

天野 うん、出てますね。

小熊 加藤さん、菅沼さんが王者舘の芝居をするのは初めてなので、アリちゃんがいろいろアドバイスしてくれて、助かっています。

──確かに、言葉を重ねたりずらしたりすることで生み出されるテンポ感、身体と言葉の重ね方、時間の縮尺やリフレインなど、王者舘メソッドを体得するのは大変そうです。

天野 いやいや、できますよ(笑)。

小熊 まあもちろんきっと、2人ともそれぞれ苦労しているとは思いますが、でも果敢に立ち向かっている感じがするし、2人とも良い俳優だと思うので大丈夫です。かく言う僕も、最初に天野くんと一緒にやったときは、“王者舘メソッド”は知りませんでしたから(笑)。でもそれが逆に良かった、という言い方をしてくれた人もいました。王者舘メンバーではない僕や寺十吾さんが一緒にやったことで生まれた効果もあった、と。

──小熊さん、寺十さんが出演された人気作「真夜中の弥次さん喜多さん」は、確かに王者舘メソッドというよりも、天野さん、小熊さん、寺十さんが三つ巴になって作品をスパークさせた印象があります。小熊さん、寺十さんが演出家としての顔もお持ちだからかもしれませんが、演出的な企みもたくさん盛り込まれていましたよね。

2023年9月9日更新