ローソンチケットpresents「ここだけの話 ~クリエイターの頭の中~」04. いのうえひでのり×杉原邦生|蜷川さんの影響を大いに受けてる、それは否定できない

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演出込みで作品を更新していく

杉原 先日、「近松心中物語」を拝見しました。

いのうえ ありがとうございます。「近松心中~」の根本的な演出のアイデアって、やっぱり全部蜷川さんで出てるんですよ。あれのアンチにはできないと思って。蜷川演出版にアゲインストな芝居を作ろうとは最初から思わずに、あれを自分なりに新しく解釈してやる方法しかないなと。だから冒頭は民衆がワーッと行き交うシーンにして、これは市井の人間の話だっていうことを示そうとしたんだけど、蜷川版では120人くらい出てるところ僕は40人くらいだから、蜷川さんほどの圧は出せなかった。それと、忠兵衛と梅川、与兵衛とお亀っていう男女2組の対比的な描かれ方や、ラストに森進一の歌(蜷川版では劇中歌として主題歌「それは恋」が使用された)や大量の雪を持ち込むワケが、台本を読むとなんとなくわかったんですけど、劇場も違うからあの物量はやっぱり出せなくて。ただ蜷川さんはラストで大阪新町の廓街を舞台前面で展開していたんですが、今回は新国立劇場 中劇場の奥行きを生かして、ぐーっと舞台後方に廓街を見せようと思って。それができれば、蜷川さんとは少し違うことができるかなと思ったんですよね。

杉原邦生

杉原 今お話を伺ってすごく納得したのは、秋元松代さんの本をいのうえさんが演出したと言うよりは、蜷川さんの演出込みの作品をいのうえさんが演出し直したんだなっていうことで。

いのうえ そう、その通りですよ!

杉原 それは新しい作品の更新のされ方ですよね。それと、蜷川さんの演出だと、ラストは一瞬にして与兵衛が廓の喧騒に紛れていくけれど、いのうえさん版は奥行きがすごく生きていて、その違いが新鮮で面白かったです。それでいて、やっぱり蜷川さんの「近松~」に対するリスペクトにもなっていますよね。

いのうえ ありがとうございます。ラストの見せ方は最初からそうしようと思っていたし、僕も蜷川版を観ているので、それを無理やり避けることが本当に面白いのか、というのはあったんですよ。お客さんはみんな、あの雪の大和路を期待するだろうと思いましたしね。

大きすぎる蜷川幸雄の存在

杉原 僕は今度、「オイディプス」を演出するんですが、野村萬斎さん、麻実れいさんが出演された蜷川演出版「オイディプス王」(02年初演、04年再演)を観てて。やっぱりあのすごい熱量と、大人数でやられた印象が強いんです。でもいろいろ調べたら、もともとコロス以外のメインの役は俳優3人で演じ分けていたという記録があったので、逆にコンパクトにすることによって、これまでの「オイディプス」と違う見せ方ができたらと思っていて……とは言え、演出が面白いと思ったきっかけはやっぱり蜷川さんの演出したギリシャ悲劇だし、それから蜷川さんの作品はほとんど観ていて自分の中でもかなり大きな存在なので……。

いのうえ 蜷川さんもビジュアリストだしね。蜷川さんが亡くなる前年だったかな、「NINAGAWA・マクベス」(15年)を観たときに、「ああ、正解だな」と思って。舞台を観ながら「ここはこうするよな、そこに焦点を絞るよね」とか、舞台上のすべてが正解! みたいな感じがして、自分でもあまりにも蜷川さんから影響を受けてるなと思ったので、正直に蜷川さんに告白したんです。そうしたら「そうなんだあ」ってちょっとうれしそうでしたよ(笑)。

挑んでみたい蜷川作品

杉原 いつか「天保十二年」をやってみたいですね。

いのうえ ぜひやってください、面白いと思う。

杉原 あとは「冬眠する熊に添い寝してごらん」(14年に初演された、古川日出男の書き下ろし戯曲)。

いのうえ あの巨大な!

杉原 犬と大仏が出てくる!(笑)

いのうえひでのり

いのうえ あれはびっくりした! まったく理解できなかったけどね(笑)。巨大な回転寿司が出てきたり……本当に回ってたもんね。蜷川さんの舞台は、ああいうことが許されるのがすごい。アイデアとして出ても、まず普通は却下だよね(笑)。

杉原 ですよね(笑)。

いのうえ 俺は、蜷川さんの演出を公式で使わせてもらえるなら、やりたいのは「ロミジュリ」ですよ。1998年に大沢(たかお)くんと……。

杉原 佐藤藍子さんがやられてましたね。

いのうえ そう。ほとばしる情熱で「好きだー」って叫びながら崖を上っていくんです。しかも当時人気絶頂だった佐藤藍子ちゃんに、命綱も付けずけっこうな高さを上り下りさせてた。それにやたらと走るんですよね。蜷川さんはきっと、「お前ら下手なんだからスピード感で愛情表現しろ!」みたいなことを言ったんじゃないかと思うんですけど、それがすごく気持ちよかった。ロミオとジュリエットが、間違った純粋さで突き進んでいく様が、走るとか上るっていうビジュアルでうまく表現されていていいなあと思いました。「ロミオとジュリエット」を演出するなら、あのやり方がいいなと思います。

杉原 いのうえさんの「ロミジュリ」観てみたいです。あと蜷川さんの作品でやりたいのは、「グリークス」!

いのうえ 巨大な振り子が印象的だった!

杉原 9時間ありましたよね。

いのうえ 暴力のような作品ですよね(笑)。でもビジュアルがすごくかっこよかったなあ。

“この空間だからできること”に刺激される

杉原 いのうえさんは小さな空間で演出してみたいっていう欲望はあるんですか?

いのうえ やりたい芝居が小さいものだったらそれもあるかなって感じですけど、もともと大きい画が好きだったんじゃないかな。例えば「阿修羅城の瞳~BLOOD GETS IN YOUR EYES」って1987年に初演したときは客席数200くらいのオレンジルームだったんだけど、2003年に新橋演舞場でやったときと実は同じことをやってて。

杉原 えっ?

いのうえ 青山演劇フェスティバル参加作品として、1989年に青山円形劇場で「スサノオ~神の剣の物語」をやったときも、ミュージカル「スターライトエクスプレス」みたいに舞台上をローラースケートでものすごいスピードでぐるぐる回るってアイデアがあったんだけど、その時自分の中では武道館のイメージだった(笑)。だから実際に劇場入りして「あれ?」って思ったんですよね。その時代はちょっと頭がおかしくて、劇場に入らないセットとかもあって(笑)。

杉原邦生

杉原 あははは!(笑) それと、あまり人の作品を観ないアーティストが多いですが、いのうえさんはよく小劇場もご覧になっていますよね。

いのうえ 大好きです。やっぱり役者さんが好きだし、その空間じゃないとできないものってあるじゃないですか。ヒソヒソって感じの声でしゃべる、繊細な回路を持ってらっしゃる方の作品とか。

杉原 繊細な回路(笑)。小劇場を観て、刺激を受けることもありますか?

いのうえ ありますね。やっぱり新しい俳優さんに出会えるし、例えば藤田貴大さん作・演出の「『cocoon』憧れも、初戀も、爆撃も、死も。」(13年初演、15年再演)は、あの空間じゃないとできなかったと思う。素晴らしかった。そういう刺激は、やっぱり求めているところがありますね。

杉原 僕も人の作品をよく観に行くんですけど、僕の場合は自分が観客の感覚を失うのが怖くて。僕の芝居を観るお客さんとは別の人たちが、ほかの芝居をどういう感覚で観てるんだろうってことが気になるんです。

いのうえ 俺は、誰かが「あれ最高でしたよ」って言ってるのを聞くと、悔しくて悔しくて。「あれ観てないんだ?」って言われると「ナニュ!?」って。

杉原 確かに!(笑)

いのうえ 蜷川さんもそんなに人の作品を観る人ではなかったけれど、「今ひとたびの修羅」(13年)のときだったかな、(宮沢)りえちゃんの楽屋に花束を持ってやって来たんですよ。そんなの、女優さんはうれしくてしょうがないじゃないですか。あのときは「うわあ、カッコいい演出! さすが粋なことなさるなあ」って思いましたね(笑)。

左からいのうえひでのり、杉原邦生。
いのうえひでのり
1960年福岡県生まれ。80年に劇団☆新感線を旗揚げ。以降、ドラマ性に富んだ外連味たっぷりの時代劇“いのうえ歌舞伎”、生バンドが舞台上で演奏する音楽を前面に出した“Rシリーズ”、いのうえ自身が作・演出を手がける笑いをふんだんに盛り込んだ“ネタもの”など、エンターテインメント性に富んだ多彩な作品群で人気を博す。劇団本公演以外では、シス・カンパニー公演「今ひとたびの修羅」「近松心中物語」、PARCO THE GLOBE TOKYO PRESENT「鉈切り丸」、大人計画との合同公演・大人の新感線「ラストフラワーズ」、歌舞伎NEXT「阿弖流為<アテルイ>」などのプロデュース作品も手がけている。第14回日本演劇協会賞、第9回千田是也賞、第57回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第50回紀伊國屋演劇賞個人賞など受賞歴多数。3月17日から5月31日まで東京・IHIステージアラウンド東京にて、劇団☆新感線「修羅天魔~髑髏城の七人 Season極」を上演。
杉原邦生(スギハラクニオ)
1982年東京生まれ、神奈川県茅ケ崎育ち。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科在学中に自身がさまざまな作品を演出する場としてプロデュース公演カンパニー・KUNIOを立ち上げ。これまでにイヨネスコの「椅子」や、上演時間が約8時間半に及ぶ「エンジェルス・イン・アメリカ」第1・2部を連続上演している。2008年から10年には、こまばアゴラ劇場主催の舞台芸術フェスティバル「舞台芸術フェスティバル<サミット>」ディレクター、10年から13年まではKYOTO EXPERIMENTフリンジ企画のコンセプターを務めた。第36回京都府文化賞奨励賞受賞。近年の演出作に、KUNIO「ハムレット」「TATAMI」、木ノ下歌舞伎「黒塚」「三人吉三」、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ルーツ」「八月納涼歌舞伎」(構成)など。3月1日から4日まで神奈川・KAAT神奈川芸術劇場にて木ノ下歌舞伎「勧進帳」、8月25・26日に京都・春秋座にて「演じるシニア」、12月にKAAT神奈川芸術劇場プロデュース「オイディプス王」を上演。