“完コピ”から解体、再構築
杉原 木ノ下歌舞伎では完コピ稽古と言って、稽古の過程で歌舞伎の映像を観ながら、俳優たちが1回、セリフや動きを全部トレースするんです。
いのうえ え!
杉原 それからもう一度作り変える。みんなで何回も映像を見て、血のにじむような稽古をするんです(笑)。
いのうえ それはすごい、そんなことやってるんだ!
杉原 もちろん歌舞伎俳優と同じことはできないんですけど、歌舞伎の台本は演出に張り付いているので、とにかくそれを1回俳優の身体に落としこんでから切り離していくんです。
いのうえ そうか、そこから浮かび上がってくるものがあるんだね。それは面白いなあ! 新感線では、俳優にこう動いてほしいみたいなことがあると、昔は僕が演じてみせて“完コピ”してもらってたけど、最近は特に古田(新太)とか(高田)聖子なんかだと、俺が「あ」って言ったらそのニュアンスを出してくれるから、昔ほど動きを付けません。ただ「髑髏城」のSeason月は、福士蒼汰くんが初舞台だったし、若手キャストが多かったし、上弦・下弦と2チームあって大変でした(笑)。でも同じ台本で同じセリフ、同じミザンス(立ち位置)なのに、役者で切り取り方が全然違って、まったく別のニュアンスになって立ち上がってくるのは面白かったな。あと、うちは段取りも多いから、それを身体に落とし込み、芝居が深まるまでにベテランでも時間がかかるんです。でも月のメンバーは、気持ちで芝居できるようになってからの伸び代が、もしかしたらそれまでのSeason花・鳥・風よりも大きかったんじゃないかと思います。
演出専業だから気になる
いのうえ 作・演出を兼業する人って、作家がどうしても強くなるのかなあ。野田(秀樹)さんとか、演出のことも考えながら書いてるんじゃないかって気がします。でも演出が別だと、作品にまったく別のこだわりが入ったり、あるいは作家がこだわりたいと思ったところをこだわらない(笑)、みたいなことが起こり得るわけで。
杉原 作・演出を兼ねる方の作品を観てて、「その演出、俺はできないわ」って思うことがあります。「そういう本への入り込み方はできないな、書いてわかってる人だからできる演出だな」って。
いのうえ 「この本で、なんでこうなるの?」ってね。
杉原 だから逆に尊敬します。書いて演出するってすごいなって。
いのうえ 2014年に松尾(スズキ)さんの書き下ろし「ラストフラワーズ」を演出したとき、松尾さんも俺に気を遣って俺らしい世界観ができるように書いてくれたと思うんです。ただ常にもう1人、演出家の目線を感じて「やっぱり作家だったらこうはしないのかな」って、最後まで気になりましたけど(笑)。
杉原 それは気になりますよね(笑)。
いのうえ しかも松尾さんは出演もされてたので、自分のセリフをどんどん自由に崩していくし、それがイイ(笑)。「わあ、面白れえなあ、やっぱりすごいわ」って思って観てました。
杉原 僕は「ルーツ」を松井(周)さんに書いてもらったんですが、松井さんは出てなくて、でも稽古場に来ると俳優の芝居についてはコメントをくれましたね。もちろん判断は任せてくれるんですけど、「ここはちょっとこういう感じかなあ」とか。
いのうえ 松井さん自身が俳優だし、やっぱり演技が気になるんだね(笑)。
杉原 演出に関しては、「僕は絶対にこうはできないからそのままやってください」って感じだったんですけど。
いのうえ 僕は宮藤(官九郎)くんとかの本をやることもあるけど、宮藤くんは歳下ということもあるし、与しやすい。松尾さんはもっとアートと言うか、演劇的なニュアンスが入ってくるから、「解釈がこれで合ってるのかな」って気持ちになって。
杉原 わかります。僕、「TATAMI」(15年)と「池袋ウエストゲートパーク SONG&DANCE」(17年)で2回、柴(幸男)くんの本を演出してるんですけど、柴くんは同い年で言葉もストレートだからスコーンといけるんです。でも松井さんの本はやっぱり一癖あるし「これで合ってるのかな」って1つひとつ考えながら演出して。やっぱり……。
いのうえ・杉原 気になりますよね(笑)。
シェイクスピアはオリジン
いのうえ その点で、シェイクスピアは切ろうが足そうが、演出家の好きにやっていいんじゃないかと思います。(シェイクスピア原作の)「メタル マクベス」(06年)と「リチャード三世」(09年)をやりましたが、僕はシェイクスピアだからやりたいというのはなくて、やりたいお話がシェイクスピアだったという感じ。シェイクスピアって、要するにいろんな物語のオリジンだし、セリフに力があるから、俳優がなぜあれをやりたがるかはわかる気がする。あのセリフをねじ伏せたときはやっぱり気持ちいいんだろうなって思いますし(笑)。シェイクスピアでも、「ハムレット」なんかは嫌いなんだよなあ。「イジイジしやがって! さっさとせーや!」って思う(笑)。逆に「リチャード三世」はガンガン進むから気持ちよくて好きですね。
杉原 あははは!(笑) 僕はいのうえさんのように劇団で活動してきたわけではなく、作家のパートナーがいるわけでもないので、演出家としていつかシェイクスピアとかギリシャ悲劇とか、古典に向き合いたいと思ってました。
いのうえ さすが、最初にギリシャ悲劇で衝撃を受けてるからね!(笑)
杉原 (笑)。だからいつかそこにいかなきゃいけないって感じが強かったです。「ハムレット」(14年)と「夏の夜の夢」(17年)を演出してるんですけど、2回とも新訳を(京都大学大学院の准教授でありシェイクスピア研究が専門の)桑山智成さんに作ってもらっていて。やっぱりセリフが長いので、もっとコンパクトにリズミカルにってことを意識して翻訳していただきました。「ハムレット」はQ1という、現存する一番短い上演台本でやったので、休憩なし2時間半くらいで。
いのうえ へえ、そうなの! 「ハムレット」で休憩なし! 俺が言うのもなんだけど、それはいいことだよね(笑)。
杉原 いのうえさんの作品はいつも長いですよね(笑)。僕、長い作品が好きで、この間やった「東海道四谷怪談-通し上演-」(17年)は6時間ぐらいだったんですけど。
いのうえ 観に行きたかったです!
杉原 上演時間の長さについてはどう思ってらっしゃいますか? やっぱり「3、4時間ないと」って思われますか?
いのうえ いやそんなことはなくて短くしたいんだけど、でも劇団だから「こいつにもちゃんと見せ場を振らないと」って思うと、普通ならいらないシーンも切れなくてどんどん長くなる(笑)。
杉原 本当ならどのくらいの長さが理想ですか?
いのうえ 2011年に演出した「ロッキー・ホラー・ショー」は奇跡のような作品だと思いますね。あれだけガチャガチャやって1時間55分、しかも休憩ありですよ! ああいうバカバカしくてワーッと騒いでるうちに終わってて、でも何か残るみたいな作品が面白いと思いますけど、あんな作品はなかなかないですね。
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演出込みで作品を更新していく
- いのうえひでのり
- 1960年福岡県生まれ。80年に劇団☆新感線を旗揚げ。以降、ドラマ性に富んだ外連味たっぷりの時代劇“いのうえ歌舞伎”、生バンドが舞台上で演奏する音楽を前面に出した“Rシリーズ”、いのうえ自身が作・演出を手がける笑いをふんだんに盛り込んだ“ネタもの”など、エンターテインメント性に富んだ多彩な作品群で人気を博す。劇団本公演以外では、シス・カンパニー公演「今ひとたびの修羅」「近松心中物語」、PARCO THE GLOBE TOKYO PRESENT「鉈切り丸」、大人計画との合同公演・大人の新感線「ラストフラワーズ」、歌舞伎NEXT「阿弖流為<アテルイ>」などのプロデュース作品も手がけている。第14回日本演劇協会賞、第9回千田是也賞、第57回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第50回紀伊國屋演劇賞個人賞など受賞歴多数。3月17日から5月31日まで東京・IHIステージアラウンド東京にて、劇団☆新感線「修羅天魔~髑髏城の七人 Season極」を上演。
- 杉原邦生(スギハラクニオ)
- 1982年東京生まれ、神奈川県茅ケ崎育ち。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科在学中に自身がさまざまな作品を演出する場としてプロデュース公演カンパニー・KUNIOを立ち上げ。これまでにイヨネスコの「椅子」や、上演時間が約8時間半に及ぶ「エンジェルス・イン・アメリカ」第1・2部を連続上演している。2008年から10年には、こまばアゴラ劇場主催の舞台芸術フェスティバル「舞台芸術フェスティバル<サミット>」ディレクター、10年から13年まではKYOTO EXPERIMENTフリンジ企画のコンセプターを務めた。第36回京都府文化賞奨励賞受賞。近年の演出作に、KUNIO「ハムレット」「TATAMI」、木ノ下歌舞伎「黒塚」「三人吉三」、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ルーツ」「八月納涼歌舞伎」(構成)など。3月1日から4日まで神奈川・KAAT神奈川芸術劇場にて木ノ下歌舞伎「勧進帳」、8月25・26日に京都・春秋座にて「演じるシニア」、12月にKAAT神奈川芸術劇場プロデュース「オイディプス王」を上演。