ローソンチケット PR

ローソンチケットpresents「ここだけの話 ~クリエイターの頭の中~」04. いのうえひでのり×杉原邦生|蜷川さんの影響を大いに受けてる、それは否定できない

「ここだけの話 ~クリエイターの頭の中~」特集トップへ

クリエイターの創作はどこから始まっているのか? 実は、台本執筆や稽古場に入るずっと前、普段の“頭の中”ですでに始まっているのではないか? 目の前の作品のことだけじゃなく、作り手の普段の頭の中を覗いてみたい。そんなクリエイターたちの頭の中を、クリエイターたちのトークによって垣間見せてもらおうというのが本連載だ。

第4回は、劇団☆新感線のいのうえひでのりとKUNIOの杉原邦生が登場。ドラマ性に富んだ時代劇シリーズ・いのうえ歌舞伎からギャグ満載の“ネタもの”まで、バラエティに富んだ作品を次々と手がけるいのうえは、日本初の360°回転劇場で「髑髏城の七人」を14カ月にわたりロングラン上演するという偉業に挑戦中だ。一方の杉原は、太田省吾からイヨネスコ、シェイクスピアまで一筋縄ではいかない作品に取り組むプロデュース公演カンパニー・KUNIOを主宰。2017年まで在籍していた木ノ下歌舞伎では歌舞伎の現代劇化を目指し、主宰の木ノ下裕一と共に古典に新たなアプローチを行ってきた。ダイナミックな演出で知られる2人が、「影響を受けた演出家」に名を挙げたのは、故・蜷川幸雄だ。巨星の影を色濃く感じながら、2人の演出家が今、思うこととは。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌

「天保十二年のシェイクスピア」に衝撃を受けた

いのうえひでのり ちゃんとお話したことはなかったけど、僕、杉原さんのお芝居は観てますよ。

杉原邦生 ありがとうございます。最近だと「ルーツ」(16年)を観に来てくださいましたよね。僕はいのうえさんの作品を学生のときからめちゃくちゃ観てまして、数えたら16本でした。

いのうえ え、そんなに!(笑)

左から杉原邦生、いのうえひでのり。

杉原 最初に観たのが「天保十二年のシェイクスピア」(02年)で。高校時代まで僕は演劇を何もやっていなくて、大学生になってから見漁っていたんですけど(笑)、すごく衝撃的な作品でした。最後の血しぶきとか、「大変そうだなあ、でもこんなことできちゃうんだな」って。

いのうえ あれは大変でしたよ! ブワーって血糊が四方に飛び散るじゃないですか、だから洗濯がね(笑)。

杉原 しかも上演時間が4時間ぐらいありましたよね?

いのうえ でも原作は5、6時間ありますから。上演時、蜷川(幸雄)さんに「俺もやろうと思ってた」と言われたんです。社交辞令で言ってくれたのかなって思ったら、そのあと2005年に上演されたので本当にやりたかったんだなと(笑)。シェイクスピアのおいしいところが詰まってて全部がパロディっていう前提があるから、シェイクスピアをそのままやるよりセリフがこっ恥ずかしくないんですよね(「天保十二年のシェイクスピア」は宝井琴凌作「天保水滸伝」などの侠客講談とシェイクスピア全作品をベースにした、井上ひさしの1973年発表作)。それに井上先生が「好きにやっていいよ」とおっしゃったので、僕は37作品を全部やらず、切ったり削ったりしたんだけど、井上シンパの方たちにはよろしいイメージがなかったみたいで(笑)。先生も、お腹が痛いとかいろいろ理由をつけて結局観に来なかったですね。そのたびにすごくきれいな筆跡の言い訳の文章がFAXで送られてくるんですけど(笑)。

杉原 あははは(笑)。僕は蜷川さん版も観てるんですが、一度自分もやってみたいと思いました。

いのうえ 「天保十二年」は面白いですよ。やっぱり井上先生も若書きと言うか、なんでもありなので。

関西出身ではない、けれど関西でスタート

杉原 育ちは神奈川県なんですが、大学は京都造形芸術大学で、だから「天保十二年」も大阪で観ました。

いのうえ 僕は博多出身です。

杉原 そうなんですか! 完全に大芸(大阪芸術大学)のイメージがあったので、大阪の方かと。

左から杉原邦生、いのうえひでのり。

いのうえ じゃないんですよ。僕らが演劇を始めた頃、ちょうど関西はつか(こうへい)さんと学生演劇がブームで、いい時代でした。そのあと(阪急ファイブ・)オレンジルームとか(扇町)ミュージアムスクエアがなくなってしまって。

杉原 僕が学生時代にはまだ扇町はあったので、ぎりぎりその名残はあったんですけれど。

いのうえ そうですか。今はもう、演劇好きが集まる拠点のようなものが大阪にはなくなってしまいましたね。

杉原 僕は大学ができて2年目で入学したんですが、当時の教員の方は太田省吾さんや川村毅さん、宮沢章夫さん、松田正隆さんなど前衛バリバリの方たちで。

いのうえ そっかあ!

杉原 高校時代に持っていた演劇のイメージとは全然違っていたんです(笑)。でもそのショックから入ったのが逆によかったのかなとも思うんですが。

いのうえ 大学は先生でだいぶ変わりますよね。僕は秋浜悟史先生の影響が大きいです。今は高校生もネットだなんだって情報があるけど、僕らの頃は、本屋に戯曲なんてほんの数冊しかなかったし、お芝居って言うと学校にたまに来る演劇鑑賞会とか劇団四季ぐらいしか情報がなかった。だからつかこうへいさんが流行り出したときに、「演劇ってこんなことやってもいいんだ!」っていう衝撃はありましたね。

杉原 それは大学に入ってからですか?

いのうえ そうです。当時、NHKで「若い広場」っていう番組があって(1962年から82年まで放送された、フィルムドキュメンタリーやスタジオ討論などを交えた若者向けの番組)、そこでつかさんの「戦争で死ねなかったお父さんのために」のダイジェスト版を観たんです。風間杜夫や根岸季衣がまだ二十代の頃の(笑)。それが衝撃で。普通のしゃべり方で話すし「演劇ってこんなに自由なんだ、こんなことやっていいんだ!」と思って。それで、大学に入ってからはずっとつかさんのコピーをやっていたんですね。

左から杉原邦生、いのうえひでのり。

杉原 僕は絵を描くのが好きだったので、最初は舞台美術家になろうと思ってたんです。でも授業で、蜷川さんの「王女メディア」の映像を観て……。

いのうえ わあ、それは衝撃だね!

杉原 はい(笑)。それまでギリシャ悲劇に固定されたイメージがあったんですけど全然違って「なんで口から赤い紐を出してるんだ!」と思ったり(笑)。そこから演出って面白いなと感じ始めて、3年生で初めて演出しました。

いのうえ ビジュアルから入ったんだ! なるほどなるほど。美術にこだわりがあるっていうのは、ちょっと感覚が近いかも。俺もやっぱり、「この画が決まるとうれしい」とか「基本はシンメトリーで作るのがいい」とか、画的なバランスを考えるので。

杉原 絵画的な目線は昔からお持ちだったんですか? 例えば絵が好きとか……。

いのうえ 絵は好きでした。マンガも、あと映画が好きでね。絵より映画の影響が大きいかもしれないですね。

逆ベクトルで向き合う“歌舞伎”

いのうえひでのり

いのうえ いのうえ歌舞伎という名前は、1986年の「星の忍者~THE STRANGE STAR CHILD~」から使い始めたんです。小劇場で時代劇なんかまだ1個もやってないときに、中島(かずき)くんの書く本がそうだっていうのもあるんですけど、カッコいいセリフに合わせて見得を切ってみたり、チョン!と音を入れてみたりして。そうしたら「歌舞伎みたいだね」という話になって。まあ当時歌舞伎なんて観たことなくて、本当にイメージで言ってたんですけど(笑)、そこで中島くんがいのうえ歌舞伎と付けて。でもそう名前を付けたことによって、逆に自分から意識して歌舞伎に寄っていったという部分はありますね。

杉原 そうだったんですか!

いのうえ 歌舞伎は主役と脇役がすごくはっきりしてるし、ちょっと映画的な感じがする。後付けになるけど、そこに相通じるものがあったのかなと思います。それに歌舞伎はアイデアの宝庫って言うか、黒子とか大発明じゃないですか! こういうの許されるんだと思って、そういうアイデアは使わせてもらってます(笑)。

杉原邦生

杉原 いのうえ歌舞伎では、いのうえさんたちが現代劇でおやりになりたかったことがだんだん歌舞伎に近付いていったんですね。僕が参加していた木ノ下歌舞伎では、逆に歌舞伎をどうやったら現代劇のほうに引き寄せられるかを考えていて。

いのうえ うん、だからいつも感心する。

杉原 本当ですか?

いのうえ 歌舞伎でやってるアレにはそういうルーツがあって、だからこんな見せ方ができるんだって発見があって。

杉原 うれしいです!

いのうえ そう思うと、いのうえ歌舞伎と木ノ下歌舞伎は同じ「歌舞伎」が付いてるけど、全然切り口が違いますね(笑)。

杉原 そうですね、矢印の向きが正反対だと思います(笑)。

いのうえひでのり
1960年福岡県生まれ。80年に劇団☆新感線を旗揚げ。以降、ドラマ性に富んだ外連味たっぷりの時代劇“いのうえ歌舞伎”、生バンドが舞台上で演奏する音楽を前面に出した“Rシリーズ”、いのうえ自身が作・演出を手がける笑いをふんだんに盛り込んだ“ネタもの”など、エンターテインメント性に富んだ多彩な作品群で人気を博す。劇団本公演以外では、シス・カンパニー公演「今ひとたびの修羅」「近松心中物語」、PARCO THE GLOBE TOKYO PRESENT「鉈切り丸」、大人計画との合同公演・大人の新感線「ラストフラワーズ」、歌舞伎NEXT「阿弖流為<アテルイ>」などのプロデュース作品も手がけている。第14回日本演劇協会賞、第9回千田是也賞、第57回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第50回紀伊國屋演劇賞個人賞など受賞歴多数。3月17日から5月31日まで東京・IHIステージアラウンド東京にて、劇団☆新感線「修羅天魔~髑髏城の七人 Season極」を上演。
杉原邦生(スギハラクニオ)
1982年東京生まれ、神奈川県茅ケ崎育ち。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科在学中に自身がさまざまな作品を演出する場としてプロデュース公演カンパニー・KUNIOを立ち上げ。これまでにイヨネスコの「椅子」や、上演時間が約8時間半に及ぶ「エンジェルス・イン・アメリカ」第1・2部を連続上演している。2008年から10年には、こまばアゴラ劇場主催の舞台芸術フェスティバル「舞台芸術フェスティバル<サミット>」ディレクター、10年から13年まではKYOTO EXPERIMENTフリンジ企画のコンセプターを務めた。第36回京都府文化賞奨励賞受賞。近年の演出作に、KUNIO「ハムレット」「TATAMI」、木ノ下歌舞伎「黒塚」「三人吉三」、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ルーツ」「八月納涼歌舞伎」(構成)など。3月1日から4日まで神奈川・KAAT神奈川芸術劇場にて木ノ下歌舞伎「勧進帳」、8月25・26日に京都・春秋座にて「演じるシニア」、12月にKAAT神奈川芸術劇場プロデュース「オイディプス王」を上演。