戦法はディフェンスからのカウンター
──「鴨の音」の脚本・演出、そしてラジオの構成台本を京都府出身の山下平祐さんが手がけられています。「鴨の音」で描かれる物語には、現在と過去、現世と常世、パラレルワールドといった“どこか別の世界”を想像したり、それと交差したりするストーリーが多いように感じます。お二人は「鴨の音」で語られる物語についてどのように捉えていますか?
下野 興味を湧かせるのがうまいというか、劇世界に引き込む力が強いと感じます。それは下鴨神社という場所の力なのか、台本自体がそうなのか、総合的な結果なのか、わからないのですが、読み手としても引き込まれますね。でもなぜか、平祐さんが書いてくださっているラジオ「鴨の音」の朗読では、どう演じようかってあんまり考えたことがないです……よね? 中井さんと声を合わせながら、方向性や距離感みたいなものを探りながら、つかんでいっている気がする。
中井 おのおので台本を読んで、よーいドン!で一発録りする。あれは何なのかなって思うよね(笑)。
下野 でも不思議なことに、うまくいくんですよ!(笑) その“探り合う”っていうスタンスは朗読劇の「鴨の音」でも同じで、自分の中では、役をいかようにでも料理できる自由度を楽しむ一方で、実際は共演者の皆さんがどう来るかわからないから、こちらがキャッチできる態勢でいられるよう、整えておこうと考えるんです。いつもとは闘い方が違って、「鴨の音」では僕はオフェンスをしたことがない。常にディフェンスからのカウンターです。
中井 カウンターは狙っているんだ?(笑)
下野 そうです、相手の芝居をキャッチしているだけだとやられる一方ですから。特に岸尾さんは好き放題されるので……。そういう読み手の瞬発力を必要とするシーンの掛け合いはコミカルなのですが、そこから急にどシリアスな展開になる、物語の緩急がはっきりしているなと感じますね。
中井 僕は朗読劇「鴨の音」で描いてあることって、“目の前にあるものだけがすべてじゃない”ということなんじゃないかなと。それをいろいろな形で語っている気がします。実際に存在するものや、今は見えなくなってしまったもの、本当はあるかもしれないけどつかめないもの、そういうことを優しく見ている物語。だから、“僕らもどこかでこんなことを感じた”という気持ちがスッと浮かんで、最終的には温かくなれる。でも、そこに持っていく手法がシッチャカメッチャカなので……。
下野 あははは!
中井 きっとこれは良い方向に行くと思うし、きっとお客さんも乗ってきてくださるのだろうと感じるので、ディフェンスが大変でも、何とか前に進もうとするんですよね。
──「鴨の音」は、2019年に下鴨神社の「えと祈願祭」で野沢雅子さんが朗読に出演されたことを出発点に、現在まで続いてきました。その野沢さんは「鴨の音 第一夜」から企画の“骨”であるかのように毎回、参加されています。「鴨の音」における野沢さんの存在は、どのようなものだと感じますか?
中井 今まさにおっしゃった“骨”そのものだと思いますね。頼りすぎてはいけないし、隠し玉のようにギミック的に扱ってもいけないのですが、いてくださることの心強さを僕らは感じていて。「鴨の音」で野沢さんは神様のような役でご登場されてきましたが、ご本人も声優業界にとって神様のような方。いてくださることで、“これをやっていて良いんだな”というふうに思えますし、心強さ、不思議な温かさを僕らは感じています。
下野 企画全体を包み込んでくれる空気のような存在でいてほしいですよね。決して祭りのみこしにはしたくないというか。
中井 確かに。
──共演者として朗読劇を共にすることに、ピリッとした気持ちになることは?
中井 それは間違いなくあります(笑)。
下野 ありますね。でも、「鴨の音 第二夜」で野沢さんとお芝居をしていて、野沢さんの大きさを感じることはあったのですが、それがプレッシャーになることはありませんでした。ただ1つだけ、確実にプレッシャーを感じた出来事は、終演後に野沢さんからビデオ通話がかかってきて、それを見たとき。さすがにピリッとしましたし、「エッ!」というけっこうな大きさの声が出ました。
朗読劇の醍醐味は、グラデーションの中に“目指す場所”を見つける面白さ
──お二人が「鴨の音」に出演された2020年、2021年は、コロナでエンタテインメント業界が苦しい状況にあった時期でした。コロナによって舞台界でも上演される朗読劇の数や種類が格段に増えた印象がありますが、声をなりわいとされているお二人にとって、朗読劇の魅力はどこにあると思いますか?
下野 朗読劇は、普段声を当てているアニメ作品やラジオドラマよりも自由度が高いと思っています。だからこそ自分自身もキャラクターや作品へ深く没入できる気がするので、そこが楽しいと感じます。舞台作品ではセリフを覚えなければならないし、衣裳を変えたり、動きや段取りを考えたりしなければいけない。となると、僕にとっては舞台作品より朗読劇のほうがキャラクターへの気持ちを維持できて、より深く向き合えるんです。セリフを覚えるのが本当に苦手なので……。
中井 あははは。
──では、台本を手に持てる朗読劇は安心感が違いますね。
下野 (素直に)はい。
中井 朗読劇を面白いと感じたり、やらなきゃいけないなと思うのは、朗読劇の間口がとても広いから。舞台作品では、その役を演じるために必要な外見だったり運動能力といった縛りが出てくるんですけど、朗読劇は文字が読める人なら誰がやっても構わない。芝居をまったくやったことがない人が読んだとしても、それが朗読劇にならないかと言われたら、なるんです。“朗読劇”というものの幅が広いからこそ、面白いものや感動できるものにするまでのグラデーションがいっぱいある。声で芝居をすることを職業にしている身であれば、そのグラデーションの中で目指せる場所がいくつもあるのはとても面白いんです。ご一緒する方の朗読劇の芝居を観て、「そんなこともできるんだ!?」と発見したり、「あの人が一言しゃべったら風が吹いたよね」とか、下野さんが叫んだら「熱い」と感じたりすることがあるんですよね。演じ手として、間口が広く、奥深いという魅力がある。そういったことをお客さんも感じてくださっていたら、うれしいなと思います。
──観客としても、声優の朗読劇は別物だなと感じることがあります。
中井 だとうれしいな。我々も、これはやらなければという覚悟でやっていますもんね。
下野 そうですね。
中井 アニメでの「このセリフはこの間尺でやってください」「この人のセリフに反応するときはこれだけ待ってください」「画で決まっています」という制約がない部分で勝負するからには、本職であることをお見せしないと。
下野 はい、自分の間尺で自由にできる以上は。
──お二人は、年に1度の「鴨の音」が次に上演されるまで、ラジオ「鴨の音」でその灯りをともし続けるという大切な役割を果たされていますが、「鴨の音」への再出演が望まれる下野さんは、どのような思いでラジオに携わり、役目を務めていきたいですか?
下野 ……僕としては本当に、「鴨の音」出演はいつでもウェルカムですので!(笑) このラジオも「いつでもゲストに呼んでくださって大丈夫ですよ」とお伝えしたら、気が付いたらレギュラーになっているという、「鴨の音」スタッフさんの熱意と“離さないぞ”という固い意志を感じます(笑)。今後、ぜひ演じる機会があればやらせていただきたいですし、「鴨の音」自体がいつか文化遺産になれば良いなという期待を込めて、ラジオをがんばって続けさせていただきたいと思っております!
──中井さんは今後、「鴨の音」にどのような広がりを期待しますか?
中井 世界配信など、いろいろと動かしてくださっているようですが、どういうふうに広がっていってほしいかというのは正直、僕にはわからないんです。でも、とにかく長く続いてほしいと思います。今年10月に上演される「鴨の音 第四夜」では、小野賢章くんや佐倉綾音さん、若い世代が出演してくれるのがとてもうれしくて。朗読好きなおじさんたちが集まって楽しくやっています、じゃなくてね(笑)。いろいろな方に関わっていただいて、長く続くようにお手伝いができるのであれば、力になりたい。僕の願いはそれだけです。「鴨の音 第四夜」ではきっと緊張すると思いますが、今は楽しみしかないです。
──いつか「鴨の音」で下野さんと中井さんのご共演がかなうならば、ぜひ見届けさせていただきます。
中井 僕ら、ですか? 大丈夫かなあ。どうします、「あんたたちラジオでいつもやっていたでしょう、ハイ!」って、当日に台本を渡されたら。
下野 いや、あのね、さすがにそれは僕も怒りますよ。「下鴨神社に失礼だろう!」って(笑)。
中井 それはそうだね(笑)。
プロフィール
中井和哉(ナカイカズヤ)
兵庫県生まれ。声優、ナレーター。青二プロダクション所属。主な出演作に「ONE PIECE」のロロノア・ゾロ役、「銀魂」の土方十四郎役、「血界戦線」のザップ・レンフロ役、「炎炎ノ消防隊」の秋樽桜備役、「出会って5秒でバトル」の霧崎円役など。
下野紘(シモノヒロ)
東京都生まれ。声優。アイムエンタープライズ所属。主な出演作に「僕のヒーローアカデミア」の荼毘役、「うたの☆プリンスさまっ♪」の来栖翔役、「東京リベンジャーズ」の灰谷竜胆役、「暁のヨナ」のゼノ役、「進撃の巨人」のコニー・スプリンガー役、「鬼滅の刃」の我妻善逸役など。