中井和哉・下野紘がその体験を明かす、“声を使って芝居する”を純度高くすくいとった朗読劇「鴨の音」

京都にある世界文化遺産の賀茂御祖神社(通称下鴨神社)で2020年にスタートした、声優による朗読劇シリーズ「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音」。舞や能楽が披露される舞殿で月明かりやそよぐ風を感じながら、下鴨神社の伝承をモチーフにしたオリジナル作品を、第一線で活躍する声優たちの朗読で楽しめるという、耳福たっぷりの企画が、今年で4度目の上演を迎える。

ステージナタリーでは、第1弾となる「鴨の音 第一夜」で主人公を演じ、今年10月の「鴨の音 第四夜」で2度目の出演を果たす中井和哉と、2021年の「鴨の音 第二夜」に出演した下野紘に、その体験を聞いた。2人は現在、文化放送で放送中のラジオドラマ&トーク番組「鴨の音」でパーソナリティを担当。奇しくも「鴨の音」に携わり続ける中井と下野が、朗読劇「鴨の音」に見いだす魅力とは?

取材・文 / 大滝知里

エンタメの“原初”を感じた中井和哉と、笑いそうになるのをこらえた下野紘

──お二人は「鴨の音」の出演タイミングは異なりますが、世界文化遺産の下鴨神社で行われる特異な朗読劇への出演オファーに、どのような思いが巡りましたか?

中井和哉 「そんなことが可能なんだ!?」っていう(笑)。今後こんなチャンスはないだろうし、あれこれ考えずにやっておいたほうが良いな、と。前のめりになれるようなお話だと思いました。

「鴨の音 第一夜」より、本番前の様子。

「鴨の音 第一夜」より、本番前の様子。

下野紘 野外であることもそうですし、こういう特別な場所で朗読劇をする機会はあまりないと思うんです。神様を祀っている場所でというのは、当時もですが今も異色じゃないかなと。僕が出演した「鴨の音 第二夜」には共演者の方々に岸尾だいすけさん、前野智昭さん、島﨑信長さんがいて、面白そうだなと思いましたし、下鴨神社のどこでやるのか想像もせずに「はい」と受け入れてしまって。台本をもらい、リハーサルをする中で、「こんなに面白おかしい朗読劇を、ここでやって大丈夫なのかな?」とドキドキしていました(笑)。

──世界文化遺産で、と聞くと、とても緊張しそうな状況を想像しますが、お二人にとって「鴨の音」は実際にはどのような体験でしたか?

下野 公演がスタートするまでは厳かな雰囲気がずっと続いていて、お客さんも始まるのをただ静かに待つ、といった感じだったんです。照明がたかれ、でもそこにいるお客さんの表情までは見えず、出演者陣も静かに舞殿の立ち位置に着き、みじろぎもせずに待つ。「すごい雰囲気だな……」と思いながら僕はスタンバイしていたんですが、「鴨の音 第二夜」は幕開きから♪パラリラパラリラという音楽とピッカピカした照明で始まるから(笑)、静寂の中で突如何かが爆発する感じで。僕はそういうギャップがすごく好きなので、楽しくて笑いそうになるのをグッとこらえていました。

中井 あははは!

下野 あと印象的だったのは、「鴨の音 第二夜」は「読還-よみがえり-」というタイトルで、兄弟のように育った4人の男性がさまざまな物語を読むお話なのですが、“風が吹く”というSEが要所要所で入ってきて、それで登場人物たちがいろいろな過去を思い出す演出になっていたんです。2日間ある公演のうちの1日目かな、エンディングでお客さんに向かってあいさつをするときに、風がびゅうっと吹いたんですよ。その瞬間は何か神秘的なものを感じましたね。また当日は雨の予報だったんですが、公演が終わるまで我慢してくれたのか、終演した途端にザーザーと降ってきて、お客さんが大変な目に遭ってしまったという(笑)。

中井 僕が出演したときは、コロナ禍ということもあり(編集注:「鴨の音 第一夜」は2020年4月に上演予定だったが、情勢により同年10月に延期となった)、お客さんの数もグッと少なかったですし、「鴨の音」の第二夜、第三夜に比べると、煌々とライトが照っていたわけでもなく。薄暗いと言って良いような環境下で、より原初の、プリミティブな出し物をするみたいな感じでした(笑)。森があり、暗がりがあって、人が集まって……人の前で何かをやるということの起こりはこういうものだったのではないかな?と思わせるような、そんな場所に迷い込んだ感覚がありましたね。本当に厳かで、台本を読みながら、本来ならワッとお客さんの反応があってしかるべきところも、そうではなくて……。それが物足りないのではなく、“聞いてくださっている”ことが真摯に伝わってくるような体験でした。

「鴨の音 第一夜」より、中井和哉。

「鴨の音 第一夜」より、中井和哉。

「鴨の音」は声優の根源を届けるまじめな企画

──中井さんは、「鴨の音 第一夜『糺の風』」で、震災の記憶を持つ主人公・圭太がさまざまな人物の声を聞くことで過去を乗り越え、歩みを進める物語を読まれました。同作では圭太が“声を使った仕事”の夢を追うところで話が結ばれ、その後、「鴨の音 第二夜」ではラジオDJとなった圭太役が声のみで登場し、現在は中井さんご自身がラジオ「鴨の音」のパーソナリティを務められ……「鴨の音 第二夜」の特典映像でうれしそうに作品について語っている様子から、勝手ながら“「鴨の音」にほれ込んでいる”ようにお見受けしました。この企画の存在が中井さんの中で変わってきている感覚はありますか?

中井 いやまあ、ほれ込んでいるという印象を受けてくださっているのであれば、それで構わないんですが(笑)、僕は応援したいんですよね。自分が参加することで少しでも足しになるのであれば、やりたい。今、声優はいろいろと取り上げられる機会が多いのですが、「鴨の音」って声優の根源である“声で芝居をする”ことを純粋な形で、でもありふれたものではない形でお届けする企画で、とてもまじめだなと思うんです。そこがとても良いので、ぜひ続けられるようにと。

下野 いろいろな意味でバランスが良い朗読劇ですよね。声優が朗読劇に対して持っている思いと、スタッフさんが企画に懸ける思いが合致しているというか。特別な場所で行われるので、お客さんにも「貴重な体験だ」と思ってもらえる。僕も台本を読んでいるときから、自分が演じるキャラクターを「こういうふうにしたい」「2日目は変えてみようかな」と、普段以上の欲が出てきてしまって。いろいろな思考を巡らせられる、演じるうえで余白を残してくれるような台本でした。

「鴨の音 第二夜」より、下野紘。

「鴨の音 第二夜」より、下野紘。

中井 作家先生が、自分の作品なのにそう思っていないように感じません? 「台本を渡しちゃった以上は、役者さんの感じ方を尊重します」っていう。

下野 そうですね。「書いたのは自分ですが、演じてもらったものがすべてです」というような、とても控え目な方で。我々に絶対的な信頼を置いて書いてくださっているなと思います。