和歌と通じるのは“解釈を託す”潔さ、小野賢章・佐倉綾音が体当たりで挑んだ朗読劇「鴨の音」

京都にある世界文化遺産の賀茂御祖神社(通称下鴨神社)で年に1度行われている朗読劇シリーズ「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音」。その第4弾が、去る10月21・22日に開催された。

「恋詠歌林」というタイトルが付けられた今回は、時を超え、和歌に乗せて思いを交換し合う男女の物語が展開。和歌に魅せられた三枝華と、彼女をいにしえの京都へといざなう人物を、初参加となる佐倉綾音と小野賢章がそれぞれ演じた。そよぐ風、揺れる木々、雲が流れる夜空を借景し紡がれる朗読劇に、小野と佐倉は何を感じたのか。ステージナタリーでは、1日目の公演を終えた翌日、2人にその体験を聞いた。

取材・文 / 大滝知里撮影 / 山地憲太

暗闇の中で互いの声に耳を澄ます

──「鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」1日目の公演を拝見しました。野外ということもあり、視界に入る建造物や森、空の様子のインパクトが強く、開演まではそのことに気を取られてしまっていたのですが、キャストの皆さんの声に誘われて物語の世界にだんだんと入っていく感覚が心地よく、とても忘れ難い体験でした。実際に舞殿で「鴨の音」を初体験したお二人は、どんなことが一番印象に残っていますか?

小野賢章 寒かった。

佐倉綾音 あははは!

小野 下鴨神社が神聖な場所だからなのか、想像以上に周りが静かで、シーンとしていたのが印象的で、空気が澄んでいたから余計に寒く感じたのかもしれません(笑)。

小野賢章

小野賢章

佐倉 私は、実は前日に声が出なくなってしまって、その日の仕事を全部お休みしたんです。公演の途中で声が出なくなる可能性も大いにあるような状況だったのですが、なんとか体調も回復し、本番に臨めることになりました。それで公演の前にみんなでおはらいをしていただいたときに、「鴨の音」のお守りをもらったんです。そのお守りは「声が綺麗に出るように」という願いが込められていて、いただいたのは特別仕様のものだったのですが、スタイリストさんが「無事に乗り切れますように」と衣裳の背中に仕込んでくださって。いろいろな思いが功を奏してか、本番中は声が出続けてくれたので、1日目を終えた安堵感は、ほかの皆さんのそれとは少し違うかもしれません。賢章さんも病み上がりでしたよね?

小野 そう(笑)。インフルエンザにかかってしまって。リハーサルも本読みしか参加できず、ぶっつけ本番で挑みました。だからこそ無我夢中でやりましたし、不安を感じる暇もなくあっという間に終わっていました。目の前に佐倉さん、後ろには僕たちを支えてくれるかのように中井和哉さんと三石琴乃さんがいて、暗いのでお客さんの顔も見えませんでしたし、暗闇の中で4人で読んでいるみたいな感覚でした(笑)。

佐倉 私も御三方の声をよく聞くようにしていました。私が演じる華は視力にハンディキャップがある女の子なのですが、実際に私の位置からは誰の姿も見えないので、聞こえてくる声から皆さんの動きや表情、姿形を想像して。皆さん距離感を大切に演じてくださるのでイメージが浮かびやすかったです。

佐倉綾音

佐倉綾音

時を超えるのも、この神社なら“ある”と思えた

──今回の物語は、平安・鎌倉時代の京都で歌の名手と呼ばれた3人の歌人(藤原定家、範子内親王、順徳天皇)と、彼らの時代にタイムスリップした現代の女性が、時を超え、思いを交わし合う様子が描かれます。下鴨神社には、登場人物の1人である範子内親王をはじめ、35代の斎王の御神霊社が祀られていますが、“物語が生まれた場所で、その物語を読む”という体験に、いつもとは違う心情が湧き上がりましたか?

小野 不思議な感覚でしたね。物語の中で、実際にある「百人一首」の和歌が引用されていたり、下鴨神社が劇中に出てくるような歌合わせが行われていた場所だと理解しながら読んでいたりしても、自分が経験していないことは想像でしかない。とはいえ、舞台となった場所でその物語を読むことには意味があると感じましたし、少しでも当時の思いを感じ取ることができればという気持ちでやっていました。“セット(舞台装置)はいらない”と思える、本物の場の力強さも相まって、貴重な経験をさせていただいたなと。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

佐倉 私は朗読劇のオファーがあったときに、“私じゃないとできない役”や何かを学び取れそうな作品など、琴線に触れるものがあるものをお受けするようにしているんです。今回、下鴨神社で行われる朗読劇ということでオファーをお受けしましたが、実は私自身、歴史や古い建造物、神社仏閣にはあまり興味がなくて。

小野 そうなの?

佐倉 はい。でも、下鴨神社にはご縁があって、以前出演したアニメ「有頂天家族」の舞台が下鴨神社で、そこで描かれている下鴨神社を見て「いつかここに行ってみたい」と珍しく思ったんです。タイミングが合わず、なかなか来ることができなかったのですが、いざ実際に来てみたら、理屈ではない不思議な雰囲気が漂っていて。今回の朗読劇では、場所の空気感が物語にしっかりと生かされていて、時を超えることも「この神社ならありそう」と思えるというか。このロケーションだからこそ、作品に説得力を持たせられたのだと思いました。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

感じ方は受け手に任せる、正解がない“表現”という仕事

──劇中では、4人の軽妙なやり取りの中で現代語訳された「百人一首」の和歌が詠まれるほか、それらの解釈にまつわるエピソードや歌人たちの秘めた思いが立ち上がります。お二人はこの物語からどのようなメッセージを感じましたか?

小野 僕が一番良いなと思ったのは、「和歌の解釈は受け手側に任せる」ということです。和歌は31文字で自由に表現するもの。一方で、僕らの仕事にも正解はなくて。僕自身、表現をするところまでが仕事だと考えているので、何を考えながら演じたか、観客に何を感じてほしいかは、受け手側にお任せしたい。劇中に「どういう解釈だって良いじゃないか、誰にそれが否定できようか」と明言するセリフがあるのですが、和歌を題材にして“自分の思考や感性を守る”というテーマを描いたこの作品は、現代の我々に刺さるんじゃないかなと。僕も何が正解かは皆さんにお任せしたいんですよ、だからインタビューで何を答えるかって……。

佐倉 あっ、そこまでで(笑)。

小野 あははは! いや、演じる側の人間の発言は、「それが正しい」というふうに捉えられがちで、どうしても影響力が大きくなってしまうじゃない? 表現として出したものを観て、感じてほしいなと思うんです。

佐倉 でも賢章さんのおっしゃることもわかります。私も自分の解釈を押し付けることにならないように、なるべく核心からは逃げながら(笑)、インタビューではヒントを出してみたり、演技を組み立てた背景をお話しさせていただいたりしています。今回は、伏線が張り巡らされている脚本だったので、お客様がわからなくならないように、歌人たちの世界に巻き込まれる華の時間軸と、華と登場人物たちの関係値をきちんと把握して、辻褄が合うように整理して演じなくてはと思いながら、台本の読み込みを心がけました。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

──佐倉さんが演じる華は、幼い頃から両親と共に和歌に親しんでいた女性で、幼稚園では天智天皇の歌にある“苫(とま)”を“トマト”と得意げに解釈したことから、ちょっとした失敗談がある様子が、かわいらしく描かれていましたね。

佐倉 驚いたことに、私も華と状況がまったく一緒で、小学生のときに両親と一緒に「百人一首」で遊んでいたんです。授業で習い始める前から知っていたので、クラスメートよりも少しだけ知識があるという状態も同じで。配信を観てくれていた母から「あのときのまんまだったね」と言われるくらい(笑)。母親の名前が“しのぶ”というのですが、劇中に“しのぶ君”も出てきますし、「しのぶれど」が母親の名前と似ているから覚えやすいねという会話をしながら「百人一首」を覚えていったのを思い出して。これも不思議なご縁だなと個人的にはびっくりしていました。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

「世界文化遺産 下鴨神社 朗読劇 鴨の音 第四夜『恋詠歌林』」より。

──小野さんは現在と過去で華にとってキーパーソンとなる2人の人物を演じます。演じ分けについて注意した部分はありましたか?

小野 2人の登場人物を演じるにあたって、役が入れ替わる瞬間に気を遣いました。ガラっと入れ替わることでお客さんに余計な思考が生まれてしまうのを避けたかったので、脚本家の山下(平祐)さんにどこから入れ替わっているのかを確認し、替わり目を微妙なグラデーションのように感じ取ってもらえるようにしたいなと。でも、僕は緻密に計算して演じるタイプではないですし、朗読劇はほかの役者さんのテンションによって演技が変わってくるので、決め切らずにやることを意識しました。その中で、ポイントになってくる役の気持ちや、大事なセリフを押さえながら作っていったという感じです。