目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。「錦秋十月大歌舞伎」では、「義経千本桜」がWキャストで通し上演される。平知盛、いがみの権太、狐忠信の3人の物語を軸に、さまざまな登場人物が命を燃やす本作は、歌舞伎らしいスペクタクルと深い情愛に満ちた作品だ。
ステージナタリーでは、渡海屋銀平実は新中納言知盛に挑む坂東巳之助と中村隼人、佐藤忠信忠信実は源九郎狐に挑む尾上右近と市川團子にインタビュー。4人それぞれのアプローチで、「義経千本桜」の魅力、そして役への思いを語ってくれた。
取材・文 / [巳之助・右近・團子]川添史子、[隼人]熊井玲撮影 / 平岩享
さあ、心躍る今年二度目の春到来! “判官贔屓”の語源でもある、悲劇のヒーロー義経(九郎判官源義経)の、都落ちから吉野山隠遁を描く「義経千本桜」通し上演がやってくる。初めてご覧になる方は、タイトルロールである「義経」よりも、敵方・平知盛、ならず者・いがみの権太、忠臣に姿を変えた狐忠信など、違う登場人物ばかりが活躍することに驚くかもしれない。しかも場面として描かれるのは、平家滅亡の夏から、翌年、雪が残り梅花咲く冬の終わりまで。設定上、桜の季節さえもないのだ。舞台上に咲く桜は演出上の工夫、タイトルに高らかに謳われている「義経」も「桜」も、観客の脳内に組み込まれた“イメージ”。非業の最期を迎える美しき義経と、潔く咲いてパッと散る桜──昔から日本人が愛してきた二つのモチーフがタイトルでイコールとして重ねられ、それをテコにめくるめく愛と情の世界が広がっていく、なんとも心憎い趣向なのだ。思いきり生きて、命を散らす……現代を生きる私たちが桜吹雪を眺めたときにわき起こる、陶酔と哀れそのものの世界が展開する“千本桜”を、通しでどっぷりと味わうチャンス。Aプロ・Bプロ共に魅力的な出演陣がそろい、この贈り物のような美しい古典を、久々にじっくりと堪能できる幸せな月を過ごそう。
坂東巳之助
- 源九郎判官義経(Aプロ「鳥居前」「渡海屋・大物浦」)
- 渡海屋銀平実は新中納言知盛(Bプロ「渡海屋・大物浦」)
- 亀井六郎(Bプロ「川連法眼館」)
「渡海屋・大物浦」の面白さ
今回初役で演じる知盛は、尾上松緑のお兄さんに教えていただきます。「大物浦」は、幽霊のような青い隈取りをし、血まみれとなった知盛が大きな碇と共に入水していく壮絶な場面が有名。壇ノ浦で死んだはずの知盛が実は生き延びていて、船宿の主人に身を変えていた……という大胆なフィクションを設定した上で平家滅亡を描いていきます。お客さまにはこの堂々たるダイナミックさ、歌舞伎らしい遊び心を面白がりながらご覧いただければと思います。
息子の初お目見得、同世代の仲間との舞台
今回は、Aプロで倅の緒兜が安徳帝で初お目見得致します。彼がお芝居好きか……どうでしょう。こればかりは、出してみないとわかりません。でも9月には7歳となり、いろいろなことが理解できる年頃になってきました。あまり余計なことを詰め込むと迷ってしまうので、そこは様子を見ながら、伝えるべきことを伝えられたらと思います。今回、尾上右近くんが狐忠信を演じる「川連法眼館」で亀井六郎も勤めます。同じ世代の仲間を盛り立てるという意味で責任重大。僕にとって大きな意義のある役になります。
歌舞伎においてはまだまだ若手ですが、他のジャンルのエンタメを見渡せば、三十代は堂々と主役を張れる年代。会社の中でもそれなりの立場になっている方もいるような年でしょう。謙虚さは大切に、勉強する立場なのは当たり前として、こうした場でいつまでも「若手です、身に余る大役を頑張って勤めます」と発信していたら、「歌舞伎界って世の中とズレている」と思われてしまいますよね。ほかのエンタテインメントと肩を並べるために、堂々と「現代でも十分に面白い古典を上演します。ぜひいらしてください」ということをお伝えしたいです。同時代を生きる皆様に向けてのお伝えの仕方を、大事に丁寧に考えていかなくてはいけないと、最近強く感じています。
通しで観るからこその魅力
Aプロでは義経を勤めます。「見取り狂言(複数の演目の名場面などを組み合せた上演)」で目にすることも多い「義経千本桜」ですが、通しで観ていただけると、知盛といがみの権太と狐忠信の活躍とともに、義経のたどる思いと旅路がくっきりと浮かび上がってくるでしょう。場面ごとに全く違う趣向が凝らされていますので、単純に登場人物のビジュアルや立廻りを眺めていただいても魅力が伝わるでしょうし、深く知っていくといくらでも奥深い物語性が出てくる。やはり傑作だと思います。どこを切り取っても楽しく、「まさかこれが全部1つの物語の中に」と、この豊かな発想力に驚いていただければ。親を慕う気持ち、人を恨む気持ち、 “忠義”も言葉を変えれば「誰かを大切に思う心」で、時代は違えど人の感情は同じ。つくづく、人間という生き物について描かれた作品なのだと思います。観る前にほんの少し、あらすじと人物関係を頭に入れて脳内に呼び水として小さな水溜まりだけつくっていただければ、そこにダーッと物語が流れ込んでくるはずです。
プロフィール
坂東巳之助(バンドウミノスケ)
1989年生まれ。大和屋。十世坂東三津五郎の長男。1995年に二代目坂東巳之助を襲名し初舞台。2015年より日本舞踊坂東流家元となる。11月2日から26日まで歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」、12月京都南座での八代目尾上菊五郎・六代目尾上菊之助襲名披露公演に出演する。
尾上右近
- 佐藤忠信/忠信実は源九郎狐(Bプロ「鳥居前」「吉野山・川連法眼館」)
※Aプロ(「吉野山」)には清元栄寿太夫として出演。
役を習い、思い出を更新する
「鳥居前」「吉野山」「川連法眼館(通称 四ノ切)」の狐忠信を通しで勤めます。初役の「鳥居前」は尾上松緑のお兄さんに教えていただきますが、子供の頃からお世話になっているにも関わらず、役を教えていただく機会があまりなかったんです。お役とのご縁は、人とのご縁。今も忘れられないお兄さんとの思い出といえば、ご襲名の舞台「蘭平物狂」(2002年)に子役の繁蔵で出させていただいたとき。「ご褒美は何がいい?」と聞いてくださったので、僕は「あいびき(舞台上で使う小さな椅子)です!」と即答したんです。「赤い座布団がついていて……」と絵まで描いてお渡ししたら、「高くつくなぁ!」と笑いながら、そのまんまのものを作ってくださった。今でも大事に、直しながら使っているんです。役を教えていただくことは、最大限の敬意を表する行為であり、先輩とのコミュニケーション。今回の機会を、非常にうれしく、ありがたく思っています。
人生の節目、節目に出会ってきた“千本桜”
「吉野山」は10年前の自主公演、「第一回 研の會」で初めて演じました。そして実は小さい頃、初めて生で観た歌舞伎作品でもあるんです。茄子紺と呼ばれる忠信の衣裳の色もよく覚えていますし、花四天(はなよてん、立廻りを演じる役)が桜の枝を持って立廻る姿は鮮明な記憶で「戦いのシーンなのに、お花!」と驚きました。子供心に「ピースフルだな」と思ったんでしょうね(笑)。「四ノ切」の忠信は4年前、南座の三月花形歌舞伎で初めて義太夫狂言の主役を演じたお役。この役に再び会えるのがとても幸せで、楽しみです。
三十代で演じる古典、四十代を見据えながら
伝統と文化と型、歌舞伎が受け継いできたものを、僕らの身体を通じて感じていただきたいという志が、古典を演じるときの真っ当な姿勢だと考えています。日本人、そして歌舞伎俳優の根源的なものが古典には詰まっているんです。今33歳、歌舞伎の世界ではまだ若手ですが、お客様に対しては「若手が頑張ります」という姿ではなく、堂々と歌舞伎座の舞台に立っているところをご覧いただきたい。おそらく、あっという間に“押しも押されもせぬ花の四十代”がやってきますから。……こういうことは、率先して自分で言っちゃうんです(笑)。
プロフィール
尾上右近(オノエウコン)
1992年生まれ。音羽屋。清元延寿太夫の次男。曾祖父は六代目尾上菊五郎。2000年に初舞台。2005年に二代目尾上右近を襲名。また、2018年に清元栄寿太夫を襲名。10月23日から26日まで「立川立飛歌舞伎特別公演」に出演する。
尾上右近 公式サイト | Onoe Ukon OFFICIAL SITE
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中村隼人 / 市川團子