豊橋から発信!山田佳奈&井上ほたてひも&益山寛司が語る、市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」

愛知・穂の国とよはし芸術劇場が主催する、市民と創造する演劇シリーズを、2023年は□字ック・山田佳奈が担当する。「市民と創造する演劇」はオーディションにより選ばれた市民とプロの作り手が演劇を立ち上げる企画。今回山田は、シェイクスピア「ロミオとジュリエット」をベースに、過去と未来、二つの次空間を絡めつつ、30人の参加者と、演出補も担当する井上ほたてひも、益山寛司の32人によって作品を立ち上げる。

1月下旬、ステージナタリーでは稽古場を取材。また山田、井上、益山の3人に“市民と創造する”うえで意識していることやクリエーションの中で感じた思いを語ってもらった。

取材・文 / 熊井玲

「悲劇なんてまともじゃない」稽古場レポート

演出家と俳優が、常に対話し続ける稽古場

1月末に、穂の国とよはし芸術劇場 PLATの稽古場を訪れた。出演者の中には社会人や学生もいるため、平日の稽古は夜にスタート。また、全員が毎日稽古に参加できるわけではないので、その日の出席者を確認しながら稽古のメニューを組み立てていく。

まずはスタッフが美術模型を示しながら、舞台空間の説明を行った。続けて山田が「今日のメニューです」と、稽古で当たるシーンを説明。そして「平日の稽古は皆さんの“日常”もあるので、その日にいるメンバーで適宜考えていきます。出番ではない人は、別の部屋で稽古してもらっても良いです。今日はまず終盤のピーターとジュリエットのシーンからやりましょう」と声をかけた。

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

最初に稽古することになったのは、村上肇規演じる“現在のピーター”と倉田奈純演じる“現在のジュリエット”が初めて出会うシーン。実際、2人が顔を合わせるのはその日が初めて、ということを確認した山田は、「まずは2人で話をしてみてもらえますか?」と、数分間、2人で自由に対話させた。そして2人にどんな感覚だったのか、何を感じたかを尋ね、「初めて会った人と話す、その感覚を覚えておいてほしいなと思って、試してもらいました」と説明した。

その後、台本に添ってピーターとジュリエットが初めて出会うシーンの稽古が行われた。早川沙千子演じるスーザンに、強引に引っ張って来られたピーターは、車いすに乗ったジュリエットに対して物理的にも心理的にも、どのような距離感で接したら良いかわからない。一方のジュリエットは、知らない人を前に警戒心を高めていて……。

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

一連のシーンを終えると、山田はすぐ俳優たちに「どうだった?」「何か気になったことはある?」と尋ねた。演劇初心者の介護士・村上と演劇経験がある社会人・早川沙千子は、それぞれ、アクティングエリアのどこに立つと良いかがわからない、と山田に質問。すると山田は「どう動きたい?」と逆に聞き返して、「『こう動いてください』と演出家が言うより、『こう動きたい』という皆さんの意見を聞いて、一緒に考えていけたら。大事なのは、段取りより、やり取りなので」と説明すると、俳優たちから「もっと奥のほうから出てくるようにしたい」など、アイデアが挙がった。また倉田が「ジュリエットは車いすですけど、もう少し動きたいんです」と言うと、山田は「ジュリエットは両脚が悪いのかな、片脚かな」と言いながらジュリエットの身体の状態を、倉田やスタッフともに具体的に考え始めた。

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

3人の動きが決まると、同じシーンをもう一度繰り返す。1度目に比べてスーザンとピーターの可動域が大きく広がったことで、空間の印象が広がり、シーンに立体感が生まれた。さらに、初対面に戸惑いながらも目の前の人を無視できないピーターと、見知らぬ人を前に全身で身構えるジュリエットという2人の関係も、よりビビッドに感じられた。そのまま、ピーターとジュリエットが対話を通して、少しずつ心の距離を縮めていくシーンが続けられると、2人のやり取りをじっと聞いていた山田は「ピーターがこのシーンだけ、“いい男み”かも(笑)」と言い、「ピーターは多分、本当に素直な人なんだと思うんですよね。それは、私があなた(村上)を見て思ったこと。なので、あまりカッコつけず、むしろ力が抜けた感じでやってもらえたら」と伝えると、村上は大きくうなずいた。

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

市民と創造する演劇「悲劇なんてまともじゃない」稽古の様子。(撮影:市民スタッフ)

さらにジュリエットが、自分が書いた恋文をピーターの前で披露するシーンでは、山田が「このシーンはなず(倉田)が“届かない思いをつづっていた”というエピソードからできた、台本の根幹が詰まっているシーン。なので、どう言うのか決めつけずにセリフを発してほしい」と倉田に思いを伝え、続けて台本上は「……」とだけ書かれたジュリエットのセリフについても「この『……』に表現されているものは何かを考えてほしい」と語った。

この短いシーンの稽古だけで、約1時間30分が経過。その後も山田は、ユーモアを交えながら俳優との対話を繰り返し、演出の可能性を探り続けていた。