「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」② 各地の公立文化施設担当者が語る、舞台映像上映会・鑑賞ブースの課題と可能性

EPAD事業では、これまで消滅の一途を辿っていた舞台映像などを収集し、未来に向けて利活用するべく、デジタルアーカイブ化や映像配信を行っている。2020年にコロナ禍を背景に立ち上がり、活動4年目となる2024年12月、「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」が紀伊國屋ホールにて開催された。

ステージナタリーでは、3部構成で行われたシンポジウムを3回にわたって紹介。本特集では②「公立文化施設が舞台芸術デジタルアーカイブを活用する未来」の様子をレポートする。登壇者は2024年度に舞台映像の舞台芸術関係者向け上映会「EPAD Re LIVE THEATER」に関わった白井佳奈(神戸市文化スポーツ局)、坂元奈未(長久手市文化の家)、萩原宏紀(いわき芸術文化交流館アリオス)、久保田力(サザンクス筑後)、浦島浩史(北海道立道民活動センター かでるアスビックホール)。司会を、EPAD理事で三重県文化会館副館長の松浦茂之が務めた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / サギサカユウマ

EPADとは?

EPAD

一般社団法人EPADが文化庁や舞台芸術界と連携して進める、舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業(Eternal Performing Arts Archives and Digital Theatre)の略称。EPADは、2024年3月時点で舞台芸術映像約2800作品(権利処理サポート含む)、戯曲約900作品、写真やデザイン画など舞台美術資料約20000点を取り扱っており、それらのデジタルアーカイブ化や利活用を進めると共に、収録、保存、配信、上映、教育利用などの標準化と、利用を可能にするための権利処理のサポートを行うことを通して、舞台芸術の収益力や対外発信の強化を支援することを目的として活動している。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」ポスター画像

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」ポスター画像

EPAD2024年度の達成と課題

2024年12月3日、「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」が、紀伊國屋ホールにて行われた。午後3時から1時間半にわたって行われたシンポジウム②「公立文化施設が舞台芸術デジタルアーカイブを活用する未来」には、兵庫県の神戸市文化スポーツ局文化交流課の白井佳奈、愛知県長久手市にある長久手市文化の家の坂元奈未、福島県いわき市のいわき芸術文化交流館アリオスの萩原宏紀、福岡県筑後市のサザンクス筑後の久保田力、北海道札幌市の北海道立道民活動センター かでるアスビックホールの浦島浩史が登壇し、EPAD理事で三重県文化会館副館長の松浦茂之が司会を務めた。

松浦茂之

松浦茂之

まず松浦が、上映会実施までの経緯と2024年度の実績について報告。EPADでは2021年頃から「舞台映像上映会」をはじめ、2年に及ぶ経験を元に2024年は上映会の規模を拡大することに着手した。2024年度は、公文協(編集注:全国公立文化施設協会のこと。国及び地方公共団体などにより設置された全国の劇場、音楽堂などの文化施設が参加している)の地域区分に則り、7エリア中5エリア(近畿・東海北陸・東北・九州・北海道)の、それぞれ規模感が異なる劇場で<舞台芸術関係者向け>「上映会&シンポジウム」が実施された。シンポジウム②には、その<舞台芸術関係者向け>「上映会&シンポジウム」に関与した劇場の関係者が登壇している。なお「上映会&シンポジウム」の構成は5会場すべて同じで、まずは「4K定点映像の上映」(編集注:劇場に大スクリーンを設置し、高画質定点で収録した舞台映像を、4K定点映像で出力し、等身大で上映するもの)を行い、シンポジウム「公立文化施設の自主事業で舞台映像を活用する未来-企画面・技術面・費用面の考察-」を挟んで、後半は「複数カメラ映像の上映」(編集注:従来の舞台中継のように、通常のカメラを複数台使用した撮影)となっている。またEPADが取り組んでいる上映スタイルには、140インチ程度のスクリーンを用いて数十人で一緒に観る「ミニシアター上映会」、テレビモニターで1・2名程度で観る「鑑賞ブース」もあり、それらは「東京芸術祭 2024」で開催された「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo ~時を越える舞台映像の世界~」ほかでも実施された(参照:EPAD、「東京芸術祭 2024」で上映会実施 岸田國士戯曲賞受賞作の舞台映像を上映)。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。

「上映会&シンポジウム」の手応え

シンポジウム②では、まず<舞台芸術関係者向け>「上映会&シンポジウム」について、各担当者が感想を語った。神戸市文化スポーツ局文化交流課の白井は、2028年に兵庫県神戸市の三宮駅前に開館する予定の、新・神戸文化ホールの開設準備にあたっていると自己紹介。7月の「上映会&シンポジウム」は現・神戸文化ホールの中ホール(客席数904)で行われた。白井は「映画館で観るのとは全然違う体感でした」と感想を語り、「技術的な部分では神戸文化ホールのスタッフが、その前に岡山で行われたレクチャー(編集注:6月に岡山芸術創造劇場 ハレノワにて全国公立文化施設協会 定時総会・研究大会が開かれ、そこでEPADの説明会と8K定点映像の上映会が行われた)に参加していたので混乱は少なかったのですが、音の問題などはまだ課題を感じました。ハレノワの上映会のときはスクリーンの両サイドにスピーカーが置かれていましたが、スクリーンの後ろから音が出たほうが良いのではという意見があり、神戸ではそのようにしてみたんです。でも音がくぐもってしまって。次回実施する際には、音の問題について改めて考えてみたいなと思っています」と話した。白井の感想を受けて松浦は「音に関して、今一番良いなと思っている方法は、セリフ以外の音は本番中にBGMや効果音を流しているラインで収録した音を独立で流し、セリフはガンマイクなどで収録して別ラインで流すという方法です。実は9月の筑後、11月の北海道での上映会でその方法を試してみたのですが、ガンと音圧が出てセリフとほかの音が分離され、音が明瞭になったということがありました。ただ、映像も音も、より鮮明にするには収録に費用がかかり、そのためにも舞台映像の収録や上映会のマーケットがもっと拡大していかないと厳しい部分はあるなと感じています」と話した。なお7月には愛知の長久手市文化の家・風のホールでも上映会が行われ、こちらは客席数292と、神戸とはサイズ感がかなり異なる劇場での実施となった。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。

続けて、8月に上映会が行われた、福島県のいわき芸術文化交流館アリオスの萩原がコメント。中劇場(客席数最大687)で行われた上映会では、スクリーンや音響の準備に劇場スタッフの苦労や戸惑いがあったことを明かしつつ、「アリオスでは現在、クラシック事業がメインで、演劇公演の実施は年間2・3本にとどまっています。予算も潤沢にあるわけではないので、上映会にかかるコストがもう少し減らせるのであれば、当館もデジタルシアターについて前向きに考えていきたいと思います」と話した。松浦は「2年前までは、デジタルアーカイブ上映も映画館で観るようないい画質、いい音響の舞台映像を大画面に写し出すという程度の知見でした。でも徐々に劇場空間とのシンクロや上演の擬似体験ができるようにと、プロセニアムいっぱいにスクリーンを配して映像が観られるようにし、音も劇場で聴くような感覚で聴けるようにと、没入感を高める方向にシフトしています」と述べ、演劇公演が少ない地域にぜひ注目してほしいと話した。

福岡のサザンクス筑後では、9月に上映会が行われた。サザンクス筑後は昨年2024年に開館30周年を迎えた劇場で、上映会は客席数1311の大ホールで実施された。「私は劇場の事務局長であり、演劇人でもあるので(編集注:久保田は「プレイ集団 YOU▷遊」で脚本・演出を手掛けるほか、「こどもあーとACTION」の代表を務める)、デジタルアーカイブに対するアーティスト側の気持ちがわかる部分があります」と述べつつ、「でも『定点映像には興味がある』という劇場スタッフもいたので、上映会をやることにしました」と実施に至った思いを話した。

久保田力

久保田力

5エリア中、最後となる11月に上映会が行われたのは、北海道立道民活動センター かでるアスビックホール(客席数521)。同劇場の浦島は「スクリーンのセッティングや音響の準備が大変でした」と上映会を振り返り、「デジタルシアターが全国で手軽に利用できるには、現地スタッフに対する研修も必要になるのかなと思います」と実感を語った。ただ、「劇場がある札幌市は、札幌文化芸術劇場 hitaruをはじめ劇場も多く、夏と冬にはロングランで人気作を再演する『札幌演劇シーズン』という演劇祭も根付いていて、道内では比較的、演劇を生で観ることができる地域ではあります。それでも演劇に対してはまだ、敷居の高さを感じる人が多いのも事実です」と言い、「舞台映像の上映会は、価格的にも、演劇入門としていい機会になるのではないかと思います」と語った。

「鑑賞ブース」が目指す未来

続けて“演劇図書館”を目指す、「鑑賞ブース」に関する話題に。「東京芸術祭 2024」の「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo ~時を越える舞台映像の世界~」では60インチのモニターが2台設置され、利用者はヘッドホンを使用して第三舞台や青年団などの岸田國士戯曲賞受賞作品7作品から希望する作品を視聴することができた。「鑑賞ブース」に関しては、松浦が副館長を務める三重県文化会館でも2023年度に期間限定で設置された(参照:観たい舞台の映像が観られる、EPADの“演劇図書館”が三重に)。三重での「鑑賞ブース」では75インチと60インチのモニターが使用され、劇場スタッフがセレクトした近年の話題作9作品を視聴することができた。松浦は三重での実施を振り返り、「土日はある程度観に来てくれるでしょうが、平日はガランとするだろうなと思っていました。でも実際は、平日も予約枠の50%くらい、稼働していたようです」と話した。

白井佳奈

白井佳奈

三重の「鑑賞ブース」には神戸から白井も駆けつけた。白井は「三重で『鑑賞ブース』が設置されたのは三重県総合文化センター 生涯学習棟というとても静かな場所で、声を出して笑ってもいいのか、迷いました(笑)」と述べつつ、「神戸で準備中の新しい劇場は複合ビルにあり、図書館や商業施設なども入ることになっています。劇場としては、催し物がやっていないときも、できるだけ劇場らしさを感じられるような仕掛けを作りたいと考えていて、その点で『鑑賞ブース』を検討しています。実現できるのかまだわかりませんが、三重の『鑑賞ブース』を体験し、面白い試みだと思いました」と語った。三重の「鑑賞ブース」が期間限定の設置だったことを踏まえ、松浦が白井に「もし1年中『鑑賞ブース』が開かれているとしたら、利用者は常にいそうだと思いますか?」と尋ねると、白井は少し考えたのち「常に利用してほしいので、作品ラインナップも、例えば“プロデューサーセレクション”といった形で、期間ごとに視聴できる作品を変えていくのがいいかもしれませんね」と返答した。

長久手市文化の家の坂元も、三重へ視察に出かけたと言う。長久手市文化の家は昨年12月末から2026年9月まで改修工事で休館しているため、坂元は「文化の家の休館中、近くにある愛知県立芸術大学などで『鑑賞ブース』ができないかなと考えて視察に行きました。まず演劇ファンとして心を揺さぶられる作品ラインナップであることに感激しましたね(笑)。うれしかったのは、自分の好きな時間に、好きに作品を観られる点。私は75インチのモニターで観たのですが、すごくいいイヤホンで贅沢感、没入感を感じることができ、『鑑賞ブース』に可能性を感じました」とポジティブな意見を述べた。

地域の劇場が舞台映像上映に懸ける思い

「東京芸術祭 2024」の「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo ~時を越える舞台映像の世界~」では「ミニシアター上映会」も実施され、1970年代から1980年代の岸田國士戯曲賞受賞作9作品のデジタルアーカイブが回替わりで上映された。久保田は「ミニシアター上映会」について前向きな意見を述べ、「サザンクス筑後では開館当初から『こどものためのえんげきひろば』という取り組みを行なっており、演劇的な活動を通して、日常における表現力やコミュニケーション能力を培うことを目指しています。その一環として、子供も大人も参加できる『ミニシアター上映会』は面白いのではないかと考えています」と話す。また「筑後市の場合、演劇を観たいという“分母”がまだまだ少ない。3年、5年と演劇に触れてもらう試みを継続していくことで、筑後市を演劇が観られる街にできたらと思います」と展望を語った。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。

「『ミニシアター上映会』は僕も良いなと思っています」と続いたのは萩原。8K定点映像の上映会を実施して、あまり大きな劇場ではなく、50人程度で鑑賞したほうが良いのでは、と感じたと話す萩原は、「今はNetflixやAmazonプライムビデオなどで簡単に過去の作品を観られるので、劇場に演劇のデジタルアーカイブを観に来るのは、正直なところハードルが高いかもしれません。でも、自分が二十代の頃、好きな作品のビデオテープを友達と交換してお互いの好きな作品を観合ったように、歴史的芸術的価値が高い作品だけでなく、若い人が興味を持ちそうな最近の話題作なども『ミニシアター上映会』のラインナップに織り交ぜて、定期的に舞台が観られるようになることには可能性を感じます。またハードルを下げるという点では、劇場よりも例えば駅前の小さなフロアを借りて上映会をやるのも良いかもしれません。トークイベントも入れたりできると良いですよね」と積極的な発言を続けた。

萩原宏紀

萩原宏紀

浦島は「『ミニシアター上映会』は、俳優や劇作家など、シリーズのテーマを組み立てて開催するのが良いと思っています」と言い、さらに「高校の演劇部を対象に、教材として活用してもらうことも考えられるのでは。演劇部の高校生でも、生の舞台を観る機会はあまりないという話を聞くので、デジタルアーカイブを活用していくことはできるのではないかと思います」と述べた。これらの意見をうなずきながら聞いていた松浦は、「生の実演芸術を扱うのはもちろんですが、公立文化施設がデジタルアーカイブ上映会をミックスすることで、自主事業にさらに魅力を持たせるということは考えられますね」と話した。

浦島浩史

浦島浩史

今後の展開という点で、さらに新たなアイデアを語ったのは坂元。「まだアイデア段階ではありますが」と前置きしつつ「野外演劇フェスティバルの中で、上映会ができたらなと思っています。例えば維新派作品を野外で上映できたらなと思っていて。維新派は野外劇を得意とし、会場全体を劇場空間にしてしまう劇団でしたが、今はもう、生で観ることはできません。維新派の実際の上演環境に近いとは言えませんが、長久手はまだ自然が多い土地なので、野外で上映することで、上演に近い雰囲気を味わっていただけるのではないかなと思っています」と語った。さらに坂元は「劇場に足を運んで演劇を観てもらうのではなく、“うっかり出会ってしまった”状況を作りたい」と話し「演劇に敷居の高さを感じる人たちがまだまだいらっしゃる中で、上映会以外にも美術のワークショップなどさまざまな催しを開催し、その中の1つとして上映会を行うことで相互効果をもたらすことができたらと思っています」と夢を膨らませた。

坂元奈未

坂元奈未

シンポジウム②の最後には、質疑応答の時間が設けられた。すると観客の1人として来場していた、劇作家で日本劇作家協会副会長の長田育恵が挙手。長田はデジタルアーカイブ上映が広まっていくことによって、日本各地にある演劇鑑賞団体の上演などに影響が出ないか、実際の上演に足を運ぶ観客が減ってしまうのではないかという懸念を質問した。

すると松浦は「これはEPAD内でも実演家の方とお話しするとよく話題に上がることなのですが……今、首都圏以外の公立文化施設では、舞台作品を招聘することも自主制作することも予算的に厳しい状況があり、演劇のプログラムが自主事業の中に組み込まれているホールもごくごく限られています。そのため、そもそも作品が上演できない、作品が届いていない地域が多くあります。作品が届いていないのであれば、まずは作品を届けたいというのが、我々が今感じている課題です。なので、デジタルアーカイブであっても、まずは作品に触れてもらうことが、今後の状況にプラスに作用するのではないかと思っています」と話す。松浦の言葉に続いて、久保田は「地域の劇場は今、老朽化や建て替え問題などを抱えながら、生き残りをかけて必死に頭を巡らせています。今後は学校や地域とより協力しながら、みんなで文化芸術を盛り上げていきたいなと思っていて、その一環としてデジタルアーカイブ上映についても考えていきたいと思っています」、浦島は「上映会が、普段は劇場に足を運ばない人への、裾野の拡大になるのではないかと思います」とそれぞれの期待を語り、シンポジウム②が終了した。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。

「EPAD 2024年度事業報告シンポジウム」の様子。