串田和美が思う、劇場という空間のあり方──誰もが芸術文化に触れることができる社会から生まれる未来 (2/2)

鑑賞サポートはあくまでヒント、感じ方はそれぞれ

──コロナやオリンピック、デフリンピックなどを機に、舞台業界の意識が少し変わった部分は確かにあるのではないかと思います。その1つとして、アクセシビリティへの意識の高まりが挙げられるのではないかと。串田さんが今回、「西に黄色のラプソディ」で東京芸術文化鑑賞サポート助成に申請されたのはなぜですか?

いろいろな方からお話を聞く中で、鑑賞サポートを必要とする人たちが安心して劇場に来られるようにしたいと思ったんです。また、先ほどお話しした通り、若い頃によく知らずに失敗したことを思い出したこともあって、申請しました。僕自身、たとえばルーマニアやチェコなどで芝居を観るときに、言葉は全然わからないんだけど、誰かがちょっとヒントを教えてくれるだけで「ああ!」とピンときて面白くなるという経験がよくあって、そのように、聞こえない人、見えない人にとっても何かしらヒントがあれば、もっと舞台を楽しめるということはきっとあるはず。劇場に来てくれた人たちが、より深く作品のことがわかったと感じてくれるように自分たちが努力するのは普通のことだと思いますし、いろいろなツールを使うことでそれができるならぜひ使ってみたいと思いました。ただ実施には当然お金もかかるわけで、これまではなかなか踏み切れなかったところでもあります。

フライングシアター自由劇場 第6回公演「西に黄色のラプソディ」より。(撮影:串田明緒)

フライングシアター自由劇場 第6回公演「西に黄色のラプソディ」より。(撮影:串田明緒)

その一方で……人にはそれぞれの楽しみ方もあるのではないか、とも思っていて。僕が最後に文学座でやった芝居は水上勉さんの「山襞」だったのですが、そのときから水上さんはとても親しくしてくださって、盲目の女性たち・瞽女の話をしてくれた。今でも印象に残っているのが、彼女たちはとても明るくて、触覚だけでまるで見えている人のように振る舞うんだそうです。彼女たちは、たとえば水上さんが「着物をあげるよ」ってたくさん着物をプレゼントしたら、着物の生地の違いを触感で見分けて、ケラケラ笑いながら「私はこっちがいい」「あなたにはそれは派手よ」と着物を取り合っていたそうなんです。それは僕が盲目の人に対して想像していたのとは全然違う光景でした。だから、同じ芝居を観るにも人それぞれ、楽しみ方はきっといろいろあるはずだ、とも感じます。

フライングシアター自由劇場 第6回公演「西に黄色のラプソディ」より。(撮影:串田明緒)

フライングシアター自由劇場 第6回公演「西に黄色のラプソディ」より。(撮影:串田明緒)

──ちなみに串田さんご自身は字幕タブレットを利用されたことはありますか?

僕の作品ではないもので使ってみたことはあります。海外で芝居を観るとき、こういうものがあるといいなと思いましたね(笑)。舞台上のどこかに字幕が流れるものはよくありますが、俳優が演技している様子と字幕の位置が離れていると、両方同時に観るのが大変で。でも字幕タブレットだったら手元に置けるので、ちょっとわからなかったところや気になったところがすぐ確認できるのがいいなと思いました。

そうそう、僕がシビウ国際演劇祭で「スカパン」を上演したときは、みんな字幕のほうばかり気にするから、舞台美術本体に字幕を投影することにして、しゃべっている人の上部にその人のセリフを映したり、内容によって文字の大きさを変えたり、字幕も演出の一部にしたんです。すると「あの人怒ってるんだな」「久しぶりに会った人同士なんだな」「なんかバカなことを言ってるな」という程度の情報は、字幕の雰囲気と日本語の音で伝わるようになって。シビウ国際演劇祭にはとにかくいろいろな国のいろいろな言語の人が集まりますが、日本語がわからない方にも日本語の音を多少楽しんでもらえたかなと思います。

串田和美

串田和美

──近年は出来上がった作品に字幕や手話通訳をつける形だけでなく、鑑賞サポート自体がクリエーションの一部になるような創作を行うアーティストも増えてきました。“作品を情報として届ける”だけでなく、作品の創造性をまるごと体感してもらうには、作品を創作するアーティスト側のアイデアも重要です。

僕は、そもそも人が考えていることって、ほかの人にはそんなにわからないものだと思っていて。だから作品についても、作る側の考えを知ることが正解ではないと思うんです、だってクイズやテストじゃないんだから。たとえば僕がある思いを持って動いていたとして、それを見て、おかしいと思う人もいれば、泣けちゃう人、笑っちゃう人もいていいと思うんですよ。主人公はあくまでその人自身で、お客様100人いたら100人分の見方、感じ方があっていい。なので、鑑賞サポートによって正解に近づける、のではなくて、“自分勝手に見るヒントが1つ増える”と思ってもらえたらいいなと思っています。

──これまでさまざまな環境で多様な観客を前に作品を上演してきた串田さんが、観客を作品世界に引き込むために大事にされていることはどんなことですか?

どんな見方でも、それがその人の見方であり正解だと思っています。作る側によっては、自分の意図を理解できるかできないかを大事にしている人もいますし、僕も作品に対して心の中で思っていることはもちろんあるけれども、観た人がどんな発想をし、感想を持つかはやっぱり自由だと思うんです。また僕は視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感以外にも、第六感、第七感、第八感っていうのが本当はあると思っていて、それで作品を感じている人もきっといると思うんですよね。

──確かに串田さんの作品には、五感では収まらない作品が多いです。

だとしたらうれしいですね(笑)。そもそも僕は、携帯が鳴っちゃったとか足踏みしたぐらいで壊れるような芝居を作ってない。そう思うようになったきっかけはさっきお話ししたような若い頃の失敗から考えるようになったということもあるんだけど、劇場に行くことから遠ざかっている人たちが安心してこられるような環境を作りたい、そう思っています。

串田和美

串田和美

プロフィール

串田和美(クシダカズヨシ)

1942年、東京都生まれ。俳優、演出家、舞台美術家。1966年に劇団自由劇場(後のオンシアター自由劇場)を結成。1985年から1996年までBunkamuraシアターコクーン初代芸術監督、2003年から2023年までまつもと市民芸術館初代芸術監督を務める。2006年芸術選奨文部科学大臣賞、2007年第14回読売演劇大賞最優秀演出賞受賞。2008年紫綬褒章、2013年旭日小綬章を受章。15年シビウ国際演劇祭でシビウ・ウォーク・オブ・フェイム賞を受賞。2023年にフライングシアター自由劇場を新たに立ち上げた。