お正月は映画館で歌舞伎を楽しもう!松本幸四郎・尾上松也が語る、シネマ歌舞伎「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」 (2/2)

印象がまったく違う、2人のライ

──幸四郎さんと、市川染五郎さん演じるシュテンとの対決場面もすごい迫力でした。お父様としてはいかがでしたか?

幸四郎 いかがでしたかねえ。彼にとって新感線的なアクションは初めてのはずなのに「ああ、けっこう出来るんだな」って思いました。

松也 いやいや、“けっこう”どころか、とてもお出来になってましたよ! さっきの話で言えば一番「忠実で安全で正確」な立廻りをされていましたから。

左から尾上松也、松本幸四郎。

左から尾上松也、松本幸四郎。

──映像では、立廻りの動きと音に合わせてアングルが切り替わっていくリズミカルな編集になっているので、ぜひ映画館で体感いただきたいですね。

幸四郎 新感線の舞台を映画館で上映する「ゲキ×シネ」のチームが入ってくださって、場面の迫力や臨場感が増すような画角やスイッチングをしてくださっています。

松也 「こういう見せ方もあるんだ」と、発見のある編集ですよね。

──また映像だと、繊細な目線の動きまでアップで見られるので、お二人の演技 / 解釈の違いを細かく確認できるのも楽しいです。幸四郎さん演じるライは、内在していた悪が魔女によって呼び覚まされてしまった人が、欲望を次々とかなえていくピカレスク的爽快さ、松也さんはフッと悪の方向に呼ばれて道を外してしまった人間の哀しさ切なさみたいなものを感じました。

松也 あえて変えたわけではまったくないんです。ライを演じていないときは(敵対する立場である)サダミツ役を勤めていました。ですのでWキャストなのに、本番中はお互いを通しで観るなんて余裕がなかったんです。改めて映像で拝見し、まったく違う演技で驚きましたね。

幸四郎 うん、全然印象が違いましたね。台本もセリフも演出も同じなのに、これだけ違うものができるんだと驚きました。

松也 それだけ作品がよくできている証拠なんでしょうね。主役の解釈が違っても成立するのは土台がしっかりあるからこそ。いのうえさんも、道しるべを示してくださいましたが、「あとはもう松也の感覚でやっていいよ」という感じで任せてくださいましたし。改めてシネマ歌舞伎を観て、作品構造の巧みさに気づきました。

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

──ライが尾上右近さん演じる弟分キンタを裏切る場面は印象的な場面の一つですが、寄りの画面で見ると、ライの心の動き、冷徹さに情が混じってくる微妙なグラデーションを繊細に表現されていたことがわかりました。

松也 あそこは確かいのうえさんから、「キンタを切り捨てるつもりが無意識に生かしてしまった……とやってほしい」と言われました。僕のライに関してはやはり、普通の小悪党だったところを出発点に演技を組み立てていましたので、どこかに人間らしい情がにじむように演じていますね。実はライの中で唯一、ウソではない本音が“こぼれてしまった瞬間”だったと、僕の中では解釈しています。

──色悪のライとは対照的に、サダミツはお二人とも、遊び心が炸裂していました……詳細は映像でご覧いただきたいですが、あのメイクは一体どういうイメージだったのでしょう。

幸四郎 いのうえさんからは「轟天(編集注:新感線の“ネタもの”シリーズに登場する人気キャラクター。気合いを入れた鋼鉄の体で敵を倒す)で」と言われたので、それを真面目に忠実にやったんですけどね。

──えっと……忠実でしたか?

幸四郎 でも通し稽古のときだったかな? いのうえさんから「轟天の顔は芝居の邪魔になる。ごめん、一度、轟天は忘れて」と言われたんです。

松也 そうそう、本当に最初は2人とも轟天を目標にしていたんですよね。ですので初期は統一感があったのですが、いのうえさんからのダメ出しを受けて、逆にどんどん自由度が上がっていってしまいました(笑)。シネマ歌舞伎の撮影が入った日はクリスマスでしたので、僕はクリスマスバージョンの顔になっています!

──ぜひ皆様、スペシャルバージョンもチェックください(笑)。

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、尾上松也主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、尾上松也主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

お正月は映画館で歌舞伎を楽しんで!

──女性役を演じた女方さんたちも印象的でした。様式が加わることにより役の持つ強さと美しさが凝縮され、「ああ、歌舞伎になった」と強く感じた部分です。

幸四郎 女方でないと成立できないのでは?と思わされるような立ち上がり方で、僕自身すごく面白く感じましたね。

松也 特に(中村)時蔵さんが演じた女武将ツナのようなお役は、女方でやる意義を強く感じました。実はああいう役どころって、歌舞伎の古典にもあまりないようなキャラクターですし。時蔵さんもそれを楽しんでやっていらっしゃいました。

左から尾上松也、松本幸四郎。

左から尾上松也、松本幸四郎。

──「朧」は義太夫とロックの掛け合わせ、そこに鳴り物や附打ちも加わり、音の部分で「阿弖流為」よりさらにバージョンアップしていました。

幸四郎 「歌舞伎NEXT」としては、大きなチャレンジでしたね。いのうえさんの演出で義太夫さんに入っていただくのは初めてのことだったので、じっくり時間をかけて組み上げていきました。歌舞伎の音はすべてが生ですから、その日の芝居を観ながら、演奏し、語ってもらう。われわれにしかできないことが実現した実感があります。

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、尾上松也主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、尾上松也主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

「歌舞伎NEXT 朧の森に棲む鬼」より、松本幸四郎主演版の様子。©︎松竹株式会社

松也 「朧」の肝になった手応えがあります。ギターと義太夫の掛け合わせもカッコよかったですし、音楽に関しては本当に何度もみんなで話し合いをし、どういうふうにしたら成立するか、何が効果的かを話し合って、トライを重ねたところでしたので。江戸時代も「ここに音が欲しいな、とりあえず打ってみて」「それ雨音に聞こえるね!」みたいな遊び心から音を作っていたのかもしれません。そのような瞬間を体験するような感覚もあり、とても楽しかったですね。われわれ歌舞伎の人間にはない発想も新鮮でした。

幸四郎 シネマ歌舞伎はサラウンドスピーカーで音が響くので、音も“聴きどころ”。あとシネマ歌舞伎だとカメラワークで観客の方をリードすることによって、より物語もわかりやすくなる気がするんですよね。ある程度フォーカスしてくれることによって、情報が整理されるというか。そういう意味では、初心者の方にもおすすめしたいのがシネマ歌舞伎。歌舞伎が初めての方も、映画館で楽しんでいただけたらうれしいです。

左から尾上松也、松本幸四郎。

左から尾上松也、松本幸四郎。

プロフィール

松本幸四郎(マツモトコウシロウ)

1973年、東京都生まれ。1979年に「俠客春雨傘」にて三代目松本金太郎を襲名して初舞台。1981年に「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥ほかで七代目市川染五郎を襲名。古典から復活狂言、新作歌舞伎まで幅広い演目に取り組む一方で劇団☆新感線の舞台やテレビドラマ、映画などにも出演し人気を博す。2018年に高麗屋三代襲名披露公演「壽 初春大歌舞伎」にて十代目松本幸四郎を襲名。12月、南座「當る午歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎襲名披露 尾上丑之助改め六代目尾上菊之助襲名披露」、2026年1月、歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」に出演。

ヘアメイク / 鶴﨑知世(カフー)スタイリスト / 川田真梨子

衣裳協力 / ヨウジヤマモト プールオム、ヨウジヤマモト プレスルーム(TEL:03-5463-1500)

尾上松也(オノエマツヤ)

1985年、東京都生まれ。音羽屋。六世尾上松助の長男。1990年に二代目尾上松也を名乗り初舞台。舞台作品・映像作品と幅広く活動。新作歌舞伎「刀剣乱舞 月刀剣縁桐」で初演出を手がけた。現在、ミュージカル「エリザベート」に出演中。12月に「70祭 ERI WATANABE CONCERT~ここまでやるの、なんでだろう?~」、2026年4・5月にシス・カンパニー公演「新宿発8時15分」に出演予定。

ヘアメイク / 岡田泰宜スタイリスト / 川田真梨子

衣裳協力 / ジャケット、ロングシャツ、パンツ:サイト ヨウジヤマモト プレスルーム(TEL:03-5463-1500)、その他スタイリスト私物