研究所で完結しない、研究所時代に
──2025年度の授業は、4月にスタートします。研究生たちには、どんなことを伝えていきたいですか?
小林 ある記事で読んだんですけど、例えば小学生の野球チームで“大人が口を出さない日”を作ってみると、子供たちはけっこうみんなで相談して練習を進めていくそうなんです。もしかしたら演劇も、“演出家が口を出さない日”を数日作ったほうが人間の自主性が養われるんじゃないか、自立できるんじゃないかと思っていて。言われたことはきちんとやるけれど、それ以上のことはやらない、というのは日本人の特徴ですが、何かを教えるということより、一番重要なのはそういうことなのかなと最近思っていますね。
高橋 一時期、勝也さんはよく“俳優の自立”ということをおっしゃっていましたよね? 「演出家に言われるままにやるな、何かやりたいことはないのか」と。勝也さんはまさに俳優として、ご自身がそういったことを実践してきたんだと思うし、そのことを研究生たちに伝えようとしてくれているのかなと思います。
植田 この間勝也さん、研究生たちに「みんなで集まって自主稽古をするな」って言ってましたよね?(笑)
小林 うん。みんなで集まると稽古してる気になって安心なんだろうけど、本当は1人ひとりで向き合うべきだ、ということを言いたかったんです。意地悪かなと思ったけど、でも1人で黙々とストレッチをしている人間を見るとホッとしたりして。
植田 そういった姿勢が、俳優の自立につながる、ということですか?
小林 そういうところはあると思う。
高橋 実際、研究所の授業では、たとえば「滑舌が良くなるためにはどうするか」「大きな声を出すにはどうしたらいいか」みたいな授業は全然なくて、それより演出家、俳優、各講師が、自分が信じていることやその瞬間瞬間で面白いと思ってることを伝える時間になっていると思うんです。だから、ともすると講師によって全然違うことを言っている場合もあるんだけれど、でもいろいろ言われる中で研究生は自分がいいなと思ったところを“いいとこ取り”すればいいし、そもそも演劇って1つのメソッドだけでできているわけではなくていろいろな劇作家のセリフがあり、いろいろな演出家がいて、いろいろなカンパニーがあるので、作品毎に常に自分で考えて、最適な表現や面白いことを結局は自分で見つけていくしかないと思うんです。
植田 ちなみに2025年度は、募集人数を絞ったり、これまで授業が週6日だったのを週5日にしたりといろいろと変わるんです。それがどういう効果が出るかはまだわかりませんが、やっぱり何かを極めるには時間は必要で、教える側からすると、少ない時間でどういうきっかけを研究生たちに与えられるかということもあるし、かといって近道を教えるのが正解だとは思えないので、すごく難しい時代に突入する気がしています。ただ、勝也さんが少年野球の例を挙げていたように、僕としてはとにかくあまり干渉しすぎないで、研究生たちが自分たちで考える時間を与えたいと思っているんですよね。その時間を削っちゃいけないような気がする。また今年やってみる中で、新たに見つかる視点もあるんじゃないかと思うし、これまでより1日休みが増えることで研究生たちがその1日をどういう休みにするのかがわかってきてから、僕たちのアプローチの仕方も変わってくるのかなと思います。
高橋 授業時間が短くなるということは、僕も大きいと思っています。演劇って合理的に稽古すればいい作品ができるかというとそういうわけではなく、余白の時間、たとえば稽古が始まる前のストレッチや休憩時間中におしゃべりすることで座組が出来上がっていくこともあるし、ノートの時間に話が逸れて、ああでもないこうでもないと話し合ったりすることからみんなの共通見解が生まれるということもある。なので、一見すると無駄に感じる時間をどう作品作りに生かしていくかということも含めて、研究生と限られた時間の中で関係作りをしていきたいなと思っています。また文学座附属演劇研究所は、座学ではなく実践に重きをおいてきました。実践の中で現実に起きているさまざまな問題について議論しながら若者たちと向き合っていきたいなと思っています。
小林 私たちの頃は、研究所の稽古が終わるとみんな一目散に帰りました。映画も観なきゃいけないし、女の子とお酒も飲みたいし、高校時代の友達と会いたいし……って、ほかにやりたいことがいっぱいありましたから。だから、ある熱心な人が「ちょっと自主稽古しようよ」って言っても、みんな「ちょっと用事があって……」って逃げましたね(笑)。でも今の研究生たちは、稽古が終わってもみんなほとんど稽古場にいるし、休日は疲れ果てて家で寝ているらしくて。この間の発表会のあと、研究生たちに「君たちの一番の問題はなんだい?」って聞いてみたら、みんな「お金がない」って言うんですよ。
植田 ああ、それ、みんな言いますね。
小林 じゃあ私たちの時代、お金があったかな?と思うと、なかったんだよね。
植田 今はお金がないとできないことが多すぎる、ということはあるのかもしれませんね。
小林 ああ、確かに昔は、安い映画館を見つければ3本立てで観られたりしたね。そういう意味では、今はお金がないとできないことが確かに多いかもしれない。昔は風呂なし四畳半に住んでたって誰も文句を言わなかったけれど、今はそうもいかないでしょうし、そういう意味ではやっぱり大変ですよね。その話で思い出したんだけれど、この間、「3年目になるとちょっとみんな疲弊していく」という話が委員会で上がっていましたよね? 1・2年目はみんな張り切るんだけど、最後の3年目になると、みんなどこか疲弊してるって。
高橋 それにはいろいろな理由があると思います。演劇をやっていることに疲れるとか、自分の才能の行き詰まりを感じるとか、経済的な面での不安とか……。そういったとき、心技体じゃないけど、やっぱり基礎体力がある人間は強いですね。サッカーで全国大会に出たことあるとか、野球で甲子園に出たことがある人って、そんなに一朝一夕で全国大会には出られないとわかっている。コツコツと積み重ねる大事さを知っています。
──皆さんが3年目のときはどうでしたか?
植田 あんまり、疲弊は感じなかったかな……。
小林 「こんなもんだ」と思ってたでしょ?(笑)
高橋 僕は演出部だったので、新人スタッフとしてがむしゃらにやっていました。それと、初めての発表会のときは感動があって“打ち上げる”んだけど、だんだんと打ち上げ感が少なくなっていって充実感が最初の頃より薄まったときに、自分で次の目標をちゃんと持てるかどうか、作品や演劇に向き合っていけるかどうかということがすごく大事だとは思います。
植田 「俳優になる」といっても、どういうステップを踏んで職業として成り立たせていくのかは見えづらい部分がありますよね。本当はそういったことがもうちょっとわかるといいのかもしれないなとは思っています。たとえば俳優のためのキャリア教育みたいな。
高橋 そうですね。研究生の間はある程度身分が保証されて学生のように守られている部分があるけれど、いざ世に出てプロとしてどう生きていくか、という部分は伝えていく必要があるかもしれません。
──入所式では皆さん、研究生にどんな言葉をかける予定ですか?(取材は3月末に行われた)
高橋 文学座では研究所の講師が全員一言話すんです。研究所で何を学んでほしいかという思いは講師それぞれにあるので、毎年、入所初日にそれを伝えている感じですかね。
小林 私は「あんまり真面目に通うな」って言いたい(笑)。
植田 (笑)。勝也さんはここ最近は、「演劇以外の楽しみを見つけるといい」という話をよく入所式でしていますよね。
高橋 僕は、いろいろな講師、同期の仲間に出会っていろいろな言葉を投げかけられると思うので、それを自分で受け取って考える力をつけてください、という話をよくしています。面白いのは、本科に補欠で入ってきた子が最終的に劇団まで残ったり、声優志望で入ってきた子たちが演劇に出会って舞台に目覚めたり、研究所の1年間でどう変化するかは、本当にわからない。ここで新しいものを発見し、意識が変わる。その変化はこちらとしてはすごく楽しいですね。研究生たちにとっては、とにかく自分自身の未来や表現についてじっくり考える1年になってくれたらいいんじゃないかなと思います。
植田 確かに、変わる子は1年で相当変わるからね! 初めのころ、実はそんなに注目していなかった子がすごく良くなることとか、ガラッと変わっちゃう子は時々いて、そこが面白いなと思います。
“自分しか知らないこと”が強みになる
──皆さんが研究所で学んだ一番のこと、研究所の外で学んだ一番のことはどんなことですか?
植田 僕は高卒で研究所に入り、年齢的には同期の中で一番下で“同じ年齢じゃないけど同期”という社会が初めてで、それは僕の人生でかなりのカルチャーショックでした。一方、研究所を出たあとに先輩のアシスタントとして、演劇のワークショップに関わることがよくあったのですが、演劇に関わってない人たちと、演劇を通して何か一緒に物を作るとかコミュニケーションを取るということは、文化祭以外では初めての経験だったので、そういった活動を通して改めて演劇の価値を再確認したところがあるかもしれません。それは、ただ舞台を作ったり、俳優として出演しているだけでは味わえなかった思いじゃないかと思いますし、今につながっていると感じます。
小林 本質から外れるかもしれないですけど、私は文学座に入っていろいろな芝居に出させていただく中で、日本全国あらゆるところに行けたことがよかったですね。北海道の奥地とか、絶対に自分では行かないようなところにも行かせてもらいました。しかも昔は今のように移動が早くないから、休養日って言いますか、移動のための日にちがいっぱいあったのでその隙間であちこち出かけて行きました(笑)。外で学んだことは……文学座でもありましたが、さまざまな国の演出家と出会えたことですかね。イギリス、フランスの演出家が多かったですが、ルーマニア人のアレクサンドル・ダリエなどいろいろな海外の演出家と仕事していろいろなやり方があるんだなと思いました。
高橋 僕は文学座に入る前は学生演劇をやっていたのですが、文学座に入って世界には戯曲がたくさんあるということを改めて知って。もちろん本屋に行けば戯曲は並んでいるんだけれども、そういったいろいろな作品の面白さに出会ったことで世界が広がり、演劇の多様性を感じることができたのは大きかったです。入所当時は、まさか自分が「ガラスの動物園」や「欲望という名の電車」を演出する日が来るとは思っていなかったですから(笑)。また、外で仕事をするようになると、外では外で文学座とは全然違う演劇文化の面白さを知りました。この世界で10年・20年……とさまざまな努力をされている。そういう方たちと芝居作りができる幸せを感じつつ、自分自身、刺激を受けていますね。
──最後に、これから舞台を目指そうと思っている人たちに向けて、皆さんが「こんな人と一緒に仕事したいな」と思う、舞台人像を教えてください。
植田 最近、研究生や外の専門学校生とかと話をすると、答えを求められることが多いなと感じるんです。たとえば入所説明会に行くと「文学座の試験を受けるまでに何をしたらいいですか」「今年1年の間に何を観たほうがいいですか、何を読んだらいいですか」と聞かれることが多くて。もちろん聞くこと自体はいいと思うんですけど、どちらかというと僕は、みんなと同じものを観ても実は価値がないと思っていて。自分しか知らないこと、自分しか持ってないものを大事にしている子に、文学座に来てほしいなと思う。答えを尋ねるのではなく、むしろ我々が知らないものを持ってる人に、僕たちが興味を惹かれるような経験や作品を教えてほしいですし、そうやって世代やキャリアを超えて、お互いが対等に自分が知っていることを教え合う関係性はけっこう大事だと思っています。
高橋 確かに演劇じゃなくてもいいから何かを突き詰めてきた人間ってやっぱり面白くて。過去の研究生ではサッカーで全国大会に出たとか、習志野空挺団でパラシュート部隊にいたという人がいて、そういう人間の話は、いろいろ苦労はあったんだろうけど、そこにかけてきた時間と経験を聞くとすごく面白いし、それがその人の血となり肉になっていると感じました。そういった、何かを突き詰めたことがある人たちと出会いたいですね。
小林 アナログ世代の私としては、そうすべてが簡単にデジタルに移行するとは思わないでほしいなと思っていて。「こうすればこうなる」とすぐに答えが出ることばかりではないから、その時々、どう対処するか考え続けることが重要だなと。そのためにも、あらゆることに興味を持ちつつ、自分が興味を持てるものをどれだけ増やせるか。そしてどれだけ見るか、どれだけ調べるか、どれだけ考えるか。それがすべてではないかと思います。
文学座附属演劇研究所 2026年度 第66期本科生募集
入所案内・願書請求:2025年10月1日(水)受付開始(予定)
願書受付:2025年12月1日(月)~26日(金)必着(予定)
プロフィール
小林勝也(コバヤシカツヤ)
1943年、東京都生まれ。俳優、演出家。1966年に文学座附属演劇研究所に入所、1969年に座員となる。第11回、第12回、第16回読売演劇大賞 優秀男優賞を受賞。2025年に文学座附属演劇研究所所長に就任。5月に文学座 アトリエ本公演「肝っ玉おっ母とその子供たち」に出演。
高橋正徳(タカハシマサノリ)
1978年、東京都生まれ。演出家。2000年に文学座附属演劇研究所に入所、2005年に座員となる。2004年文学座アトリエの会「TERRA NOVA テラ ノヴァ」で文学座初演出。2011年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間イタリア・ローマに留学。2025年に文学座附属演劇研究所副所長に就任。劇団外の演出作品も多数。
植田真介(ウエダシンスケ)
1982年、広島県生まれ。俳優。2000年に文学座附属演劇研究所に入所、2005年に座員となる。舞台を中心に多方面に活動の場を広げ、劇団公演の傍らプロデュース公演などにも出演。2018年、文学座附属演劇研究所主事に就任。