新たな座組で立ち上げる「嵐になるまで待って」成井豊・多田直人・粟根まこと座談会

演劇集団キャラメルボックスの代表作の1つ「嵐になるまで待って」が、プロデュース公演として新たな座組で制作される。「嵐になるまで待って」は、1991年に出版された成井豊の小説「あたしの嫌いな私の声」を戯曲化したもの。1993年に高橋いさを演出で初演され、その後、成井の演出で上演が重ねられてきた。2016年以来、約7年ぶり6回目の上演となる今回は、田野優花、土屋神葉ら成井が信頼を置く10人のキャストが参加。演出を手がける成井、キャラメルボックスの看板俳優の1人である多田直人、客演として成井作品を支える劇団☆新感線の粟根まことに、2023年版「嵐になるまで待って」にかける思いを聞いた。

取材・文 / 興野汐里撮影 / 藤田亜弓

キャスティングがハマった2023年版「嵐になるまで待って」

──今回の上演に向けて、成井さんが「19歳で脚本を書き始めて、今年で44年。その間に100本以上の脚本を書いてきましたが、『この作品は自分の命が続く限り上演していこう』と思ったのは、この『嵐になるまで待って』だけ」とコメントしていたのが印象的でした。成井さんの中でそれほどに思い入れのある作品なのですね。

成井豊 1997年に私自身の演出で上演したときから「この作品はずっと続けよう」と思っていました。劇団公演ではなく、プロデュース公演として上演するのは初めてなんですけれども、「この役はこの人にやってもらいたい!」という人たちが10人集まってくれたので、今までで一番良いキャスティングになったんじゃないかなと思います。

成井豊

成井豊

──「嵐になるまで待って」はこれまでに5回上演されている人気作ですが、多田さんと粟根さんが本作に出演するのは今回が初となります。

多田直人 僕は演劇集団キャラメルボックスに所属して20年近く経つんですけれども、「嵐になるまで待って」とは縁がなくて、「もし自分が出るとしたらどの役ならできるだろう?」と思いながら客席から観ていました。今回、念願かなって作品に携われることになり、とてもうれしい気持ちです。

粟根まこと ありがたいことに、NAPPOS PRODUCEさんやキャラメルボックスさんの作品には何度も呼んでいただいていまして、毎回若い俳優の皆さんと楽しく作品作りをさせていただいています。時々やって来る親戚のおじちゃんのような感じになっていますね(笑)。「嵐になるまで待って」は、私も拝見していて素敵な作品だと思っていたので、お話をいただいたときにうれしかった反面、「あの作品に私が出るの?」という不安も少しありました。

成井 私とプロデューサーで相談しながらキャスティングを決めたのですが、多田と粟根さんに関しては私たっての希望だったので、第1希望が通ってうれしかったですね(笑)。多田とはもう20年くらいの付き合いになりますが、劇団公演では波多野のようなキャラクターをやったことがないので、多田が演じたら面白くなるんじゃないかと思ったんです。粟根さんに関しては絶対に広瀬教授の役が合うはず! 日本広しと言えども、今この役がピッタリハマるのは粟根さんしかいないでしょ!と思って。

粟根 成井さん、どんどん私のハードルを上げていってませんか?(笑)

成井 ははは!

──「嵐になるまで待って」では、田野優花さん演じる声優のユーリを中心にした物語が展開します。多田さんはろう者の姉を持つ作曲家・波多野役、粟根さんはユーリの担当医である精神科医・広瀬教授役を演じます。

多田 波多野は演者から見てもすごく魅力的なキャラクターですし、登場人物の中でも特に人気のある役だと思うんです。「嵐になるまで待って」はこれからもずっと上演し続けてほしい作品なので、波多野を演じてきた歴代の俳優さんたちからタスキを受け継いで、しっかりと演じきりたいですね。

粟根 広瀬教授は西川浩幸さんが長く演じてきた役ですから、お客様にとってもそのイメージが強いと思うんですよ。“西川さんの呪い(笑)”をどうやって解くかを念頭に置いて稽古に臨もうかなと考えているところです。役としては、最初から最後までほぼ出ずっぱりで、作品を客観的に見る語り部の立ち位置になりますので、作品とお客様をつなぐ架け橋になれたら。

左から多田直人、成井豊、粟根まこと。

左から多田直人、成井豊、粟根まこと。

多田 粟根さんは、自分の出番が多かったり、セリフが多かったりするとうれしいタイプですか?

粟根 ……うれしくはないですよ(笑)。

多田 そうなんですか!?

粟根 俳優には、主役気質の人と脇役気質の人がいると思っていて、両方できるのが一番良いんですけれども、僕は明らかに脇役タイプ。欲を言えば、出番が多くてセリフが少ないとうれしいな(笑)。

成井 ははは! 粟根さん、おしゃべりが達者なのにもったいない(笑)。

粟根 主役のセリフをどう受けるか、みたいなことを考えるほうが好きなんですよね。いくら主役が良いセリフを言っても、周りのキャラクターが突き動かされなければ、ストーリーは動いていかない。今回演じる広瀬教授のように、主体的に物語を動かす立ち位置ではないけれども、お客様と一緒に心が動かされていく役割を任せていただけるのはすごくありがたいです。

成井 (広瀬教授の役は)やっぱり適任ですね! 多田は粟根さんとは逆のタイプなの?

多田 そうですね。僕は逆なんですよ。高校から演劇をやっているんですけど、当時部活内でオーディションがあって、最初は小さな役しかもらえなかったのがすごく悔しかったんです。だから、「こんなにたくさんセリフをしゃべって良いんだ!」とか、「こんなに長い時間舞台上にいて良いんだ!」とか、初めて大きな役を演じたときの感覚をいまだに引きずっているのかもしれません。そう考えると、いろいろなタイプの俳優さんがいますよね。

多田直人

多田直人

成井 劇団☆新感線のお芝居を観ると、粟根さんの出番が少ない公演がたまにあるんですよ。そういうとき、「いのうえ(ひでのり)さん、一体何をやってるんだ! こんなに面白い役者なんだから、もっとたくさん出してくれ!」と思うことがある(笑)。

粟根 ははは! 私たちは私たちで、綺羅星のようなゲストの方々をバックアップする楽しみがありますので(笑)。

“手話美男子”を目指そう!

──今回の公演では、物語の軸となるユーリ役を田野さん、新聞記者の幸吉役を土屋神葉さんが務めます。成井さんは、田野さんと「辻村深月シアター」、土屋さんと「7本指のピアニスト~泥棒とのエピソード~」でご一緒されましたが、お二人にどのような印象を持っていますか?

成井 田野さんは声が非常に魅力的で、発声が良いから大きいサイズの劇場でも地声が通るんです。演技力もあるし、ダンスも上手。要するに彼女は無敵なんですよ! この若さでこの実力を持っているのは本当にすごいなと思います。神葉くんに関しては、僕がもともと土屋太鳳さんのファンだったこともあり、初対面のときに「神葉くん! 僕、お姉さんが大好きなんだ!」ってすごく失礼な自己紹介をしちゃって(笑)。

粟根 成井さん、それ言っちゃって良いんですか!?(笑)

多田 ははは!

成井 神葉くん自身もすごく誠実な人でね。以前ご一緒したとき、僕がダメ出しをしたセリフをずっと練習していて、休憩時間に「すみません。このシーン、もう一度見てもらえますか?」と聞いてきてくれたんです。最近の若い子たちは社交性のある子は多いんだけど、ここまで粘り強い子はそうそういない。彼のそういうところに惹かれました。

粟根 神葉くんのメインフィールドは声優なんですよね? 声で表現する職業だからこそ、セリフの言い方に強いこだわりがあるのかもしれません。

成井 そうかもしれないね。

──成井さんの原作小説「あたしの嫌いな私の声」のタイトルにもなっているように、「嵐になるまで待って」ではユーリの“声”が物語のキーになっています。演技をするうえで“声”は重要なポイントになりますが、粟根さんと多田さんはご自身の声をどう捉えていますか?

粟根 私は自分の声があまり好きじゃないんですよ。自分が出演している作品の映像を観ると、「えっ、自分ってこんな声だったの!?」と思うことがあるんですけど、ありがたいことに声優の仕事もいただくようになりまして、世間的にはそんなに嫌な声ではないのかなと(笑)。

成井 粟根さんは良い声ですよ! 僕は大好き! 特に粟根さんの裏声が大好きなの。右近(健一)さんも裏声を使いますよね? 新感線の特色なのかな?

粟根 おっしゃる通り、裏声をよく使うのは新感線ならではの風習だと思います(笑)。いのうえが演出をつけるとき、ハイテンションになるとものすごい裏声を出すんですよ。普通、裏声になると何を言っているのかわからなくなると思うんですけど、いのうえの場合、しっかりと聞き取れる“強い裏声”を出すものですから、我々も知らぬ間に身についてしまっていて(笑)。そのおかげで、裏声は自分にとって大きな武器になっていると思います。

粟根まこと

粟根まこと

成井 裏声が使えることによって声域が圧倒的に広がるんですよね。俳優教室でも粟根さんのお名前をよく出させてもらっていますよ。「裏声の使い手と言えば粟根さんだよ。みんな、粟根さんのお芝居を観て勉強してね」って。あっ、粟根さんの声について僕がたくさん語っちゃった(笑)。多田は自分の声をどう感じてる?

多田 僕も自分の声はあまり好きではないですね。稽古中も本番中も、「この声色で良いんだろうか?」「この高さで良いんだろうか?」「この大きさで良いんだろうか?」って、常に自分を監視しながらセリフをしゃべっている気がします。自分が理想とする発声がまだできていない感覚があって。

粟根 我々にとっては難しいことだけれども、プロの声優さんは自分の声をコントロールする能力が本当に高いですよね。それも今回神葉くんとの共演を楽しみにしている理由の1つです。以前、声優の宮野真守くんと共演させていただいたことがあって、彼は魅力的な声を持っているうえに、歌も上手いしダンスもできる。それから顔がくどい(笑)。

成井多田 ははは!

粟根 声だけに特化している人ももちろん尊敬しているんですが、宮野くんや神葉くんのように、さまざまな方法を用いて舞台上で身体表現ができる人はすごくうらやましいなと思います。

──「嵐になるまで待って」の大きな特徴として、手話を取り入れた演出が挙げられます。手話初挑戦の多田さんや粟根さんをはじめ、カンパニー全体で手話のお稽古をされると伺いました(取材は稽古開始前の6月上旬に行われた)。

粟根 特に波多野役の多田くん、波多野の姉・雪絵役の関口(秀美)さん、広瀬教授役の私は手話で会話するシーンが多いので、1から教えてもらって、みっちり練習しないといけないですね。

左から多田直人、成井豊、粟根まこと。

左から多田直人、成井豊、粟根まこと。

──成井さんは過去に本作を4回演出されていますが、手話を習得されましたか?

成井 上演するたびに覚えるんですが、前回公演から7年ほど期間が空いたのでほとんど忘れてしまいました。かろうじて「ありがとう」はできるけれど……(笑)。これは「嵐になるまで待って」の脚本を書いたときに立てた作戦なんですが、雪絵と広瀬教授が手話で会話するオープニングのシーンで、広瀬教授の手話は翻訳するけれど、雪絵の手話は翻訳しないから、お客様には雪絵が何を言っているかわからないんですよ。でも物語を追っていくうちに、お客様が徐々に手話がわかるようになる仕掛けにしたんです。

多田 なるほど! 確かにそういう構造になっていますよね。

粟根 セリフに滑舌があるように、手話にも滑舌のようなものがありそうじゃないですか?

成井 “手話美人”という言葉があるそうですよ。女性に使う言葉で、ろう者の世界で使われているらしいです。

粟根 多田くん、僕たち“手話美男子”を目指しましょう!

多田 そうですね! 手話にも、それぞれが演じるキャラクターの個性が出ると良いですよね。

成井 関係性によって手話の表現方法が変わる場合もあって、他人に対してはしっかりとジェスチャーをするけれど、家族に対しては片手でジェスチャーをすることもあるみたい。そこも含めて、劇団員で手話パフォーマーの三浦剛がコーディネートしてくれると思います。