劇場アニメ「トリツカレ男」Awesome City Clubが主題歌に込めた、ジュゼッペとペチカを見守る温かな眼差し (2/2)

聴くたびに泣いてしまう、それくらい美しい

──「ジュゼッペのテーマ」は、彼の自己紹介的な曲ですよね。どんなところにこだわりましたか?

atagi 構成自体がメドレーのように入り組んでいて、まさにしっちゃかめっちゃかな曲なんです。ジュゼッペが自分を言葉で説明するのではなく、行動で示すタイプの人間であることにリンクするように作りました。テンポや拍子が次々と変わり、興味の赴くままにあちこちへ飛んでいく──そんなジュゼッペらしさを音でも表現できればと。結果的に、一番“ミュージカルらしさ”が出た曲になったと思います。

──ツイスト親分が歌う「That's the bee's knees!」も、ジャズやロカビリーの要素があって、ACCではあまり出してこなかったatagiさんの新たな引き出しが開いた気がしました。

atagi 僕の中では、Foetusというオーストラリア出身のバンドが頭に浮かんでいました。「あ、ツイスト親分はこういう音だろうな」とイメージが湧いたんです。ちょっといなたくて、少し手垢のついたような音楽のほうがカッコいいし、キャラクターにも合う気がして。どこか憎めない存在感がありますよね。声優さんが誰になるかわからない段階だったので、自分でデモを録るときに無理やり声を作って歌っていました(笑)。

Awesome City Club

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──ジュゼッペとペチカがデュエットする「あいのうた」や「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」は、仮歌をPORINさんが歌ったんですか?

PORIN 「あいのうた」は、譜割りの確認程度で軽く歌わせてもらいました。

atagi 「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」は僕が女性パートも男性パートも仮で歌っていて(笑)。荒い仮歌だったので、佐野晶哉さんや上白石萌歌さんに渡すのは、正直ちょっと恐ろしいくらいでしたね。

──それぞれお気に入りの曲は?

モリシー 僕は銃撃戦のシーンで流れる「That's the bee's knees!」ですね。ギターもカッコいいし、映像と合わさったときの迫力がすごかった。atagiが作ったって知らずに聴いても「普通にカッコいいな」と思いました。

PORIN 私は「Snowish」と「あいのうた」が好きです。どちらも聴くたびに泣いてしまうんですけど(笑)、本当に美しい曲だなと感じました。特にキャストの方の歌声が素晴らしくて。柿澤(勇人)さんの収録には立ち会えなかったんですが、萌歌さんの「あいのうた」のときは現場で聴くことができて、ひと言目からもう説得力が違った。鳥肌が立ちましたし、「ああ、これは本当に素敵な作品になりそうだな」と実感しました。

atagi うーん……どの曲にも思い入れがありますが、やっぱり「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」ですね。ACCでもやったことのないタイプの曲で、作品の持つ重力に引っ張られるように自然と生まれたものなんです。そこに佐野さんや萌歌さんが見事に歌ってくれて、完成した瞬間は本当に感激しました。

──レコーディングスタジオでキャストの皆さんが歌う様子を見て、どんなことを感じましたか?

atagi 皆さんの第一声を聴いた瞬間に「ああ、これは大丈夫だな」と直感しました。純粋に「すごいな」と思いましたね。音楽って、歌唱力だけじゃなく“表現としてどう響くか”が大事だと思うんですが、その一声にすごく無垢で、混じり気のないものが乗っていたんです。ビビッと心が動くような瞬間でした。

──セリフより先に歌を収録されたそうですね。

atagi そうなんです。佐野さんや萌歌さんはセリフの前に歌を録ったそうで、あとから「もっと歌いたかったな」と感じる瞬間もあったと聞きました。僕らからすると、最初から本当に素晴らしい歌唱表現で、完成形を聴いたときに「やっぱりこの人たちでよかった」と心から思いました。

「トリツカレ男」場面カット

「トリツカレ男」場面カット

「勿忘」の制作と共通すること

──主題歌として「ファンファーレ」をACCが歌うことになった経緯を教えてください。

atagi それは本当に最後の段階で決まったんです。「じゃあ主題歌はどうする?」という話になったときに、やっぱり「ファンファーレ」がふさわしいんじゃないかと。ただ、劇中歌の「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」と同じ形ではなく、ACCらしくリアレンジしたバージョンにしたい、という流れでした。

──歌詞も「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」とは変わっていますよね。

atagi はい、視点を変えて描いています。「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」のほうは“僕とあなた”の関係に終始しているんですが、「ファンファーレ」は、映画を観た一観客としての自分の気持ちを重ねました。ちょっとメタ的な視点ですが、ジュゼッペとペチカを温かく見つめる僕たち自身の眼差しを込めたつもりです。

──ACCは2021年公開の映画「花束みたいな恋をした」でインスパイアソングを担当し、「勿忘」が大ヒットしました。主題歌として作品と向き合う今回のケースは、やはり違いましたか?

atagi むしろ似ていると思います。本編を観て心に残ったものを、ちゃんと増幅してあげること、僕たちがスピーカーやアンプのようになって、その感情を少し大きくして届けること。それが一番やりたかったことでした。「ファンファーレ」もまさにそうで、作品を観て最初に自分の中に生まれた気持ちを、さらに膨らませて曲にしたかったんです。作品の世界の中に閉じ込めるのではなく、観た人それぞれの解釈とともに広がっていくような曲にできたらと思いました。

atagi

atagi

──レコーディングで印象に残っていることは?

モリシー アレンジャーのまつきあゆむさんが、とても丁寧にガイドしてくれたんです。「最初のセクションはこのギターで、次のセクションではこのギターを使って……」と書かれた長文のメモを送ってくださって。すごく細かく指示してくださったそのメモの最後に、「ではお好きなようにどうぞ」って(笑)。結局どっちなんだよ、とツッコミながらも(笑)、とてもやりやすかったですね。初期のACCらしさを残しつつ、時代感もうまくミックスされたアレンジになったと思います。後半のギターは余韻を残すようにバリバリ鳴らしていて、「勿忘」のときと同じくカセットMTRを通して録音しました。やっぱりこの曲にもアナログな質感がよく合っていると思います。

PORIN コーラスは相変わらず難しかったです。1サビとラストのサビでラインが変わっていたりして、今でもライブで歌うときは「難しいな」と思いながら歌っています。でも今回は特に、作品が持つ無垢さや素直さを大事にして歌いました。

劇伴にセオリーはない

──atagiさんは劇伴も一部担当したとお聞きしました。歌とはまた違う作業だったと思いますが、どうでしたか?

atagi まったく別物でしたね。すごく楽しかった。もちろん、歌の制作が楽しくなかったわけではなくて(笑)、ただとても新鮮だったんです。劇伴というのは、BGMのように完全に背景へ溶け込むわけでもないし、かと言って歌のように前面に出るわけでもない。その“中間の温度感”のまま臨場感を音に落とし込まなければいけなくて、「やったことがあるようで実はない作業」でした。音の抜き差しを映像と合わせていく感覚は、インスト曲を作るときともまったく違いましたね。

──制作してみて、atagiさん自身にどんな影響がありましたか?

atagi 自分の中での“音楽の見方”が大きく変わりました。「セオリーなんてないんだ」と強く気付かされたんです。歌やポップスには、様式美として必要なセオリーがあって、それに沿ってサービス精神を込める部分があります。でも劇伴にはそれがない。あるのはただ、「どうすれば映像に寄り添えるか」だけ。そこが逆にすごく面白くて、楽しかったですね。

──今回のチャレンジを経て、今後の音楽活動や作品作りにどんな影響があると思いますか?

atagi 個人的には、凝り固まりかけていたものが1つ外れたような感覚があります。ちょうどデビュー10周年の10作連続リリースの真っ最中なんですが、今回の経験がすでに制作へとフィードバックされている実感がありますね。

PORIN 自分たちでも「まだこんなに引き出しがあったんだ」と驚いていますし、それを聴いてくださるお客さんは、きっとさらに楽しんでくれていると思います。だからこそ、この先のリリースも期待してもらいたいです。

モリシー 新しい空気をまといながらも、変わらない部分はちゃんと残っている。今回の挑戦で、その両方を強く感じました。これからの連続リリースでも、聴く人が「ここはずっと変わらない」と感じる部分と、「新しいACCだ」と思える部分、その両面を楽しんでもらえたらうれしいですね。

Awesome City Club

Awesome City Club

公演情報

Awesome Talks Live House Tour 2025-26

  • 2025年9月12日(金)東京都 WWW
  • 2025年9月27日(土)北海道 近松
  • 2025年10月5日(日)台湾 THE WALL
  • 2025年10月13日(月・祝)福岡県 BEAT STATION
  • 2025年11月23日(日)広島県 広島セカンド・クラッチ
  • 2025年12月20日(土)石川県 Kanazawa AZ
  • 2026年1月9日(金)宮城県 仙台MACANA
  • 2026年1月11日(日)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
  • 2026年1月12日(月・祝)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2026年1月29日(木)東京都 LIQUIDROOM

プロフィール

Awesome City Club(オーサムシティクラブ)

2013年に東京で結成された男女ツインボーカルの3人グループ。2021年公開の映画「花束みたいな恋をした」に出演し、インスパイアソング「勿忘」をリリースすると各配信サイトでのストリーミングは関連動画を含め10億回を突破した。同年12月には「第63回日本レコード大賞」で「勿忘」が優秀作品賞を受賞。さらに年末には「NHK紅白歌合戦」へ初出場を果たした。その後もコンスタントに楽曲を発表。2025年4月にデビュー10周年の節目を迎えて10作品連続リリースを発表し、11月には映画「トリツカレ男」の主題歌「ファンファーレ」を配信。2026年1月までライブハウスツアー「Awesome Talks Live House Tour 2025-26」を行っている。