大橋トリオが14作目のオリジナルアルバム「This is music too」を発表した。
本作には書き下ろしの新曲のみならず、東川亜希子(赤い靴)による提供曲「Let us go」「Ways and scenes」、ツアーバンドのベーシストでもある近藤零の提供曲「quiet storm」、カコイミクに提供した「Digidigi Lala」のセルフカバー「ポラリス」、2009年発売のアルバム「I Got Rhythm?」収録曲を現在のツアーバンドでリメイクした「Lady(2020)」なども収められている。これまで多くの楽曲において作曲から演奏にいたるまで多くの制作工程を自身1人で担ってきた大橋だが、このアルバムではバンドメンバーをはじめとした他者の個性に委ねた楽曲が数多く収められ、これまでの大橋トリオの音源にはない特徴を持ったアルバムとなった。マルチプレイヤーとしても知られる大橋が外からの刺激を積極的に取り入れた理由はなんなのか? 本特集では大橋へのインタビューを通じて本作の制作背景に迫った。
取材・文 / 高岡洋詞 撮影 / 須田卓馬
アナログ第2弾
──「STEREO」(2018年2月発売のアルバム)、「THUNDERBIRD」(2019年2月発売のアルバム)、そして今回と3年連続でインタビューをさせていただいていますが、過去2回とも「準備をするのが遅くてギリギリになってしまった」とおっしゃっていたのを覚えています。今回はどうでしたか?
同じですね(笑)。いつになっても学習しない。14作目ともなると創作意欲っていうものが自然には出てこないんですよね、どうしても。本来だったら、やりたいことが出てきてそれを形にするのが一番いい作り方だと思うんですけど、そんなことができる身分ではないのはわかってますから(笑)。
──いきなり苦渋のコメントですが(笑)、制作はいつ頃スタートしたんですか?
最初は「11月いっぱいで作ろう」と言っていて、9月くらいから取りかかってはいたんですけど、いかんせんアイデアがないし、気持ちもなかなか乗らず、悩みに悩んで。最初は全然、何もできなかったんです。毎度のことではあるんですけどね。
──これまでのインタビューでは、アルバムには毎回テーマがあるともおっしゃっていました。「STEREO」は途中でやめてしまったけど“ダンス”をテーマにしていて、「THUNDERBIRD」は“アナログレコード”がテーマだったと。
今回はテーマ性が完全にないアルバムになりました。でも“アナログレコード”というテーマは前回のアルバムでやりきれなかった部分があるし、その後にわかったこともある。それにアナログのサウンドの追求は永遠だなって確信しているので、そういう意味では“アナログ第2弾”と言ってもいいかなと思いますね。
──僕も前作と地続きな印象を受けました。
今回もアナログを出せることになりましたからね。カッティングにも立ち会いました。最近の流れとして、CD用にマスタリングしたデータを持ち込んでアナログをカッティングすることが多いんですけど、それはどうなのかなと僕は思っていて。アナログでは音圧をあまり稼がずに、もっともっと隙間を持たせたいんですよ。なので、前回もそうでしたけど、CD用とは別のミックスをアナログのマスタリングのために用意しました。出来上がりはまだ聴いてないんですけど、非常に楽しみです。
裏技ばかりの新アルバム
──1曲目の「LOTUS」はインパクトの大きい曲でした。イントロが2段階になっていて、スペーシーなシンセの音色で始まる“イントロのイントロ”には面食らいました。
ちょっと不思議な感じですよね。これ、実は3年前の曲なんですよ。そのときはイントロしかなくて、スタッフと「これが曲になったら面白いね」なんて話してたんですけど、なかなかいいメロディが思い付かなくて。去年も一昨年もこの曲にトライしては断念してきたんですけど、今回は曲がなかなか出そろわなかったから「あの曲をなんとか形にするしか道はない」と思って、がんばって完成させました。最初は「せーの、ドン」でイントロに入る構成だったんですけど、「僕は嫌だけど、もしかしたらこの曲はアルバムのメインになるな」という予感がしていたんです。嫌とは言いつつもやるなら面白いほうがいいので「だったらもう少し色付けとくか」と思ってシンセを加えたんです。今までやってないような工夫というか、ちょっと冒険的なことをしてみた曲ですね。
──「意外性は惜しみなく出していきたい」と前回のインタビューでおっしゃっていましたね(参照:大橋トリオ「THUNDERBIRD」インタビュー)。
昔はイメージを守りたいタイプだったんですけど、今はもう「面白けりゃなんだっていいや」になりました(笑)。
──何があって考え方が変わったんでしょうか?
なんでですかね? まあ少しずつ変わってきたと思います。最初はアコースティックにこだわっていたけど、エレキギターを入れてみたり。なぜかわからないけど、エレキを入れると一気にダサくなると思っていたんですよ。今思うと全然そんなことないんですけどね。別に“アコースティックの人”としてやっていくつもりだったわけじゃなくて、それが一番クールだと思ってたんですよね。まあ、誰しも「自分がやってることが一番カッコいい」と思ってアーティストをやるわけじゃないですか。その一環みたいなものだと思います。で、急にロックをやってみたり、自分の中ではタブーとしていた“ダサいサックスソロ”を入れてみたり。時代がひと回りしたのか、それが逆にカッコいいと思えてくるみたいなことなんでしょうけど。
──サックスは今回のアルバムでも大活躍しています。
サックスのソロがあるのは2曲、「夕暮のセレナーデ」と「quiet storm」か。ライブではけっこう多用してるんですよ。たけぽん(武嶋聡)がここ4、5年ずっとサポートに入ってくれていて、彼がいるとライブが楽しいんですよね。音楽的なことだけじゃなくて、キャラクターとかも含めて。そんな中で「サックス、やっぱいいな」と思うようになったのもありますね。
──ライブに言及されたのはとても納得がいきます。というのも、バンドアレンジの「Lady(2020)」など、アルバム全体にライブ感、バンドっぽさを感じたので。
今回のアルバムは人の力をたくさん借りた作品なんですよ。ドラムは全曲神谷(洵平 / 赤い靴)に叩いてもらっているし、楽曲提供が3曲もある。「ポラリス」はセルフカバーだし、「Lady」は再録と、いわば自分にとっての裏技ばっかり使ってるんです。今回は自宅じゃなくて外のスタジオで録音した曲が多いんですが、それも人にやってもらったほうが早いという理由があります。「Let us go」は、曲をお願いすればヒガシさん(東川亜希子 / 赤い靴)の相方の神谷が勝手にいろいろゴチャゴチャやってくれるだろうな、と。
──そこまで想定していたんですね。
案の定、こねにこねてこねくり回して、期待通りになりました(笑)。今回は「自分だったらもっとこうするな」と思うところも、あえて任せたりしてます。時間がなかったからっていうのが一番の理由なんですけど、結果として正解だったかなと思います。もちろん反省点もあるから、それは次回に生かしていくんですけど。
──ちなみにもう1曲の東川さんの提供曲「Ways and scenes」は?
これはヒガシさんがピアノ、ベース、ドラムの編成でデモを作ってきて、レコーディングは僕がピアノ、零さんがベース、神谷がドラムで、バンドみたいに同時に録音しました。その場で「俺はこうするから君はこうして」みたいなやりとりをしながら、みんなでやった感じですね。“スタジオ入りゃなんとかなるだろ”スタイルです(笑)。
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「誰か、曲ある人ー!」