ナタリー PowerPush - Ken Yokoyama
バンド&ソロインタビューで明かす 傑作「Best Wishes」完成までの軌跡
Part 2 : 横山健 単独インタビュー
3・11以降に触れるのか触れないのか
──Ken Bandでのインタビューで「Four」以降なかなか新曲ができなかったと言ってましたが、そのへんについてもうちょっと詳しくお話を訊かせてください。
だいたいアルバムをリリースして次の作品に取り掛かるときは、最初はどういう内容にしようか迷うものなんですけども、以前は無意識のうちにその迷いを突破していたので、そこまで苦労はしてなかったんです。だけど今回だけはそうもいかなかったっていう感じですね。
──その迷いを抜け切ることができなかったのは、昨年の震災が大きく影響したんでしょうか?
そうですね、かなりデカかったです。
──自分は音楽で何を表現すべきなのか、何を歌うべきなのかっていう部分での揺れがあった?
まず震災のことを歌うのか歌わないのかっていう……そもそも震災を題材に曲を作るのか作らないのか、そこすらもわからなくなってしまって。希望を歌いたいつもりはあったんですよ。僕は昔から、Hi-STANDARDのときから一貫して希望についての歌詞を書いてるつもりだし。だけど今回だけは、震災や放射能のことだとか、要するに3・11以降の事象に触れるのか触れないのかってことが自分でもう全く考えられない状態で、その結果余計に曲ができない。だけど今年の1月に「You And I, Against The World」って言葉がポンッと出てきたときに、「これだ!」と。そのときもまだそんなに自覚的じゃなかったですけど、震災以降のことを、震災以降自分が新しく得た価値観、自分が見た風景を歌で伝えなきゃ気が済まないんだっていうことに気付き始めたんです。
人間にとって音楽とは何なんだろう?
──3・11以降、チャリティという形でネットやCDを通じて音楽を届けるアーティストも多かったですよね。健さん個人としては震災以降いろんな支援活動をしてましたが、1人のアーティストとしてそういった楽曲を通じてのチャリティ活動をしようとは考えなかった?
全く考えなかったですね。いろんなお話もいただいたんですよ、「震災チャリティとしてこういうコラボレーションをしませんか」とか。でも……ほかの人たちの企画にもあんまり乗りたくなかったし、自分から発する気にもなれなかった。というのも、僕は「人間にとって音楽とは何なんだろう?」ってすごく考え込んでしまって。特に震災直後、それこそ3月12、13、14日とかそのあたりには「音楽なんか何もできないじゃないか、世の中のなんの足しにもならないじゃないか」と、ものすごい無力感を感じて。
──なるほど。
僕もミュージシャンとして楽器を演奏して、人前で演奏する立場の人間だし、「被災地に対して何ができるか?」って考えたときに自分の中で出た結論が、「今必要なのは俺みたいな人間ではなく、きっと避難所にいるおじいちゃん、おばあちゃんたちがリクエストした曲が弾ける人なんだ」ってこと。別に自分のオリジナル曲を歌って喜ぶ人なんか誰もいない。とてつもなく怖い経験をした直後に「この先どうなっちゃうんだろう。ああでも、ミュージシャンって言ってる人が避難所に来てくれた。ちょっと小林旭でも歌っておくれよ」っていうことになったらそれを弾ける人、歌える人が必要なんだろうなと。あとね、お子さんが「アンパンマン歌って」とか「クレヨンしんちゃんの曲やって」とか求めたら、それをやるのが震災直後のミュージシャンの使命だったんじゃないかって気がするんですね。誰も音楽で腹は満たせないし、寒さはしのげないですから。そんな中でチャリティソングとか作ったって……ねえ? もちろんそういったチャリティソングを作ったミュージシャンの方々はその人なりの温度や志でされたんだと思いますけど、当時の僕はそんな気持ちだったんです。今はそんなこと考えないですけどね。震災直後はそうだったというだけで、はい。
──でもそこからちょっと時間を置いて、Ken Bandとして東北でライブをやったり、AIR JAMを復活させることで被災地を元気づけようと動き出しましたが、何か心境の変化があったんですか?
自分の中で、音楽にしかできないことを見つけられたんでしょうね。津波で街が壊れた次の日にその場に行って音楽鳴らせるかっつったら、やっぱり鳴らせないと今でも思いますよ。でも半年経てば、1年経てば鳴らせるというか、そこにいる人が音楽を求めてくれるんじゃないかなと。そこに時間が経ってから気付いたんです。
1年も2年も待たせて忘れられることが怖かった
──制作期間に入るためにライブ活動の休止を宣言したのも、健さんにとっては異例のことだったと思います。Ken Bandインタビューでも「悲壮感みたいなものを感じた」と言ってましたが。
正直怖かったんですよ。自分のことを、音楽を超えて人間として信頼してくれてる人、表現者として、発信塔として信頼してくれてる人がいるのはすごくわかるんです。でもそういう人が何人いるかはわかんないじゃないですか。例えば「10万人そういう人が確実にいるから、ライブを休んで1~2年かけて作ってもこの10万人は絶対次のアルバムが出たら聴いてくれるよ」とかそういった保証があるわけじゃないし。いつも僕らのライブに来てくれる人との信頼関係だって目に見えないもので、1年も2年も待たせちゃったらもう忘れられちゃうかもしれない。だからものすごく怖かったですよ。
──ではなぜ、あえて休止することを伝えたんですか?
もうそこは正直に話して、それをみんながどう受け止めてくれるかっていうのも感じたかったのかなあ。例えば「わかった。じゃあ3年でも5年でも待ってやる」っていう人もいれば、「替わりになるアーティストは別にいるし、待たなくてもいいや」っていう人もいるだろうし。そこを自分の中ではっきりさせたかったし、それぐらい腹を括ってたのかもしれないですね。
──自分にとってはそれだけの一大事だったと。
そうですね。だから半年で済んで本当によかったと思ってます。いや、半年で済むんだったら逆に言わなくてもよかったんじゃないかな(笑)。ただあのときは本当に何年かかるかわかんないぐらいのつもりでいたんで。ちょうどHi-STANDARDでインタビューを受けた今年の2月あたりが一番キツかった時期でしたね。取材で2011年の夏のことを振り返らなきゃいけないし、家に帰ると新曲のことを考えなくちゃいけなくてどうにかなりそうでしたもん。
──実はあの取材でお会いして、なんとなく悩んでるのかな?という雰囲気は伝わってきて。変な話ですけど、横浜スタジアムで観たあの健さんとは違うなっていう印象を受けたんですよ。悩んでいるというか、ちょっと疲れてるのかなと。
そうですか。ああ……やっぱり消耗してたのかなあ。
──でも何かを生み出すというのはそれだけパワーがいることですし。
そうですね。それまでは呼吸するように曲を作ったりライブをしてたはずなのにあんなことになってしまって、自分で自分のことが情けなかったですよ。
収録曲
- We Are Fuckin' One
- You And I, Against The World
- Soul Survivors
- Not A Day Goes By ※
- This Is Your Land
- Ricky Punks III
- Everybody's Fighting
- Sold My Soul To Rock'N Roll
- I Can't Be There
- Good Bye For A While
- Save Us
- If You Love Me (Really Love Me) ※
※カバー曲
Ken Yokoyama(けんよこやま)
Hi-STANDARD、BBQ CHICKENSのギタリスト。2004年からソロアーティストとしての活動を開始し、Ken Yokoyama名義によるアルバム「The Cost Of My Freedom」をリリースした。Ken Bandとしてライブ活動を展開して以降も、2005年の2ndアルバム「Nothin' But Sausage」をはじめ定期的に作品を発表。2008年1月には初の日本武道館公演を実施したほか、2010年10月には「DEAD AT BAY AREA」と題したアリーナライブを神戸と幕張で敢行した。2011年にはHi-STANDARDのライブ活動再開や「AIR JAM 2011」開催など、ソロ以外の活動も続々展開。2012年11月に5thアルバム「Best Wishes」をリリースした。
2012年11月29日更新