スピッツ「チェリー」短冊ジャケットの裏話
ありぼぼ また木村さんのお仕事の話になるんですけど、この仕事をしていて、一番楽しいと思うのはどのタイミングですか?
木村 一番は自分がアートワークを手がけた作品が店頭に並んだときですね。正直あの満足感は配信ジャケットだと得られないものだと思います。
ありぼぼ 物があるのとデータだけではやっぱり違いますよね。配信でリリースされる作品が増えている一方で、工夫が凝らされたCDパッケージも増えてきているので、それによって木村さんの仕事の内容も変わってきたんじゃないかなと思っていて。
木村 特殊仕様みたいなものは年々進化しているんですけど、1990年代は予算も潤沢だったから本当に変わった仕様のものがたくさんあったんですよ。
ありぼぼ 木村さんが担当した作品の中で、今でも「あれはすごかったな」と思う作品はどれですか?
木村 すごかったというか、一番問題になったのはスピッツの「チェリー」の短冊ジャケットです(笑)。
ありぼぼ 問題ですか?
木村 切手がびっしりとジャケットに貼ってあるんですけど、その切手がステッカーになっていて1枚1枚剥がれる仕様なんですよ。めちゃくちゃお金がかかって、あとでディレクターが始末書を書かされていました(笑)。
ありぼぼ 普通の短冊ジャケットの何倍くらい原価がかかったんでしょうか?
木村 具体的にどれくらいだったかまではわからないですけど、始末書を書かされるくらいだから相当だったと思いますよ(笑)。1996年から1998年くらいまでは音楽業界がかなりイケイケだったので、予算を確認せずに進めちゃうくらい景気がよかったんです。
ありぼぼ へえ。すごい。それだったらいろいろアイデアも生まれますよね。私たちも無邪気にあれやりたいだのこれやりたいだの言いますけど、実際に見積もりを出してもらったら「こんなにかかるの!?」ってことも多くて。自分らが子供の頃に見ていた豪華なパッケージにはこんなにお金がかかっていたのかと驚きます。
木村 お金のことを考えなければ際限なくいろんなことができてしまうので、どこを妥協点にするかを考えて提案するのもアートディレクターの仕事だと思っています。
ありぼぼ 予算との兼ね合いみたいなところですよね。
木村 そうそう。そこが一番大変だし、この職業をやっていて一番やりたくない仕事です(笑)。
ありぼぼ そこもアートディレクターの仕事の範疇なんですね。
木村 そうですね。だからアートディレクターって実際はみんながやりたい仕事じゃないのかもしれない。ジャケットって絶対に必要だけど、できれば誰かほかの人にやってもらいたいことをまとめてアートディレクターに任せてるんじゃないかな(笑)。
思ってもみないようなものが撮れたりする
ありぼぼ 近年木村さんが担当した作品で、特にお気に入りの作品はどれですか?
木村 七尾旅人の「Long Voyage」はかなり気に入っていますね。
ありぼぼ わあ、かわいい。これはどういうオーダーからこういったジャケットに?
木村 もともとは絵やグラフィックで、大きい客船の後ろ姿と波を表現したいと本人からアイデアがあったんです。そこから話し合ってこういった実写のジャケットになりましたね。
ありぼぼ このいかだとかも作っているんですよね? こういった撮影に必要なアイテムを作る専任の方がいらっしゃるんですか?
木村 いつも同じ人ではないんですが、何人かよく一緒にやる人がいます。
ありぼぼ そうなんですね。木村さんはプロップスを作って実写で表現されることが多いと思うんですが、CGじゃなくて実写にこだわる理由は何なんですか?
木村 こだわっているというか、そもそもこの仕事を始めた頃はCG技術もまだそんなに発達していなくて、今ほど簡単にできなかったんですよ。だったら実際に作って撮っちゃったほうが早いよねということで、そのままここまで来ました。あと意外とCGで全部やるほうが高くついたりするんですよ。
ありぼぼ CGだとこの温かみはなかなか出せない気がします。
木村 そうですね。CGを合成しちゃうとイメージに向かって進むだけですけど、実際に物を作って撮ると、思ってもみないようなものが撮れたりするんです。
ありぼぼ 旅人さんのジャケットには犬がいますけど、生き物がいる撮影だとよりそういうことが起きそうですよね。
木村 そうそう。どこに行くかわからないですから(笑)。撮影現場で予想外なことが起きるのも、僕としては音楽を視覚化する楽しみだと思っています。
大事なのは日常的にアイデアをストックすること
ありぼぼ 言われてみれば、木村さんの作品にはよく動物が登場しますよね。
木村 広告業界の有名な言葉で「3Bの法則」というのがあるんですよ。ベイビー、ビューティー、ビーストの頭文字です。赤ちゃん、きれいな女性、動物を出すとその商品が売れるっていう。その全部を出したジャケットを作ったこともありますよ(笑)。
ありぼぼ なんのジャケットですか?
木村 SUPERCARの「LAST SCENE」です。
ありぼぼ 本当だ。すごく目を惹きますね。3Bを出せば、誰かしらには刺さるってことですよね。わかるかも。言われてみればNirvanaの「Nevermind」の赤ちゃんも3Bの法則だ。
木村 音楽でも「カノン進行の曲は売れる」とかあるじゃないですか。そういうやつですよ。
ありぼぼ 木村さんの手がけるジャケットはどれもユニークですけど、何からインスピレーションを受けることが多いですか?
木村 SNSでいろいろ写真を見ていますね。「なんでそうなった?」みたいな写真がたまにあるじゃないですか。例えばやかんを持った人がいて、その後ろで車が事故を起こしているとか、そういう写真。これをこうしたら面白いジャケットになりそうだなって、そういうアイデアを日々ストックしています。
ありぼぼ 日常でインプットしていくんですね。
木村 そうです。例えばジャケットに犬を出したいと言われて、「犬」って検索しても、ただの犬の写真しか出てこないわけで。過去にストックした情報の中から、犬を緑色にして木に見立てたら面白いなとか、それだったら猫でも同じようにできるなとか、そうやって自分の中に溜め込んだアイデアを使って新しいものを生み出していくのがアートディレクションというものだと思います。
たこ焼きだけじゃなくて、たい焼きもやっておいたほうがいいよ
ありぼぼ 木村さんは発注されてから、どれくらいの期間をかけて初稿を出しますか?
木村 撮影がなければ、場合によってはその週のうちには出すくらいのスピード感ですね。
ありぼぼ 仕事が速い……。
木村 発注を受けたらとにかくすぐに手を付けるようにしています。途中まででもいいからやった痕跡を残しておけば、その続きをまたすぐに始められるので。やっぱり0から1を起こすところが一番エネルギーを使うじゃないですか。
ありぼぼ 何事もやり始めるときが大変ですもんね。それだけすぐに初稿を出すのであれば、締切には追われないタイプってことですよね?
木村 そうですね。余裕を持って終わらせたいタイプです。
ありぼぼ 見習いたいです(笑)。この連載ではそれぞれの職業にどんな人が向いているかを聞いているのですが、アートディレクターにはどんな人が向いていると思いますか?
木村 向いていない人というのは特にいないんじゃないですかね。ミュージシャンと同じで「それが好き」というだけで成り立つ仕事なので。
ありぼぼ 確かに。ではアートディレクターをこれからやりたいと思っている人は何から始めればいいと思いますか?
木村 この連載で言うアートディレクターはジャケットに関してってことですよね? じゃあジャケットデザイナーとしてアドバイスするならば、ニッチな職業なのであまりオススメじゃないです(笑)。
ありぼぼ ニッチって言うのは、なかなか仕事がないってことですよね?
木村 仕事はきっといくらでもありますよ。例えば友達のバンドのジャケットを作るとか。でも正直食っていくのはかなり難しいです。
──木村さんにそんなことを言われたら、みんな目指すのやめちゃいますよ(笑)。
木村 つまりはジャケットのデザインだけを目指すのは難しいということ。普通にデザイナーを目指して、その中でジャケットのデザインやアートディレクションをしていくのがオススメです。お店をやるならば、たこ焼きだけじゃなくて、たい焼きもやっておいたほうがいいよっていうことですよ。
木村豊 プロフィール
1967年東京生まれのアートディレクター、デザイナー。1995年にデザイン事務所「Central67」を設立し、CDジャケットを中心に、ミュージックビデオの監督や本の装幀、ツアーグッズのデザインなどを手がける。これまでにスピッツや椎名林檎、ASIAN KUNG-FU GENERATION、木村カエラ、SUPERCAR、Superflyなど、J-POPの名盤と呼ばれる作品のジャケットを数多く制作している。
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