WOWOW「生中継!第96回アカデミー賞授賞式」ジョン・カビラ×宇野維正|作品賞最有力の「オッペンハイマー」と冷遇された「バービー」 オスカー直前、“映画の守護神”が主役となる夜を語る

ソーシャルメディアとアカデミー賞の10年

宇野 受賞者だけじゃなくて式典に参加している人たち同士の交流とか、SNSに写真がどんどん上がってきますよね。それこそグレタ・ガーウィグは、スピルバーグが早い段階でエンカレッジしていて。彼女が2018年にタイムの「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたときに序文を書いてるんです。「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」のときに「フィルムで撮るべきだ」とアドバイスしたのもスピルバーグだった。壇上じゃなくても客席のどこかでグレタ・ガーウィグと絡んでいるところを見たい。

日本では2018年に公開された長編デビュー作「レディ・バード」の撮影現場でのグレタ・ガーウィグ。(写真提供:A24 / Photofest / ゼータ イメージ)

日本では2018年に公開された長編デビュー作「レディ・バード」の撮影現場でのグレタ・ガーウィグ。(写真提供:A24 / Photofest / ゼータ イメージ)

──スピルバーグは「マエストロ:その音楽と愛と」のプロデューサーとして作品賞にノミネートされていますね。

カビラ アフターパーティもあるので、写真が出てくる可能性はあります。

宇野 そう言えば、去年はノミニーが集まる昼食会でスピルバーグがトム・クルーズに「君がハリウッドを救った」って言ってました(笑)。こんなソーシャルメディアが中心になる時代が来るとは昔は想像できなかったですけど、テレビの中継だけではなく式典や前後のパーティも含めて、どれだけネタを提供してくれるのかってところですね。実はエレン・デジェネレスがセルフィをTwitterにアップしたのが、もう10年前なんです。

カビラ 最高でしたね! どれだけのスターが写真に収まっているんだという、一種セルフィのパロディをその場でやってライブでみんなが見ている奇跡的な瞬間。会場にピザをデリバリーした配達人の男性が、戸惑いつつも俺すごいところに来ちまったっていう感じの瞬間を共有したり(笑)。そういう遊び心というか、懐の深さというか。そういったシーンもオスカーの魅力の1つです。

宇野 コロナとかいろいろありましたけど、10年間そのままどんどん加速している感じですよね。今のメディア状況は。

カビラ 2017年には作品賞が「ムーンライト」ではなく「ラ・ラ・ランド」と発表されてしまったEnvelopegate(封筒取り違え)の大事件もありました。封筒を厳重に管理するプライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)という会計事務所の担当者がプレゼンターに渡す封筒を間違えたんですよね。その係の人は舞台裏で主演女優賞を獲ったばかりのエマ・ストーンの写真をツイートしてた(笑)。今思うと、これもスマホ絡みだったのが面白い。何が起こるかわからないのは最高です。

第89回アカデミー賞授賞式より、「ラ・ラ・ランド」のプロデューサーであるジョーダン・ホロウィッツが本当の受賞作は「ムーンライト」と伝えた場面。(写真提供:Mark Suban / ¬©A.M.P.A.S. / JoeMartinez NetropolisPicturelux / Avalon / ゼータ イメージ)

第89回アカデミー賞授賞式より、「ラ・ラ・ランド」のプロデューサーであるジョーダン・ホロウィッツが本当の受賞作は「ムーンライト」と伝えた場面。(写真提供:Mark Suban / ¬©A.M.P.A.S. / JoeMartinez NetropolisPicturelux / Avalon / ゼータ イメージ)

──最近だとソーシャルメディアの拡散によって、年によっては受賞結果よりもハプニングが注目される状況もあります。

宇野 ここ数年はカビラさんたちの生中継は当然観てますが、海外の人がどういうふうにネタを拾っているのかソーシャルメディアでチェックするダブルウィンドウの状態が前提になってきてます。

カビラ ダブルどころか、もうマルチウィンドウになっていますよね。特にレッドカーペットで注目されるのは俳優の皆さんのお召し物。これはバレンシアガ、これはオスカー・デ・ラ・レンタ、こっちはグッチでディオールかという。楽しみ方がリアルタイムなんだけど、幾重にも重なっている時代になりました。

宇野 一瞬でみんなブランドを特定するんですよね。

カビラ 本当にすごいですよ。生放送中もオフィシャルに確認できたときは「今のはヴァレンティノでした」とか「このタキシードはグッチでした」とか。僕らもなんとか正確な情報を伝えようと、スタジオで大慌てなんです(笑)。

宇野 音楽もですが、今、映画のスターはハイブランドのアンバサダーが大きな仕事を占めていて。コロナ禍やストライキで動けなかったとき、ハイブランドのパトロンとしての存在感がさらに高まった。結果、ストで得したのはブランドだったと思うんです。そういう今のカルチャー全体の上位にハイブランドが影響力を持っているのも、オスカーやグラミーでブランドが特定されて拡散される状況と全部つながっていますね。

前回のアカデミー賞で演技賞を獲得した4名。ミシェル・ヨー(中央左)はディオール、ジェイミー・リー・カーティス(右端)はドルチェ&ガッバーナ、ブレンダン・フレイザー(中央右)とキー・ホイ・クァン(左端)はジョルジオ アルマーニの衣装を身に着けた。(写真提供:Sthanlee Mirador / Sipa USA / Newscom / ゼータ イメージ)

前回のアカデミー賞で演技賞を獲得した4名。ミシェル・ヨー(中央左)はディオール、ジェイミー・リー・カーティス(右端)はドルチェ&ガッバーナ、ブレンダン・フレイザー(中央右)とキー・ホイ・クァン(左端)はジョルジオ アルマーニの衣装を身に着けた。(写真提供:Sthanlee Mirador / Sipa USA / Newscom / ゼータ イメージ)

カビラ マーケティングの中で生きている限り、僕らは時折俯瞰して見ないと危ないなと感じるぐらい取り込まれそうになりますよね。労働者のシンボルだったはずのジーンズや上流階級が集う場では履けなかったスニーカーを、ハイブランドも当然のように出すようになって。いつの間にかイメージが完全に変わっている。ハイブランドのパワーって本当に意外なんです。

宇野 一方で昔と比べると、ソーシャルメディアを通して、崇めると言うよりは、ちゃちゃを入れたり、揚げ足を取ったりする視点も増えてきて。授賞式ではジミー・キンメルが率先して、そういうところをいじっていくと思います。

カビラ そうですね。踊らせるつもりが踊らされている、という状況にならないためにも。全部さらけ出される時代になって、本当に真っただ中で生きていかないといけない。自分の芸術的なクリエイションを出していかないといけない人たちは本当に大変。メンタルヘルスが危うくならないように祈るしかありません。

作品賞ノミネートの新ルールが開始

──今回のアカデミー賞から作品賞にノミネートされるための条件として多様性の項目が設置されました。女性、人種や性的マイノリティ、障害者などを少数派とし、「表現、テーマ、物語」「リーダーシップとプロジェクトチーム」「業界へのアクセスと機会」「観客の育成」という4項目のうち少なくとも2項目でそれぞれの基準を満たさないと候補にならないというルールです。

カビラ いよいよ今年からですね。グラミーは主要6部門のうち4つを女性アーティストが占める“レディーズナイト”だったんですが、プロデューサーやソングライターという裏方の部門は男性だけだった。音楽業界の女性は表現者としてのステータスは上がってきているけど、制作者としての機会均等に関してはまだまだ課題があるのかなと思いました。映画もそうですよね。

2018年の授賞式で「Inclusion Rider」という言葉で主演女優賞のスピーチを締めくくったフランシス・マクドーマンド。俳優が出演契約を結ぶ際に作品における多様性を求める付帯条項を示すこの言葉は、ハリウッドの多様性を推し進める起爆剤となった。(写真提供:Sara Wood / JoeMartinez NetropolisPicturelux / Avalon / ゼータ イメージ)

2018年の授賞式で「Inclusion Rider」という言葉で主演女優賞のスピーチを締めくくったフランシス・マクドーマンド。俳優が出演契約を結ぶ際に作品における多様性を求める付帯条項を示すこの言葉は、ハリウッドの多様性を推し進める起爆剤となった。(写真提供:Sara Wood / JoeMartinez NetropolisPicturelux / Avalon / ゼータ イメージ)

宇野 今回のグラミーに関してはアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)の結果ではなくて、現在の音楽シーンの純粋な反映だと思うんですよね。TikTokのようなツールが中心になると、女性リスナーのファンダムの影響力が強くなる。そういう意味でアカデミー賞は「バービー」のあれだけの社会的インパクトをノミネートに反映しきれなかったと思ってしまいます。「バービー」は特にTikTokをしているような若い世代がピンクの服を着て、映画館に来て、SNSに写真を上げてという今のメディア環境で生まれた傑作だと思うので。

カビラ なかなか男性だけだと、みんなでケンみたいな格好をして映画行こうぜって感じにはならないですからね。女性たちはすごくポジティブでポップに、自分が自分であることを解放して表現していて。個人的に見ていてすごく心強いですが、僕もいわゆる“男性目線”になってはいけないと、いつも自分に言い聞かせています。

宇野 僕が去年からゴールデングローブ賞で投票権を持つようになったのも、まさに海外のアジア圏のジャーナリストにも持たせようっていう多様性の動きだと思います。ここで細かい投票結果は言いませんけど、僕はアメリカの白人が選びそうな作品ばっかり選ぶんです(笑)。

カビラ それは、たまたまですよね……?(笑)

宇野 そうなんですけど、僕はアジア人だからといって、アジア系の作品に入れようとは思いません。それは批評家としての映画の見方があるから。例えば今回長編アニメーション賞に入った「君たちはどう生きるか」と「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」を観たときに、もちろん「君たちはどう生きるか」も素晴らしいけど、僕が興奮したのは「アクロス・ザ・スパイダーバース」だったりする。必ずしも投票者の多様性=多様な結果になるのかわからないのが賞の複雑なところだし面白いところと思うんですよ。いろんな国や人種、ジェンダーの人が受賞してよかった、という簡単な話ではないのは、実際に自分が組み込まれてみてよくわかりました。

「千と千尋の神隠し」以来、日本映画として21年ぶりの長編アニメーション賞の受賞に期待がかかる「君たちはどう生きるか」。©2023 Studio Ghibli

「千と千尋の神隠し」以来、日本映画として21年ぶりの長編アニメーション賞の受賞に期待がかかる「君たちはどう生きるか」。©2023 Studio Ghibli

カビラ まったくその通りですね。白過ぎたオスカー、白人が牛耳る社会が現実世界と照らし合わせて変わっていかないといけないのは時代の要請。だからと言って、例えば黒人だから黒人監督の作品に投票するのか?と考えると、まったくそういう意味ではないってことですよね。

宇野 アメリカの人が宮﨑駿に票を入れて、日本の人がフィル・ロードに票を入れられるのが正しいあり方だと思うんですよね。

カビラ 自分の意思決定に自分の心情がそのまま表れればいいんじゃないかって思います。いわゆる属性に左右されるべきではないのが芸術でしょ、と。出自や人種で左右されずに、もう単純に創造性を祝福し合うことが理想ではありますよね。

視覚効果賞にゴジラが踏み込んでいく

──日本関連の作品に触れておくと、今回は「PERFECT DAYS」が国際長編映画賞、「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション賞、そして「ゴジラ-1.0」が視覚効果賞にノミネートされています。

宇野 一昨年には濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」の受賞もありましたが、今回は3作品。しかも、どれも受賞の可能性がある。日本のマスメディアはよくも悪くも日本人のことばかりで、作品賞などの主要部門はあまり報道しないとか言われがちですけど、今回は話題がばらけそうなので、いい意味で期待したいですね。

2月の時点で国内の興行収入が10億円、動員が70万人を突破した「PERFECT DAYS」。80カ国以上で公開され、全世界興収はヴィム・ヴェンダースの監督作として歴代最高の数字に。©2023 MASTER MIND Ltd.

2月の時点で国内の興行収入が10億円、動員が70万人を突破した「PERFECT DAYS」。80カ国以上で公開され、全世界興収はヴィム・ヴェンダースの監督作として歴代最高の数字に。©2023 MASTER MIND Ltd.

カビラ いろんな意味で気が抜けない回になるんじゃないでしょうか。メイクアップ&ヘアスタイリング賞では「マエストロ:その音楽と愛と」からカズ・ヒロさんもノミネートされています。94部門もあるグラミーと違って、オスカーの場合はすべての部門が必ず授賞式の中でたたえられるので。本当にドキドキしながらご覧になっていただきたいですね。予想サイトのオッズによると「ゴジラ-1.0」がいいところにつけていて、ノミネーションの発表のときも「ゴジラ-1.0」の歓声が一番大きかった。

宇野 「PERFECT DAYS」はドイツのヴィム・ヴェンダースによるアートハウス作品ですけど、今回は「君たちはどう生きるか」にしても「ゴジラ-1.0」にしても、エンタテインメント作品であることは非常に大きい。過去の素晴らしい作家のおかげで、すでに日本映画の芸術的価値は世界中で認められているわけですが、日本発の最新エンタテインメント作品である「ゴジラ-1.0」が獲った場合、これは新しい時代に入るなって気がします。獲ってほしいですね。

カビラ だって視覚効果賞ですよ。ハリウッドは心血を注いで、めくるめく驚愕の映像を作り出してきた。その視覚効果にゴジラが踏み込んでいくのは最高に気持ちいいですよ(笑)。

山崎貴率いる白組がVFXを手がけ、日本映画として初めて視覚効果賞にノミネートされた「ゴジラ-1.0」。監督として視覚効果賞を受賞すれば「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリック以来、55年ぶり、史上2人目の快挙となる。©2023 TOHO CO., LTD.

山崎貴率いる白組がVFXを手がけ、日本映画として初めて視覚効果賞にノミネートされた「ゴジラ-1.0」。監督として視覚効果賞を受賞すれば「2001年宇宙の旅」のスタンリー・キューブリック以来、55年ぶり、史上2人目の快挙となる。©2023 TOHO CO., LTD.

──では最後に授賞式の生中継に向けて、カビラさんの意気込みをお願いします。

カビラ WOWOWでは生中継と字幕放送を2回もお楽しみいただけます。同時通訳の皆さんの素晴らしい技が生きる生放送のあとは、受賞者の生の声が聞こえてくる字幕放送もありますので、ぜひ両方とも全編観ていただきたいと思います。

宇野 僕も2回、生中継と夜の字幕放送を観ますけど、毎年すごいと思います。あの短時間であの字幕を作るのは。

カビラ ジョークが2回しみ込んできますから(笑)。ジョークのほかにも、辛辣な言葉だったり、心を打つ言葉だったり。それが2回も楽しめるのは、本当に素晴らしいですよね。

プロフィール

ジョン・カビラ

1958年生まれ、沖縄県出身。テレビ番組MC、スポーツキャスター、ラジオパーソナリティ、タレントとして広く活動中。WOWOWのアカデミー賞授賞式の中継番組には、通算18回目の出演となる。

宇野維正(ウノコレマサ)

映画・音楽ジャーナリスト。著書に「ハリウッド映画の終焉」、「2010s」(共著)など。YouTubeでは「宇野維正のMOVIE DRIVER」を不定期で配信。2023年からゴールデングローブ賞を選考する国際投票者を務める。


2024年3月7日更新