5人の俳優がショートフィルムの監督に挑戦!「アクターズ・ショート・フィルム2」「ありがとう」永山瑛太インタビュー

「ありがとう」永山瑛太インタビュー 行き場を失った男の“死生観”

自分にしか撮れないものが絶対にある

──映画監督は以前からやってみたいと思っていたんですか?

俳優の仕事でいろいろな監督さんや脚本家、スタッフの方たちと出会っていくうちに、自分にしか撮れないものが絶対にあるなという確信を得たんです。なので、監督をやるなら自分で脚本も書きたかったし、それはある意味、白紙の状態のものに自分ですべて色を付けていく作業だから、絶対に面白いだろうなと思っていました。ただ、自分から「やらせてください」という形ではなく、それがちゃんとした仕事になる日をずっと待っていたようなところがありますね。

──いつ頃から待っていたんですか?

兄貴と一緒に家庭用のビデオカメラで映画ごっこみたいなことをやっていた子供の頃から、監督には興味があって。僕は運よく俳優になれたけれど、自分の中では正直、監督を目指してもよかったなという気持ちもありました。自発的に動いた時期もあるんです。今回の作品のような内容のプロットを書いて、プロデューサーの方に「僕はこういう映画を撮りたいんです」「こういうことをやりたいんです」って言ったりもしたんですけど、そのときは「まだまだ全然甘い」と言われたので、じゃあ、まあ、いいやってあきらめて。いつか話が来るだろうな~ぐらいの気持ちでいました。

永山瑛太

──前回の「アクターズ・ショート・フィルム」では森山未來さんが監督した「in-side-out」(2021年)に出演されましたが、あの現場でも「監督をやりたい」って言われていたそうですね。

そうでした。なんで(監督が)俺じゃないのかな? なんで俺のところに最初に話が来てないのかな?という思いがありましたから(笑)。

──先ほど「自分にしか撮れないものがある」と言われましたけど、脚本やそのもとになるアイデアみたいなものは書きためていたんですか?

「ありがとう」ポスタービジュアル

書きためているものもありますし、自分の頭の中にあるイメージだけのものもあります。その中から今回は、がんばって、ある“死生観”みたいなものをシリアスになりすぎない形で描きたいなと思って。セリフで説明していくことにすごく抵抗があったので、そうならないようにということは意識しましたけど、あとは思いつきです。定年退職した男が行き詰まったときに、さあ、どうする? どこに向かうだろう? 山に向かうんじゃないか! そこで狩猟者と出会い、彼に“死生観”みたいなものを語られてしまうのはどうだろう? そんな感じで、今回の脚本を書いていきました。

──“死”に向かっていく男と命を獲りに行く狩猟者の“生”が交錯する構成が絶妙だなと思いましたし、想像力を掻き立てられました。

狩猟者の役で出演してもらったサバイバル登山家の服部文祥さんと数年前からお付き合いさせてもらっているんですけど、服部さんの世界観を入れるアイデアが浮かんだときに自分の中でイメージがどんどん膨らんだんです。皆さん、お肉を食べるときに、豚が養豚場でどんなふうに殺されているのか、牛がどのように飼育されているのか考えないですよね。どこかあえて見ないようにしているような気がするんです。だけど、狩猟の要素を入れればそこを生々しく描けるし、生きることに疲れ果てた男がただ死に向かっていくだけの話ではないものになると思ったんです。

すごくデカい人・役所広司

──オフィシャルのインタビューで「役所広司さんに出演を断られたらこの作品を撮る意味はないと思っていた」と言われていますが、死に場所を求めてさまよう主人公の男をなぜ役所さんに演じてもらいたかったのですか?

「ありがとう」メイキング写真

役所さんが「ガマの油」(2008年)で初監督されたときに、僕を交通事故で亡くなる(役所が演じた主人公の)息子役で選んでくださって。そのときに、役所さんは重くなりがちな“死生観”を独自のユーモアといろいろなお芝居のアイデアで軽妙に描き、生きている人も死んでいる人もみんな一緒に仏壇の中で笑っている終わり方をさせたんです。映画には監督の色やその人の生き方が絶対に出るものだけど、役所さんはこういうことを考えているんだなと思って、とても興味深かったんですよね。監督の世界観でかわいらしい作品になっている気もしました。それ以来、僕の中には役所さんはすごくデカい人だな、この人の背中をずっと見ていたいなという気持ちがあったんです。

──“死生観”というテーマにもつながりを感じます。

永山瑛太

「一命」(2011年)では、役所さんが演じられた斎藤勘解由が、僕の演じた千々岩求女が狂言切腹するときの介錯人で。役所さんに僕は斬られましたけど、「生きる」「死ぬ」みたいなことを描く作品でご一緒することの多い役所さんは、軸にものすごくぶっといものを持ちながらも、自由で限界がないし、常に拡張的なビジョンがあって、そこにずっと挑み続けている。自分の芝居の定義を持っていて、それにとらわれている人とは違う。だから、尊敬できるんです。

──そんな役所さんを今回の作品ではどのように見せようと?

「孤狼の血」(2018年)や「すばらしき世界」(2021年)といった最近の作品の役所さんを見ながら、自分だったらどう描くだろう?って考えたときに、生命力がちょっと落ちた役所さんを見てみたいと思ったんです。でも、映像というものは嘘をつかなくて(笑)。役所さんに寄っていけば寄っていくほど、この人の生命力はやっぱりスゴい!ということを改めて実感しました。

──監督のスタンスで接すると、役者同士で共演したときとはまた違う見え方や発見があるような気がします。

僕の中ではどこかで覚悟は決まっていたから、役所さんの意に沿わない演出をしたときに怒られてもいいと思ったし、「それはやりたくない」って言われたら、「じゃあ、やりません」って引き下がるつもりでもいました。でも、すべてのみ込んでくれた。そこは役所さんの懐の深さですね。

雪山のときの仕返し

──狩猟者の役に先ほどの服部文祥さんをキャスティングすることも最初から決めていたんでしょうか?

そうです。服部さんにどうしてもあの役をやってもらいたかった。なぜなら、服部さんは登山家としても素晴らしいですし、陸上もやっているので足も速くて山を登るスピードもスゴい。それ以前に基礎体力や精神力、生命力がハンパないし、すべてにおいて圧倒的なんです。

それこそ、何年か前に服部さんが編集部員をしている山岳雑誌「岳人」の企画で八ヶ岳連峰の権現岳に一緒に登ったことがあるんですけど、アイゼンとピッケルを使うような難所に、しかもふぶいていて視界も悪い、いつ死んでもおかしくない状況下で、服部さんは当たり前のように僕を置き去りにしたんです。だから、僕は本当に命懸けで付いて行ったんですよ。でも、服部さんは下山するときもザ~って先に滑って帰っちゃったので、この人はやっぱり普通の人間じゃないなと思って(笑)。俺が死んでも別になんとも思わないようなところがありますから。そんなこともあったので、あの狩猟者の設定を思いついたときに服部さんに出演のお願いをしました。「服部さん、僕の映画に出てください。膨大なセリフを覚えていただきますけど」って言ったら「え?」って顔をしていましたけど、あれはある意味、あの雪山のときの仕返しです(笑)。

──それはともかく(笑)、服部さんが話しているからなのか、言葉に説得力がありますね。

「ありがとう」

鹿の生肉を食べて「うめえ」って言うだけでも、ちょっと普通の人じゃないなっていう感じがしますよね。

──服部さんは鹿や熊などの肉も自分でさばける方なんですか?

服部さんは全部解体できます。でも、別に動物の解体や血を見せたいわけではないし、服部さんがしゃべるだけでも生々しさがあるので、そういう描写は逆に少し削ぎ落としました。

賛否両論受け入れる覚悟はできています

──一番テイクを重ねたのはどのシーンですか?

基本、どのシーンもテストをやらずに、説明だけしたらいきなり本番に入って1テイクOKでした。テイク2までやったのは1回か2回だったと思います。それも動き出すタイミングがちょっとズレたとか、そんな理由でしたね。

──狩猟者の話を聞いているときの役所さんの目がピクピクけいれんしますが、あれも演出ですか?

永山瑛太

そうです。あれだけは、皆さん気になると思います。人間は映画の冒頭の1カット目から何か情報を収集しようとするじゃないですか。これは何だ? この話は何だ?って思ったときに、瞬き1つでも絶対に見落とさないですよね。だから、あれもある意味、観てくれるお客さんに対しての説明です。あの瞬きで、この男は普通の精神状態じゃないんだなってことがわかるはずだし、役所さんもあの演出が精神状態がだんだんおかしくなってくる男を演じる際のヒントになったとおっしゃってくださいました。ただ、僕としては、目力が強い役所さんがどこを見ているのか? 何を見ているのか?ということにも興味があって。役所さんの中にある美意識がちょっと崩れたりズレちゃって、普通のおじさんになる一瞬を撮りたいという思いもあったんです。でも、普通のおじさんのようには映らないんですよ、やっぱり役所さんは(笑)。

──瑛太さんの普段の役者としての経験、現場でたまっていたフラストレーションを今回の現場に反映させたりもしましたか?

時間を掛けて、ものすごくカットを割って、そのシーンの頭から最後まで何十回もやる監督がいますよね。でも、それに対して「え~、何回やるんですか? もう疲れました」なんて簡単には言えない。でも、正直、テイクを重ねることが本当に意味があってクオリティを上げるものなのか、それとも素材を増やして不安要素をなくそうとしているだけなのかわからないので、話し合いになることもあって。僕は「こっちはどんどん疲弊していきますよ」って言ったことがありますけど、それでもいいものが生まれる場合もある。だけど、みんなやっぱり早く帰りたいんですよ(笑)。それはどの現場でも同じです。いろいろな監督の下で俳優をやってきた僕も、一番いいのは早く終わることだと思っていました。

──当たり前のことですよね。

早く撮って、みんなが幸せで、楽しいなと思ってくれて、仕上がりがものすごくいい。それが一番いいんじゃないのかな?っていうことを今回は実験的にやってみたかったんです。演じられた方が“もうちょっとできたな”“これでいいのかな”って思うぐらいのテンポで、スピーディに、リズム感よく撮っていきたかったんですよ。「本番、よーいスタート!」「カット」「OK、はい次」「本番、よーい、スタート」「カット」「OK、はい次」って感じでどんどん撮っていく。演じる側は“次も1回しかできないんだ”“それを使われるんだ”っていうことにだんだん気付いていくわけですけど、役所さんは僕のそのやり方を楽しんでくれたんじゃないかなと思っています。

──オフィシャルのインタビューで「大満足の上がりです」とコメントされていましたが、いずれは長編を撮ってみたいという野望はあるのでしょうか?

うーん、今はこの作品のことで頭がいっぱいです。この作品を観てもらって、いろいろな人の意見を聞いてみたい。僕は、今回この作品で自分が伝えたいことを描いたつもりはないんです。だから、台本にもセリフはほとんど書かなかった。それは観てくださった方が言葉にしてほしい。観た方が感じたことを言葉にしたり、一緒に観た人と話したり、「あそこがダメだったな」「役所さん頼りだったな」という率直な意見を届けてほしい。それを聞くのがすごく楽しみですし、賛否両論受け入れる覚悟はできています。まあ、楽しんでいただけるのが一番いいんですけど、否定する意見も僕のイメージしたものに何かが引っかかったということですから、それはそれで僕の勝ちです(笑)。

──瑛太さんがこれまでにお仕事をされた、映画監督が本職の人たちの感想も聞いてみたいですよね。例えば、豊田利晃監督とか。

いやー、どうせ辛辣なことしか言わないですよ(笑)。

永山瑛太
永山瑛太(ナガヤマエイタ)
1982年12月13日生まれ、東京都出身。2021年はNHKの正月時代劇「ライジング若冲 天才 かく覚醒せり」を皮切りに、ドラマ「リコカツ」「オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ」や映画「HOKUSAI」「護られなかった者たちへ」に出演した。「アクターズ・ショート・フィルム」の第1弾では親交のあった森山未來の監督作「in-side-out」で主演。また2022年1月には雑誌GINZAでの連載をまとめた写真集「永山瑛太、写真」を発表した。

2022年2月2日更新