「RAW~少女のめざめ~」|イノセンスの終わりと痛み描く、美しく残酷なおとぎ話

2016年のカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞したほか、数々の映画祭で話題を呼んだ「RAW~少女のめざめ~」。34歳の新鋭監督ジュリア・デュクルノーが長編映画デビューを飾った本作は、衝撃的な筋立てで1人の少女の成長と痛みを描く物語だ。

映画ナタリーでは、このオリジナリティあふれる青春映画の特集を展開。独自の作風で支持を集めるイラストレーター・たなかみさきのイラストと2人の映画ライターによるレビューで、本作の魅力に迫る。

たなかみさき イラスト&コメント

たなかみさき イラスト

Comment

カニバリズムがテーマでありながら、花が蕾から開ききるまでの過程を見ているような映画。
開ききった花は想像よりもグロテスクに見えたりする。

たなかみさき
1992年生まれ、埼玉県出身。日本大学芸術学部を卒業後、フリーランスのイラストレーターとして活動を始める。大学在学中からInstagramへの投稿を開始。レトロでエロティックな男女のイラストで人気を集め、現在フォロワー数は26万5000人を超えている。2017年11月10日には初の作品集「ずっと一緒にいられない」を刊行。同作品集の発売を記念した個展を東京・PARCO GALLERY Xにて開いた。

クロスレビュー

衝撃的な切り口で描かれる、幸福や愛のメッセージ

文 / 細谷美香

グロテスクな描写はあまり得意ではないため、少し身構えて観始めた「RAW~少女のめざめ~」。冒頭で描かれる、家族と離れて新しい場所へ向かう心細さと期待を持て余していることがすぐに伝わるヒロインのどこか危うい佇まいに、すぐに惹き付けられた。聞こえてきていた評判に違わず、白衣が真っ赤に染まる大学のしごきの場面からラストまで、この映画ではおびただしい量の血がスクリーンに広がっている。けれどもそれはショッキングな描写を追求するために流される血ではなく、“少女の目覚め”を描くために機能しているものなのだ。

「RAW~少女のめざめ~」

監督の発想と視点は独創的であまりのことに笑ってしまうほど過剰な場面もあるが、思い切って言ってしまえばもしかするとこれは、とてもありふれた1人の女の子の成長物語。ベジタリアンとして育ってきた少女が自身の中に獣の肉を入れる“儀式”によって変容していく過程を通して描かれるのは、無垢な少女から大人の女へと変わっていくときの揺らぎと痛みだ。

まだ子供のようなところもあるのに体はどんどん変化して、心と肉体がちぐはぐで追いつかない感じ。このままでいたいような気もしながら、早く思春期に別れを告げて大人になりたいと焦る感じ──。思春期には、コントロールが利かないが故のしんどさがたくさんある。性体験への興味や、「指を入れて吐くと早いわよ」とアドバイスをしてくれる同級生のエピソードで描かれる過食、姉妹との単純ではない関係への葛藤は、10代の終わりに少なくはない少女が経験することではないだろうか。

「RAW~少女のめざめ~」

ウサギの腎臓を食べたことにより皮膚がただれたジュスティーヌを診た女医は彼女の皮を剥がし、軟膏を塗って話を聞き、言葉をかける。こういう人のさりげない手当てもまた、大人への道の途中にいる少女の背中を押してくれるのかもしれない。1983年生まれの女性監督、ジュリア・デュクルノーは“あの頃”の感覚をまだ鮮やかに覚えているのだろう。

監督は、初めて知った自分の内なる本能をどう飼い慣らし、折り合いをつけていくべきなのか?という問いも投げかけてくる。もちろん欲望の形は人それぞれだが、これは誰もが向き合わざるを得ない永遠のテーマとも言える。衝撃的な切り口で少女の成長痛を記録しながら、ラストではとある人物の意外な告白に乗せて、幸福や愛についてのメッセージさえも描き出したデュクルノー監督。早くも次回作が楽しみになる新しい才能と、スクリーンでぜひ出会ってほしい。

まごうことなき青春映画

文 / 村山章

これはまごうことなき“青春映画”だ。主人公ジュスティーヌを演じるギャランス・マリリエの顔がスクリーンに映った瞬間、ああ、この映画は青春映画なのだと確信する。

強い意志を秘めながら、何かを持て余しているティーンエイジャーの少女。「ベジタリアンの娘が人肉食に目覚める物語」であることはなんとなく知ってはいたが、そこから想像されるスリラー / ホラー系のクリシェとはまったく違った映画が始まったのだと、何よりもギャランス・マリリエという若い女優が放っているピュアで危うい存在感が教えてくれるのだ。

「RAW~少女のめざめ~」

そこから先は、まさに予測不能のジェットコースターだ。それも奇怪なお化け屋敷の中をレールが蛇行する、驚きと恐怖に満ち満ちた類のジェットコースター。そして本作が長編映画デビューというジュリア・デュクルノー監督は、未知の世界に放り込まれたジュスティーヌだけでなく観客をも右に左にノンストップで振り回す。

物語はジュスティーヌの大学入学から始まるのだが、いきなりの先輩たちによる儀式(新歓コンパともいう)からして、まるで暴動が起こったかのような緊迫感に満ちている。実際のところは大学で代々受け継がれているただの馬鹿げた悪ふざけなのだが、“神童”と呼ばれ、飛び級で入学した16歳のジュスティーヌにとって、大学生活は暴動のさなかに放り込まれたのと変わらないのだ。

本作がイカレているのは、そうやって外の世界に飛び出し(同時に全寮制という閉ざされた世界でもある)、背伸びをしなくてはいけなくなった思春期の戸惑いと暴走のメタファーとして“人肉食に目覚める”というブッ飛んだ展開を用意したこと。「そんなわけないだろ!」というツッコミは意味を成さない。だってこれは“映画”なのだもの。誰もが通過するエンド・オブ・イノセンスを鮮烈に視覚化するのが“青春映画”の役割だとすれば、なんと効果的なアイデアであることか!

「RAW~少女のめざめ~」

“人肉食い”はもちろん性のメタファーでもあって、「これは10代の若者の性衝動を描いた映画である」なんてしかつめらしく解説することも可能だ。しかし、この映画をそこだけに押し込めてしまうのももったいない。デュクルノー監督は、ダークなイマジネーションと突拍子もないユーモアで数々のサプライズを仕掛けて、ひとつのところに留まろうとは決してしないからだ。

一体何が起こっているんだ? さっきまで見てたのはなんだった? 何やってるんだお前ら馬鹿か! なんで今、姉妹の立ちション対決を見ているんだ? 矢継ぎ早に投下されるクエスチョンマークに翻弄されるのが癖になってきた頃、我々は本作が実は緻密なパズルを組み上げていたことに気付く。青春とは押しなべてとっちらかって錯乱しているものだが、これほど大胆にとっちらかっていて、なおかつ明確に構築された作品にはなかなか出会えるものではない。

「RAW~少女のめざめ~」
2018年2月2日(金)全国ロードショー
「RAW~少女のめざめ~」
ストーリー

両親と姉と同じ獣医科大学に入学した16歳のべジタリアン、ジュスティーヌ。彼女は初めて親元を離れ、大学の寮でゲイのルームメイト・アドリアンとともに暮らし始める。慣れない寮生活に戸惑う中姉のアレックスと再会し安堵したジュスティーヌを待っていたのは、新入生歓迎の儀式。全身に血を浴びせかけられ、ウサギの生の腎臓を食べさせられた彼女は、それまで自分の内に秘めていた恐ろしい本性に気付いていく。

スタッフ

監督・脚本:ジュリア・デュクルノー

ジュリア・デュクルノー

1983年11月18日生まれ、フランス・パリ出身。婦人科医の母と皮膚科医の父を両親に持つ。フランスの映画学校ラ・フェミスで学び、短編「Junior(原題)」を2011年に監督。同作で女優デビューを果たしたギャランス・マリリエを主演に迎えた「RAW~少女のめざめ~」で、第69回カンヌ国際映画祭の国際批評家連盟賞などを受賞した。

キャスト

ジュスティーヌ:ギャランス・マリリエ
アレックス:エラ・ルンプフ
アドリアン:ラバ・ナイト・ウフェラ
ジュスティーヌの父:ローラン・リュカ

※「RAW~少女のめざめ~」はR15+指定作品