渡辺大知が語る「オン・ザ・ミルキー・ロード」|エミール・クストリッツァ史上最高に自由奔放な9年ぶりの新作!

世界三大映画祭を制したサラエボ出身の鬼才監督エミール・クストリッツァ。このたび9年ぶりの新作「オン・ザ・ミルキー・ロード」が9月15日より全国公開される。クストリッツァ本人が主人公を演じ、愛の逃避行をともにするヒロインにはモニカ・ベルッチが選ばれた。

映画の公開を記念し、映画ナタリーではクストリッツァの大ファンだと公言する渡辺大知に本作をひと足早く鑑賞してもらった。ロックバンド・黒猫チェルシーのボーカルを務める一方、俳優としても活躍する渡辺は現在27歳。「リアルタイムでクストリッツァの新作に触れるのは初めて」と喜ぶ彼は、本作をどう観たのか。

取材・文 / 大谷隆之 撮影 / 佐藤類

エミール・クストリッツァ

エミール・クストリッツァ

1954年、旧ユーゴスラビア・サラエボに生まれる。チェコ・プラハ芸術アカデミーに入学し、卒業後はサラエボに戻り映画制作の道へ。ジプシー音楽に乗せ、ユーモアと風刺を交えながら庶民たちがたくましく生きるさまを描くユニークな作風が評価され、ヨーロッパを代表する映画監督の1人となった。カンヌ国際映画祭の最高賞にあたるパルムドールを「パパは、出張中!」「アンダーグラウンド」で2度受賞しているほか、「アリゾナ・ドリーム」でベルリン国際映画祭の銀熊賞、「黒猫・白猫」でヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞を獲得している。

フィルモグラフィ

1981「ドリー・ベルを憶えている?」
1985パパは、出張中!
1989ジプシーのとき
1992アリゾナ・ドリーム
1995アンダーグラウンド
1998黒猫・白猫
2001SUPER 8
2004ライフ・イズ・ミラクル
2005ブルー・ジプシー」(オムニバス映画「それでも生きる子供たちへ」の1編)
2007ウェディング・ベルを鳴らせ!
2008マラドーナ

クストリッツァのここがすごい!

ジョニー・デップの出演志願をあっさり断る!?

2010年、Kustendorf Film and Music Festivalに参加したジョニー・デップ(左)とエミール・クストリッツァ(右)。(写真提供:CVELE / SIPA / Newscom / ゼータ イメージ)

ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞作「アリゾナ・ドリーム」で主演を務めたジョニー・デップ。同作の撮影中に「アンダーグラウンド」の企画についてクストリッツァから聞いたデップは、ミキ・マノイロヴィッチ演じる主人公マルコの弟で、ベオグラードの動物園にて飼育係を務めるイヴァン役に志願した。「出演できるならセルビア語もマスターする」とラブコールを送る彼に対し、クストリッツァは「今回はユーゴスラビアの役者だけで撮るから」とバッサリ。その後、「アンダーグラウンド」はカンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得することとなる。

気に入った村を買い取る!?

クステンドルフの様子。(写真提供:CVELE / SIPA / Newscom / ゼータ イメージ)

「ライフ・イズ・ミラクル」のロケ地となったセルビア西部の村をまるごと購入。村は“クストリッツァの村”を意味する“クステンドルフ”と名付けられ、クストリッツァの自費で映画学校やレストランが建設された。2008年よりクストリッツァ主催の映画祭Kustendorf Film and Music Festivalがスタート。「ブランカとギター弾き」の監督・長谷井宏紀も同映画祭出身だ。また旧ユーゴスラビア出身の小説家イヴォ・アンドリッチのノーベル文学賞受賞作「ドリナの橋」の映画化を企画中のクストリッツァは、同作の舞台であるボスニア・ヘルツェゴビナのヴィシェグラードに“アンドリッチグラード”という名の街を作った。現在そこで映画の準備を進めている。

バンド活動でも世界を熱狂させる!?

エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラのライブの様子。

セックス・ピストルズなどパンクロックに心酔する青年期を送り、両親に心配されるほどだったというクストリッツァは音楽活動にも忙しい。自身が率いるバンドは、その名もエミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ。バルカン諸国を発祥とするジプシーミュージックに、ジャズ、ラテン、スカ、ハードロック、クラシックなど多様なジャンルをミックスした独自のサウンド“ウンザ・ウンザ・ミュージック”で世界中に熱狂的なファンを増やし続けている。2017年9月2日、バンドとして約9年ぶりに来日公演を行う。

(情報提供:「オン・ザ・ミルキー・ロード」プレス資料)

渡辺大知 インタビュー

子供が見る夢を連想させる

──9年ぶりとなるエミール・クストリッツァ監督の新作「オン・ザ・ミルキー・ロード」をご覧になった感想はいかがですか?

渡辺大知

とにかく楽しかったです! 「今、自分はクストリッツァの新作を観てるんだ」というワクワク感と、映画でしか得られない充実感を覚えました。観ている間ずーっと幸せでした(笑)。クストリッツァ監督の作品はほぼ観ていますが、リバイバル上映で追っかけた世代なので、リアルタイムで新作と出会えたのは今回が初めてなんですよね。そのうれしさも大きかった。あと、落ち着いて振り返った感想でいうと、年齢を重ねてよりシンプルになったなとも思いましたね。

──どういうことでしょう?

クストリッツァ監督の映画ってどれも、例えば“生きることと死ぬこと”とか“愛することと憎むこと”とか、人にとって根本的なことをすごいエネルギーで描いているじゃないですか。そういう一貫したテーマが今回の「オン・ザ・ミルキー・ロード」ではより混じりっ気なく、純粋に心に飛び込んできた。なんて言えばいいのかな……。監督としての技量は保ちつつ、根っこの部分で子供に返ってるっていうか。

──確かに62歳なのに、瑞々しさがハンパない(笑)。

そうそう。想像力が自由奔放に広がっていく感じがあって、なんか子供が見る夢を思い起こすんですよね。そこがすごいなと。例えば「アンダーグラウンド」の頃なんかは、もう少し作家性がにじんでいたというか……。「斬新なイメージと寓話性で観客を驚かせてやろう」って気持ちもあったと思うんです。

──第2次世界大戦から1990年代の内戦時まで、旧ユーゴスラビアの激動の歴史を凝縮させた大作ですね。演劇的な世界観の中、地下の世界に潜って武器を作り続ける人々を風刺的に描いて、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞しています。

混沌とした地下室のイメージ、次から次に登場するいかがわしい人々、全編に鳴り響いている騒々しいジプシーブラスの音色……。何もかもがあまりにも鮮烈で、最初に観たとき、何やこれは!と衝撃を受けました。もちろん今も大好きなんですけど、でも今回はそういう映画的野心みたいなものは削ぎ落とされていて……。少なくとも僕の目には、撮りたいものを自由に撮っているようにしか見えへんかった。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」
2017年9月15日(金)全国ロードショー
「オン・ザ・ミルキー・ロード」
ストーリー

とある戦時中の国。そこで暮らす男コスタは毎日ロバに乗り、銃弾をかわしながら前線の兵士たちにミルクを届けていた。死と隣り合わせの状況下だが、村人たちに慕われ、戦争が終わったあとの穏やかな将来を思い描きながら暮らすコスタ。そんな中、村で一番の英雄ジャガが花嫁として迎えた謎の美女と出会い、激しい恋に落ちる。しかし“花嫁”の過去によって村は襲撃を食らう羽目に。2人は村を飛び出し、逃避行を始める。

スタッフ

監督・脚本:エミール・クストリッツァ
音楽:ストリボール・クストリッツァ

キャスト

モニカ・ベルッチ、エミール・クストリッツァ、プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ、スロボダ・ミチャロビッチほか

渡辺大知(ワタナベダイチ)
1990年8月8日生まれ、兵庫県出身。ロックバンド・黒猫チェルシーのボーカルとして活動を開始。2009年、みうらじゅん原作・田口トモロヲ監督による「色即ぜねれいしょん」の主役に2000人を超えるオーディションで抜擢され、第33回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。主な出演作に「くちびるに歌を」「LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版」、テレビドラマ「毒島ゆり子のせきらら日記」やNHK連続テレビ小説「カーネーション」「まれ」など。2015年、大学の卒業制作として製作した初監督作「モーターズ」が劇場公開された。渡辺が出演し、黒猫チェルシーが主題歌を書き下ろした「勝手にふるえてろ」は12月23日より全国ロードショー。