渡辺大知が語る「オン・ザ・ミルキー・ロード」|エミール・クストリッツァ史上最高に自由奔放な9年ぶりの新作!

「オン・ザ・ミルキー・ロード」はクストリッツァの集大成

──他にも記憶に残ったシーンはありましたか?

一番「子供みたいやなあ」と思ったのは、ミルクを配りに行ったコスタが途中で大蛇に巻き付かれるシーン。小さい頃ってみんな、ああいう妄想するじゃないですか。なのであとでプレス資料を読んで、あのエピソードが「3つの実話」の中の1つだと知って驚きました。そんな嘘みたいな話が、ほんまにあるんやと。

──アフガニスタン紛争中にあった実話を、クストリッツァ監督が思いきり膨らませたようですね。

これはクストリッツァの過去作にも言えることだと思いますが、そうやって現実とファンタジーが1つの世界観の中に混在しているところも僕は大好きです。最近の映画って、どうしてもリアルさを基準に評価される部分があるじゃないですか。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」

──確かにその傾向は強いですね。

それが架空の物語であっても、まずは“本物っぽく”見えることが重要視される。だけどクストリッツァ監督の作品を観ていると、寓話でしか伝えられないリアリティもあるんだなと痛感するし。それこそ劇中の蛇のエピソードじゃないけど、ドキュメンタリーを突き詰めた結果、現実のほうがファンタジーに近付いてしまう場合もいっぱい出てくる。それを1つの作品として成立させてしまうのが、クストリッツァ監督のすごさで……。

──相反するものをただ詰め込んでも、単にカオスになるだけで、映画にはならない。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」

はい。それを、ワクワクするような映画的興奮に満ちた作品へと昇華させるバランス感覚と力業は、唯一無二だと思います。今作で言うと、3つの実話とファンタジーを絶妙に織り交ぜたシナリオがまさにそうだし。劇中でプロの俳優と地元の人を混在させる手法も効果的だと思います。要は、リアリティとファンタジーの両極を自分の中できっちり把握し、その中間エリアのどの地点に軸を置けば観客を納得させられるのか、すごく繊細に理解している人じゃないかなと。その意味で「オン・ザ・ミルキー・ロード」は、童心に帰った部分と、監督としての技量とがいい感じでミックスされた、クストリッツァ監督の集大成と言えるかもしれませんね。

堂島孝平に借りた「アンダーグラウンド」のDVDで血が沸騰

──ちなみに渡辺さん自身は、いつクストリッツァ作品と出会ったのですか?

最初に観たのは18歳かな。大学受験のために神戸から上京したとき、事務所の先輩の堂島孝平さんに泊めていただいたんです。その際、「すごくいいから観てみなよ」と、さっき話題に出た「アンダーグラウンド」のDVDを貸してくださって。実家に帰ってから観て、衝撃を受けました。オープニングで、古い楽器を抱えたジプシーの楽隊が走っていくシーンがあるでしょう。

──ありましたね。第2次世界大戦下で、旧ユーゴスラビアの首都ベオグラード。夜の街を、もの悲しいフレーズをものすごい高速でリフレインさせながら大勢の楽士が走っていく。

そうそう。あの冒頭シーンを観たときに、体の血が沸騰し、肉が踊っている感覚に襲われました(笑)。先ほどのお話じゃないけど、この世の集団じゃないように見えるのに、すごく生々しい存在感があった。いわゆるリアリズムにとらわれず、思いきりファンタジーに振った話でも、人間の生き様を捉えることはできるんだと。そう教わった気がするんです。そこからリバイバル上映を見つけては、「パパは、出張中!」や「ジプシーのとき」のような初期作品とか、「黒猫・白猫」や「ライフ・イズ・ミラクル」のような後期の作品を観ていった感じですね。

──確かにクストリッツァ作品では、常に映像と音楽が分かちがたく結び付いています。今回の「オン・ザ・ミルキー・ロード」でも前半に、得意の祝宴の場面がありましたね。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」

休戦協定が結ばれて、村人たちが束の間の平和を楽しむシーン。あそこはもろクストリッツァ節というか、バンドの演奏がめっちゃグルーヴィでしたよね! クストリッツァ監督作品というと東欧のジプシー音楽と切っても切れないイメージがありますけど、実は「オン・ザ・ミルキー・ロード」の音楽はかなり洗練されている。例えば「アンダーグラウンド」とか「黒猫・白猫」だと、ジプシー音楽の持ってる独特の泥臭さが、作品自体のテーマと重なっていたと思うんです。でも今回はもう少し軽やかで、現代的というか……。もちろんジプシー音楽要素は濃厚に入ってるんだけど、それだけで映画全体を引っ張ってる印象はなかった。むしろあの祝宴シーンに限らず全編にモダンなおしゃれさがあって。その遊び心が僕の思った子供っぽさと絶妙に引き立て合ってた気がします。

クストリッツァ作品は「子供からお年寄りまで誰でも楽しめます」に値する

──映画全体の音楽は、監督の息子であるストリボール・クストリッツァが担当しています。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」

この人、監督が率いているバンド、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラのドラム担当でもあるんですよね。映画音楽の作家としても芸が細かい。例えば劇中、主人公がお鍋で雨漏りを受け止めようとするシーンでは、雨が当たる音とBGMのビートをシンクロさせて楽しんでみたり(笑)。そういった遊びも、観ていて楽しかったなあ。

──9月2日には映画公開記念で、東京・Zepp Tokyoで一夜限りのライブも予定されています。

楽しみですよね! 僕も絶対観に行くつもりです。

──では最後に、まだクストリッツァ作品を体験してないナタリー読者に、渡辺さんからオススメの言葉をいただけますか。

そうやなあ……(しばらく考えて)小さい頃に好きだった絵本を、大人になって読み返すと、すごく感動することってありますよね。ページをめくった瞬間に童心が一気によみがえって、でも同時に、昔はわからなかった描き手の思いも伝わってきたりして……。なんとも言えない気持ちになる。僕はクストリッツァ監督の映画も、それに近いところがあると思うんです。特に本作「オン・ザ・ミルキー・ロード」はそう。子供の奔放な想像力とか純粋な気持ちと、この世界にあふれている人間の愚かさ、はかなさ、愛らしさがギューッと詰まっていて……。

──いろんな感情が一気に込み上げてくる。

僕にとって、そういうワクワクが映画なんですよね。よく宣伝で「子供からお年寄りまで誰でも楽しめます」という決まり文句があるでしょう。でも本当の意味でそれに値するのは、実はクストリッツァ映画じゃないかなと(笑)。それこそ「ライフ・イズ・ミラクル」じゃないけど、人生をまるごと祝福していて。観終わったあとは心の底から元気が湧いてくるような映画。未体験の若い人にこそ、ぜひぜひ観てほしいです。

渡辺大知
「オン・ザ・ミルキー・ロード」
2017年9月15日(金)全国ロードショー
「オン・ザ・ミルキー・ロード」
ストーリー

とある戦時中の国。そこで暮らす男コスタは毎日ロバに乗り、銃弾をかわしながら前線の兵士たちにミルクを届けていた。死と隣り合わせの状況下だが、村人たちに慕われ、戦争が終わったあとの穏やかな将来を思い描きながら暮らすコスタ。そんな中、村で一番の英雄ジャガが花嫁として迎えた謎の美女と出会い、激しい恋に落ちる。しかし“花嫁”の過去によって村は襲撃を食らう羽目に。2人は村を飛び出し、逃避行を始める。

スタッフ

監督・脚本:エミール・クストリッツァ
音楽:ストリボール・クストリッツァ

キャスト

モニカ・ベルッチ、エミール・クストリッツァ、プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ、スロボダ・ミチャロビッチほか

渡辺大知(ワタナベダイチ)
1990年8月8日生まれ、兵庫県出身。ロックバンド・黒猫チェルシーのボーカルとして活動を開始。2009年、みうらじゅん原作・田口トモロヲ監督による「色即ぜねれいしょん」の主役に2000人を超えるオーディションで抜擢され、第33回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。主な出演作に「くちびるに歌を」「LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版」、テレビドラマ「毒島ゆり子のせきらら日記」やNHK連続テレビ小説「カーネーション」「まれ」など。2015年、大学の卒業制作として製作した初監督作「モーターズ」が劇場公開された。渡辺が出演し、黒猫チェルシーが主題歌を書き下ろした「勝手にふるえてろ」は12月23日より全国ロードショー。