いい人だけど残念…でもスゴい!?安田顕×李闘士男の対談&コラムで「私はいったい、何と闘っているのか」を紐解く (2/2)

ありふれた物語の中で輝くキャラクターを作り出すには

脇を支えるキャスト陣も必見。安田は李の「登場人物全員を輝かせる」演出術をたたえる。一方李は当時、小池栄子演じる春男の妻・律子のキャラクター像に頭を抱えていた。

 女性に嫌われないために、どう描こうかと悩みました。でも小池さんとお話したときに、「よくこの役で受けてくれましたね。律子ってひどい女性じゃないですか?」と言ったら、「え? なんでですか? 私、彼女の気持ちよくわかるから大丈夫です」と答えてくれたんです。その瞬間、これは大丈夫だなと。小池さんはこの役の難しいところも軽々と乗り越えていってくれるだろうと確信しました。それに前半に現在の律子をきちんと描いたことで、この人は(過去にいろいろあったけど)ちゃんと春男を支えてるんだと観客に印象付けられたのは大きかった。

小池栄子演じる律子。

小池栄子演じる律子。

安田 監督は役者に対して上っ面じゃない優しさで接してくださるので、人によって演出やアプローチを見事に変えられるんです。だからこそ登場人物全員が魅力的に映っているんだと思います。(次女・香菜子を演じた)菊池日菜子さんはこの作品が初めての映画だったので、「この作品は絶対に君にとって思い出に残るものだから。監督は君のためを思って厳しく言ってくれているんだよ」とよく話していましたね。

 僕はそこにはあえて入っていかず、パパとママにお任せしていました。(長男・亮太役の)小山春朋くんはまだ子供だったから、そんなに細かくは演出していないです。子供を面白く見せるには、大人のように扱うのが一番いいと思いますね。ファーストサマーウイカさんは関西の人だからか、間(ま)の取り方が絶妙にうまかった。金子(大地)くんには「松岡修造さんみたいにやって!」と言いました(笑)。本人は「本当にこれで大丈夫ですか?」と心配していましたが、あのキャラクターが後半に効いてくるんです。

金子大地演じる金子くん(中央)。

金子大地演じる金子くん(中央)。

安田 この映画は出てくる人はみんなおかしいけど愛おしく見える。監督が「こういうありふれたお話だからこそ、観てくれる人には登場人物1人ひとりに没入してもらいたい」とおっしゃっていたのを覚えています。このキャラクターの背景には何かあったんだろうというのが見えてくるし、全員が輝いているのが素晴らしいと思います。

“うまくいかない人”への愛情

つぶやきシローの小説を映像化した本作。約3年前に製作陣から原作本を受け取った李が監督を引き受けた理由とは。

 率直にとても面白く読めました。これがいわゆる“ペーソス(哀愁)”というものだなと。僕は織田作之助さんの「夫婦善哉」みたいな作品が好きで、こういうものは最近なかなかないなと思っていたんです。なので、そういうテイストの作品にトライさせてもらえるのが、ありがたいなと思ったのが1つ。あとはこのお話って何も事件らしい事件は起きないじゃないですか。そこが好きだなと。大きな事件や現象が起こるとそれを追わざるを得ない。だから現象が大きすぎると、人つまり役の中にすっと入り込めなくてつまらないと感じてしまう。その点春男は自分で妄想して自分の中で完結して、しかもいつもうまくいかない。そんな人に僕がどれだけ寄り添えるかなということに興味があって、ぜひやりたいと思ったんです。

アホ、バカというのは僕にとって褒め言葉。春男みたいなちょっとバカだけど愛おしい人を肯定してあげたい。大概の人は人生うまくいかないことがほとんどだし、努力しても報われないことのほうが多いんです。うまくいかない人生って素敵やし、その人生も抱きしめてあげればいいんじゃないかと僕は思う。簡単に言うとアホ万歳! 伊澤春男はいっぱいおるし、春男は僕でもある。

安田 “幸せってすぐそばにあるよ”って言葉だけで聞くと難しいかもしれないけど、だからこそこの作品を観てほしい。求めていた幸せが意外とそばにあるものなんだなということを実感させてくれる映画だと思います。

「私はいったい、何と闘っているのか」

「私はいったい、何と闘っているのか」

プロフィール

安田顕(ヤスダケン)

1973年12月8日生まれ、北海道出身。演劇ユニット・TEAM NACSに所属し、映画、ドラマ、舞台などを中心に活動。「龍三と七人の子分たち」で、第25回東京スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞した。主な出演作は、主演を務めた「俳優 亀岡拓次」のほか、「銀魂」「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」「愛しのアイリーン」など。2022年は「ハザードランプ」「リング・ワンダリング」「とんび」の公開が控えている。

李闘士男(リトシオ)

1964年5月13日生まれ、大阪府出身。大学在学中にドキュメンタリー番組の制作プロダクションでアルバイトを始め、大学4年生でディレクターデビュー。卒業後はバラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげです」「ダウンタウン・セブン」「サタ★スマ」「タモリのジャポニカロゴス」などを手がけた。2004年「お父さんのバックドロップ」で映画監督デビューを果たす。主な監督作は「デトロイト・メタル・シティ」「神様はバリにいる」「家に帰ると必ず妻が死んだふりをしています。」など。