たなかみさきのイラスト×宮木あや子のレビューで紐解く「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

ジョアンナ・ラコフによる自叙伝をもとにした“大人の自分探しムービー”、「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」が5月6日に全国公開される。舞台となるのは、1990年代の米ニューヨークに構える老舗出版エージェンシー。新人アシスタントのジョアンナが、J・D・サリンジャーを担当する上司マーガレットと信頼関係を築きながら、自分自身を見つめ直していくさまが描かれる。マーガレット・クアリーがジョアンナ、シガニー・ウィーバーがマーガレットを演じた。

映画ナタリーでは「校閲ガール」で知られる小説家・宮木あや子のレビューを公開。彼女が「娯楽映画と文芸映画の中間」にあると捉えた本作の魅力とは? さらにイラストレーター・たなかみさきの描き下ろしカットも掲載する。

文 / 宮木あや子(レビュー)イラスト / たなかみさき

宮木あや子 レビュー

その瞬間を見落としたら永遠に戻れない古い万華鏡のような輝き

アメリカという国で、ガールとミドルエイジのはざまを生きる概ねガールたちは、総じてニューヨークに憧れる、らしい。そういう映像作品がたくさんある。プラダを着た悪魔、バーレスク、コヨーテ・アグリー、等々。「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」の冒頭を観た人はたぶん全員「ああ、田舎のガールがニューヨークに来て空き巣被害に遭って都会の男に出会い地元の元カレと別れすごい大人と交流を持って夢に破れたり夢を叶えたりするアレか」と、その様式美に安心することだろう。実際七割合っているのだが、観ているうちに「なんかアレとは違うな?」と思い始めるはずだ。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」より、主人公ジョアンナ。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」より、主人公ジョアンナ。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」より、ジョアンナの上司マーガレット(左)。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」より、ジョアンナの上司マーガレット(左)。

ガールがニューヨークで夢を追う映画(これジャンル名あるんですか?)は、どれもそれぞれ素材の違う輝きを放っている。たとえばプラダ(略)はジュエリーの輝き、バーレスクはグリッターとミラーボールの輝き、そしてこの映画は、言うなれば、光の中で一度たりとも同じ形を作らない、その瞬間を見落としたら永遠に戻れない古い万華鏡のような輝き。観客はスクリーンに、夢と幻と現実の欠片が入り混じる、美しくて不思議な世界を眺めることになる。
あらすじやキャストや原作に関してはナタリーさんがこの文章の上か下で説明しているはずなので省く。サリンジャーにまつわる記述も解釈違いで燃やされそうだから控える。以下、この映画を観たいち小説家の「雑感」を箇条書きする。

・主人公のニックネームが「ジョー」

作家を目指すガールが「ジョー」。完璧!

・ジョーの衣裳が地味に可愛い

原作未読なので実際どうなのかは判らないが、少なくとも映画では、意識してお洒落をするような主人公としては描かれていない。たぶん彼女の性格的に、町の古着屋とかJ.C.ペニーのセールとかで己の哲学に則って服を買っているはずだ。そのひとつひとつが舞台の街やインテリアに溶け込む画は、どれも今はなき「ヴァンテーヌ」を偏愛した元ガールたちの琴線に触れまくると思う。タイム・アシェット・ジャパン時代の「ELLE japon」読者や、永遠のOlive少女たちにも。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

・劇伴が心地よい

文芸寄りの映画にしては珍しく、多くの場面で音楽が流れている。モーツァルトやドビュッシーなど誰もが一度は耳にしたことがあるクラシックや、音楽担当者がパズルのピースを埋め込むように吟味を重ねたであろう90年代を彷彿とさせるオルタナっぽい音の数々。中でも終盤、ウォルドーフホテルで主人公が踊る郷愁的なワルツは隅々まで観てほしいし聴いてほしい。

・小説家はつらいよ、エージェントもつらいよ、ファンもつらいね

自分が小説家なので、小説家側のつらさしか知らなかった。作家に失望されることを恐れる一方、あなたの原稿はダメです、と宣告もしなければならないエージェントの姿を見て、利益と愛情と信頼が双方で噛み合わない様子に悲しくなった。そちら側もつらかったんですね。そして小説家やその作品を愛しすぎてしまったファンの人。サリンジャー以外の小説家ならたぶんファンレターは普通に読むから、どんどん出しましょう。あなたの言葉は間違いなく小説家の糧になる。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

「アレとは違う」感じは、これが娯楽映画と文芸映画の中間にあることが一因かもしれない。舞台はニューヨーク、夢見るガールが主人公で題材はサリンジャーなのに、制作はアメリカではなくアイルランドとカナダの合作、監督はカナダ人だ。とくに根拠もなく「なるほどね」と腑に落ちませんか。そして原作は小説で主人公は詩を書いている。否、宣伝文句どおりこれが回顧録ならば、現在の原作者はジャーナリスト / 小説家になっているので、書いて「いた」。
おそらくスクリーンに投影される映像は小説に擬態した、もしくは創作の泉の水底に葬られた、かつてのガールが綴った祈りのような「詩」だ。百行の文章を一行の文字列に凝縮して表す「詩」でなければ、同じ内容でもこんなにリリカルな映画作品にはならなかったはずだ。
映像がエンドロールに切り替わる瞬間、観客の人たちが覗き込む万華鏡のオブジェクトがどんな色と形をしているのか、それは千差万別だろう。私のは、光がたくさん入る白っぽくて綺麗な形でした。

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

プロフィール

宮木あや子(ミヤギアヤコ)

小説家。1976年生まれ、神奈川県出身。「花宵道中」で第5回「女による女のためのR-18文学賞」大賞と読者賞の同時受賞を果たす。これまでに「群青」「花宵道中」が映画化、「校閲ガール」「婚外恋愛に似たもの」がドラマ化されたほか、「野良女」「雨の塔」は舞台化された。5月下旬には「手のひらの楽園」が新潮文庫から発売される。

たなかみさき イラストレーション

たなかみさきの描き下ろしイラスト。「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」の主人公ジョアンナは、世界中から届いたJ・D・サリンジャーへのファンレターをシュレッダーにかける仕事を担っている。

たなかみさきの描き下ろしイラスト。「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」の主人公ジョアンナは、世界中から届いたJ・D・サリンジャーへのファンレターをシュレッダーにかける仕事を担っている。

プロフィール

たなかみさき

1992年生まれ、叙情的かつ軽やかなタッチが特徴のイラストレーター。作品集には「ずっと一緒にいられない」「あ~ん スケベスケベスケベ!!」がある。ナビゲーターを務めるラジオ番組「Midnight Chime」が毎週月曜26時よりJ-WAVEで放送中。