ゲイの作家もちぎが語るBL映画「恋い焦れ歌え」、描き下ろし感想マンガも (2/2)

もちぎ インタビュー
「恋い焦れ歌え」の不器用な人々

「性の劇薬」以来のBL映画

──「性の劇薬」特集に続いてのご登場、ありがとうございます。もちぎさんは「性の劇薬」がBL映画デビューとおっしゃっていましたが、あれから2年以上経ちました(参照:もちぎが語る「性の劇薬」)。この間BL作品はご覧になってましたか?

特にBLの映像作品には触れて来なかったんですよね。周りではタイBLなどアジア系の作品を観ている友達がちょこちょこ現れ始めてます。

もちぎ

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──中国の時代劇ブロマンスも流行ってますね。

作品は知ってるんですけどね。いつかBL週間を作って鑑賞会でもしようかなって考えています(笑)。

リアルだし、理不尽

──「性の劇薬」は監禁や調教のSM描写が過激でしたが、「恋い焦れ歌え」はまた別の激しさがあります。

BLマンガ自体は以前から読んでいたので、BL=過激ではないことはわかってたんですけど、この2作が続くとちょっと偏りますね(笑)。ただ、センセーショナルで奇をてらっただけの作品ではなかったです。

「恋い焦れ歌え」

「恋い焦れ歌え」

──最初のオファーで「恋い焦れ歌え」は観る人を選ぶ作品かもしれないとお伝えしたんですが、実際にご覧になっていかがでしたか?

単純に面白いと言っていいかわかりませんが、観られてよかったです。ただ人にどう薦めるかは難しい……と、一瞬思っちゃいました。BL映画は話題になりやすいので、ラップしかりゲイ風俗しかり、そういうワードが気になって観る人もたくさんいる。好き嫌いとは違いますが、ギャップを感じると言いますか「イメージと違った」となる人はいると思います。語弊ありますが、自分自身もゲイ風俗というアンダーグラウンドなところにいて、そういった世界に慣れてるから楽しめたのかも。

──「恋い焦れ歌え」は性暴力の被害者である桐谷仁と、その加害者を名乗る男KAIが主人公です。すでに深いトラウマを抱えた2人がさらに傷付け合いながら、再生の道を探る物語でした。

登場人物たちが褒められた行動を一切しない、理不尽で理解しがたいことばかりしてるじゃないですか。周囲から見たら「もっとちゃんとしたらいいのに」「もっとやり方あるだろう」と言われてしまうような人々。でもアンダーグラウンドなところって自分でも「なんでこんなことしてるんだろう」と思いながら、ずるずるとその世界にいてしまう人が多いんですよね。

稲葉友演じる桐谷仁(左)と遠藤健慎演じるKAI(右)。

稲葉友演じる桐谷仁(左)と遠藤健慎演じるKAI(右)。

──桐谷は“シェルター”と呼ばれるKAIやその仲間がいる独自のコミュニティに足を踏み入れていきます。そこは、いわゆる「治安が悪い」と言われてしまうような場所でした。

自分の作品ともすごく通じるところがあると思いました。ゲイ風俗のエッセイを書くと、読者やフォロワーの方から「なんで自分から傷付くことをするんだろう」「もっとちゃんと就職したり、恋愛したりすればいいのに」と言われることがあって。でも、みんながみんなちゃんと生きられるわけじゃない。「恋い焦れ歌え」はリアルだし、理不尽。だからはたから見ると茶番に思えてしまうし、登場人物たちがおバカにも見える。自分のお気に入りポイントはそこですね。

シェルターのステージで歌う桐谷。

シェルターのステージで歌う桐谷。

──茶番に見えるかもしれないけど、当人たちは真剣だし真面目。だから響くものがあるのかもしれないですね。

シェルターのある人物が亡くなったときに、みんなが歌で、ラップで追悼しますよね。彼らが集団として築いた文化の弔い方があって、一見すると「そんなんしてる場合か」とツッコまれるかもしれない。でも本人たちが真剣にやってるのを見るとリスペクトしたいと思える。あの空間はすごくいいですよね。

もちぎ

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全員が不器用

──桐谷とKAIは、とてもいびつな関係です。ヘテロを自認している男性が性暴力に遭う。そして加害者を名乗りながら再生へと導くラッパーのKAIに付け回され、桐谷は自身のセクシュアリティの揺らぎに直面する。特にKAIの意図が見えづらい前半は、観ていて苦しくなるところもありました。

難しいですが、自分のトラウマをなぞるような愛し方しかできひん人っているんですよね。自分が小説やエッセイで伝えてきたのも、今までの強烈な経験やトラウマが、至るところで顔を出すような生き方。言い方は悪いですけどKAIは呪縛にとらわれた人。そういう悲しさがあるキャラクターでした。最初は不気味な感じで浮世離れしたキャラクターのように出てくるけど、生活もあるし、限界もある。心の中がちらほら見えてくるのがよかったです。

「恋い焦れ歌え」

「恋い焦れ歌え」

──桐谷がラップを披露したあと、KAIが満面の笑みを見せるのが印象的で。こんなにかわいい笑顔を見せるのか、という驚きもありました。

やっぱり一貫して登場人物全員が不器用ですよね。そしてKAIはすごく不安定。やってることが突飛で一筋縄ではいかない。そういう不器用な生き方しかできない人の心理が丁寧に描写されていると思います。みんなが周囲から見たら茶番のようなものにすがっていて、それでも生きている。

遠藤健慎演じるKAI。

遠藤健慎演じるKAI。

稲葉友演じる桐谷仁。

稲葉友演じる桐谷仁。

──一方で桐谷は性暴力を受けたことをきっかけに、自分の人生のレールから外れていかざるを得ない状況になっていきます。

いろいろ思うところはありました。ゲイ風俗に入ろうか悩むシーンもありましたよね。やっぱりアンダーグラウンドな世界って“落ちていく”っていう表現をされちゃうんですけど、そうじゃないよという視点は作品から感じました。ただゲイの世界に“落ちる”とか、被害者になったから人生終わりって言う感じではない。桐谷はKAIたちとの出会いがあって、いわゆる世間の外れ者にされている人たちと居場所を作っていく。自分が受けた被害を克服しようと、自分の価値観を変えていく。それでも観る人によっては、ちゃんと先生してればよかったのにと思う人はいると思います。

もちぎ

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──実は熊坂出監督が原作のコミカライズがあって、こちらはKAIの視点から物語の顛末が語られます。

確かに映画でもKAIがどういう経緯をたどってきたかは、もっと描けそうでした。僕は映画から入りましたが、マンガを読んでから映画を観てもよさそうですね。BLって人と人の関係を描く作品が多いですが、この映画は桐谷やKAIが生きる場所とそれを取り巻く人々の関係にも焦点が当たっていて。BL好きだけじゃなくて、映画好きにも薦めたいですね。

「恋い焦れ歌え」

「恋い焦れ歌え」

もちぎ

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プロフィール

もちぎ

作家。平成初期に生まれたゲイ。2018年10月よりTwitterを始め、SNSに投稿したマンガ「母ちゃん、ゲイに生まれてごめんなさい」が話題を呼ぶ。自伝エッセイ「あたいと他の愛」のほか、実体験をつづったコミック「ゲイ風俗のもちぎさん セクシュアリティは人生だ。」「ゲイバーのもちぎさん」「このゲイとは付き合いたくない!!!」などを発表。小説作品には「繋渡り」「夢的の人々」がある。