「羊の木」吉田大八 / 錦戸亮インタビュー|監督と主演俳優が語る“異物”たちのアンサンブル

振り切った「紙の月」と念願の「美しい星」

──「羊の木」終盤の展開も、まさにそうでした。続く「紙の月」は角田光代さんの小説が原作。若い男性と不倫に陥り、銀行のお金を横領してしまう主婦を宮沢りえさんが演じました(ビデオパスで「紙の月」を観る)。

このときは正直、最初どう関わればいいのかがわからなかった。というのも原作では、いろんなものに追い詰められていく女性の内面がすごく細やかに描かれているでしょう。その機微って読んでいるぶんには面白いんですけど、いざ演出するとなると難しい。極端な話、「監督、これで合ってますか?」と聞かれても、男性の僕は確信持って答えられないような気がしたんです。プロデューサーとそんな話をしていた際、「だったらいっそ、1億円着服した主婦がひたすら逃げる話にしちゃうのはどうだろう」と思い付いて……。

──なるほど。

原作では最後、主人公の梨花という女性が、逃亡先の国境で自ら捕まることを選ぶ。それを匂わせたエンディングなんですが、映画はそこから始めてみたらどうだろうと。つまり最初の3分の1は小説通りの時間軸で、後半3分の2は異国での逃亡劇というね(笑)。ハッタリも含め、まず最初にガンとそっち側に振ってしまって。そこから少しずつ冷静になって、現実的な着地点を模索していった。そうやって最終的に今の形に落ち着きました。

──そして2017年に公開された、前作「美しい星」。キレキレの映像と音楽が満載で、まさに吉田大八ワールド全開の仕上がりでした。原作は三島由紀夫が1962年に発表した異色SF小説で、監督は大学時代に読んでから30年ずっと企画を温めておられたそうですが……。

というか、小説を読んで「これを映画で観たい」と強く感じたことが、映像の世界に入る1つのきっかけだった。だから僕の映画の中では、むしろ関わり方はストレートかもしれません。原作のベースにある核戦争の恐怖を、映画では人口爆発と気候変動に変更したり、時代に応じたアップデートは加えている。でも話の主軸となる家族4人の構成はそのままですし。脚本も、自分としてはスムーズに進みました。好き放題に撮っているようで、「今までで一番原作に忠実だね」という意見も多かったんですよ。

「羊の木」ではちょっと新しいことをやれた

──それでいうと、今回の「羊の木」の脚本は大変でした?

ええ。間違いなく今までで一番難産でした(笑)。自由奔放に拡散する原作のストーリーそのものを2時間の話にまとめるのは、早々にあきらめて。基本の世界観は生かしつつ、どこを抽出して再構築するか、ああでもないこうでもないと……。プロデューサーと脚本家の香川さんと、足かけ2年以上試行錯誤してたんじゃないかな。最終的には主人公・月末一の造形も、元受刑者の人数やキャラクター設定も完全に新しくなっています。

「羊の木」

──話の展開からエンディングにいたるまで、マンガ版とはまったく異なる新しいバージョンになってますね。

それを許容するキャパシティ、懐の深さが原作にあったということですよね。映画版では錦戸亮さん演じる若い市役所職員が、アクの強い受刑者たちの間でひたすら翻弄される。共同体にとっての“異物”に直面し、「信じるか? 疑うか?」という問いを突き付けられます。ご覧になる方もおそらく、彼と一緒に右往左往する感覚を味わえるんじゃないかと。

──観客が普通に感情移入できるという点で、吉田監督のフィルモグラフィでは新しい主人公像ではないですか?

これまではクレイジー気味の主人公が多かったですからね(笑)。もちろん同じ人間が撮っているので、癖が出ちゃってる部分はあると思うんですけど。それでも今回、ちょっと新しいことをやれたなという感覚はありました。

音楽に近付くために映画を作っている

──そういえば劇中、主人公の月末が、木村文乃さん演じる同級生の文たちとバンドの練習をするシーンがあります。殺風景な倉庫に、グランジ風の轟音が鳴り響く。吉田監督の音楽愛が伝わる入魂の演出で……。

あのサウンドは僕の高校時代のバンド体験をわりと反映してるんです。イメージ的には元セックス・ピストルズのジョン・ライドンが1978年に結成した、PIL(パブリック・イメージ・リミテッド)みたいにシンプルで呪術的な感じ。地方都市で暮らす閉塞感や狭い人間関係に対する苛立ちなんかが、伝わればいいかなと。映画全体のバランスとしては明らかに長いんですけど、あえてそこは押し切りました。

「羊の木」

──もしかして、高校時代はミュージシャンに憧れていたとか?

なりたかったですね。才能がないのであきらめましたけど。今も何か1つでも楽器ができる人は、それだけで尊敬してしまう。人間としては相当ダメでも、勝手にステージが上がっちゃうんだよね(笑)。

──実は、吉田監督の映画を観ていると、音楽的な演出だなと感じることが多々あります。ご自分では意識されていますか?

作品を重ねるごと、意識するようにはなってきましたね。僕の場合、自分の映画的な記憶にもとづいて、「ああいう映画が撮りたい」とか「あのシーンを引用したい」みたいなことがあまり考えられなくて……。むしろ音楽に近付くために映画を作っている感覚のほうが強いんですね。代償行為というのとは、またちょっと違うんですけど。

──憧れの度合いで言えば、映画監督よりも音楽家のほうが強かった?

うん。それは間違いなくそう。そもそも僕が映画というものを意識したのは、まだミュージシャンに憧れていた10代の頃で。石井聰亙監督の「爆裂都市 BURST CITY」と出会い、こうやって映像で音楽を表現する方法もあるんだと感動した経験がベースになっているんです。だから自分が映画を撮るときも、それはずっと頭の中にある。単に劇中でバンドに演奏させるとか、好きな曲を被せるだけではなくて……。演技のリズム、カット割り、編集のテンポ感などすべてを音楽的に捉えるやり方が、僕には一番しっくり来る。

錦戸くんと出会えたのは本当に幸運

吉田大八

──前作「美しい星」では渡邊琢磨さんのバラエティあふれる音楽が印象的でした。それでいうと今回、「羊の木」の劇伴はかなり控えめですね。

うん。たぶん「桐島」の次に少ないんじゃないかな。

──でも、むしろ音楽的な要素は強まってる気もしました。主演の錦戸さんと個性的な俳優陣のアンサンブルが、多彩な旋律を奏でているような。

もしそうだとしたら、うれしいですね。そういう作品になればいいなと、どこかで思っていたので。

──音楽的な編集というのは、撮影中から意識されてましたか?

まあ、撮影中は必死でしたからね(笑)。ただ、現場で「こっちのアングルも押さえておこう」とか「この切り返しショットはいらない」というジャッジを下す際、なんとなく完成形のイメージはしていた気がします。今回、出演者の方々からは「演出が細かいうえにリテイク(撮り直し)が多い」とよく言われたんですけど、たぶん無意識に求めている演技の“音程”や“響き”があって。僕の中で細かいチューニングが必要だったんだろうなと。それで言うと今回、錦戸くんと出会えたのは本当に幸運でした。

「羊の木」

──どういうことでしょう?

彼は役者であると同時に、ミュージシャンでもあるでしょう。だから演出していても、どこかセッションっぽい自由さがあるんですね。例えばギタリストと「そのフレーズ、半拍伸ばしてみましょう」とか「そこはリズムの裏を打ってください」と話し合う感覚で、セリフの間合いとかちょっとした表情を細かく相談できました。役作りにしても事前にイメージを固めてしまうのではなく、むしろ現場で相手の演技に耳を澄ませて、それに応じて演技のトーンを細かく変化させていく。「羊の木」では、個性あふれるキャスト同士のアンサンブルを観客に楽しんでもらいたかったので。そういう物語の主人公としては、最高に合っていたんじゃないかなと。

──作品が奏でる不穏で魅惑的な音楽に、自然に溶け込む感じ。

まさに。今回の「羊の木」には、サスペンスやミステリー的な要素もたくさん入れています。そういう要素もぜんぶ引っくるめて、1本の映画から音楽的な何かも感じ取っていただけるとうれしい。監督としてそこはずっと意識してきましたし、かなり手応えを感じています。

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錦戸亮インタビュー

「羊の木」
2018年2月3日(土)公開
「羊の木」
ストーリー

地方の寂れた港町・魚深市に、見知らぬ男女6人が移住してくる。何かがおかしい移住者たち。実は彼らは過疎問題解決に向けた国家の極秘プロジェクトのもと、自治体によって受け入れられた元受刑者たちだった。彼らの経歴は一般市民に明かされなかったが、受け入れを担当することになった市役所職員・月末は、6人全員に殺人歴があることを知ってしまう。そんな中、港で不可思議な殺人事件が起きたことをきっかけに、町の日常が少しずつ狂い始める。

スタッフ / キャスト
  • 監督:吉田大八
  • 原作:山上たつひこ、いがらしみきお「羊の木」(講談社イブニングKC刊)
  • 脚本:香川まさひと
  • 音楽:山口龍夫
  • 出演:錦戸亮、木村文乃、北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯、松田龍平ほか

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吉田大八(ヨシダダイハチ)
1963年生まれ、鹿児島県出身。CMディレクターとして国内外の広告賞を受賞し、2007年に「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」で長編映画監督デビューを飾る。同作は第60回カンヌ国際映画祭の批評家週間部門に招待され、話題となった。その後、「クヒオ大佐」「パーマネント野ばら」を発表。2012年公開「桐島、部活やめるってよ」で第36回日本アカデミー賞最優秀作品賞および最優秀監督賞を獲得し、次作「紙の月」でも第38回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞した。2017年には三島由紀夫のSF小説を映画化した「美しい星」が公開された。