石井岳龍が舞台「デカローグ」に感嘆、ポーランドの名匠が遺した珠玉の10編は“僕らの物語” (2/2)

この機会を逃さないでほしい

──ほかに印象に残った舞台表現はありましたか?

主人公たちをじっと見つめる存在がいましたね。オリジナル版にも登場しましたが、演劇のほうがより存在感がはっきりしていました。すごく好きな演出です。

──亀田佳明さん扮する“天使”ですね。舞台版では全10話すべてに登場します。

ちょっと遠くから黙って見つめている姿が神秘的というか、引き込まれますよね。「ある殺人に関する物語」ではオレンジ色の作業着姿で目立っていて、「ある愛に関する物語」ではなかなか出てこないからドキドキしました(笑)。セリフはないけど「あなたにも見つめている存在が必ずいますよ」と感じさせる重要な役どころ。あの存在を通して“無関心の怖さ”が克明になり、じゃあ僕らはどうしたらいいんだろう?と考えることにつながるんだと思います。

舞台「デカローグ5 ある殺人に関する物語」より、測量士に扮して登場した亀田佳明(左)。(撮影:宮川舞子)

舞台「デカローグ5 ある殺人に関する物語」より、測量士に扮して登場した亀田佳明(左)。(撮影:宮川舞子)

舞台「デカローグ6 ある愛に関する物語」より、荷物を持ち、旅人に扮して登場した亀田佳明(左奥)。(撮影:宮川舞子)

舞台「デカローグ6 ある愛に関する物語」より、荷物を持ち、旅人に扮して登場した亀田佳明(左奥)。(撮影:宮川舞子)

──今後のプログラムでも、どんな姿で登場するのか要注目ですね。ちなみに石井監督が「デカローグ」で一番好きなエピソードは?

ダントツで「殺人」と「愛」です! だから今日は観られて本当によかったです。プログラムAの「デカローグ1 ある運命に関する物語」はちょっとつらいですよね。コンピュータが絡んでくる話で、昨今のAIの問題点にもつながる現代的なテーマだと思いますが。それにしても「運命」で開幕するのは、かなり食らいそうですね……。

舞台「デカローグ1 ある運命に関する物語」より。大学教授の父クシシュトフ(ノゾエ征爾 / 右)と息子パヴェウ(石井舜 / 左)を苛酷な運命が待ち受ける。(撮影:宮川舞子)

舞台「デカローグ1 ある運命に関する物語」より。大学教授の父クシシュトフ(ノゾエ征爾 / 右)と息子パヴェウ(石井舜 / 左)を苛酷な運命が待ち受ける。(撮影:宮川舞子)

舞台「デカローグ1 ある運命に関する物語」より。(撮影:宮川舞子)

舞台「デカローグ1 ある運命に関する物語」より。(撮影:宮川舞子)

──このあと上演されるプログラムDでは「ある告白に関する物語」と「ある過去に関する物語」、プログラムEでは「ある孤独に関する物語」と「ある希望に関する物語」が控えています。

1本1本が濃いものの、最後に「希望」があってよかった。と言っても相当にヒネりが効いた変な物語なんですけどね(笑)。

──「ある希望に関する物語」は1話から9話までの緊張感あふれるタッチとは異なりますよね。ユーモアと人情味のあるエピソードで、個人的には少しアキ・カウリスマキのような雰囲気もあるなと。

喜劇ではありますが、ひと筋縄ではいかない“痛み”も仕込まれていて。ものすごく印象的な作品です。次のプログラムも非常に濃いエピソードばかりですし、ぜひともロングランしてほしいです!

石井岳龍

石井岳龍

──連作のいいところは、いきなり「プログラムD・E」から観てもまったく問題ないことですし、どの演目を観ても新鮮な衝撃を受けられるはずです。

私自身も原作の持つ凄味に改めて驚かされました。キェシロフスキ監督の作品はどれも好きで、たまに観返すんですけど、「デカローグ」は自分の中で“禁止区域”と言いますか。なかなか覚悟が必要で。今回はいいきっかけになりました。

──VODで映画が観られる時代と言っても、今現在「デカローグ」は配信もされていません(※2024年5月時点)。オリジナル版を観る手段がないという人も少なくないですよね。

だからこそ、特に若い人たちにはこの機会を逃さないでほしい。「デカローグ」で描かれている普遍的な問題は、私たち1人ひとりの心のロールシャッハテスト(※代表的な心理検査の1つ)だと思います。キェシロフスキ監督から大きな宿題を突き付けられている感じがします。暗い、つらいと言ったらそれまで。「自分には関係ない」、そう思っている人が「デカローグ」に触れていったい何を思うのか、ぜひ知りたいです。

新作「箱男」のテーマにも通ずる

──石井監督がキェシロフスキ監督作品と出会ったきっかけを教えてください。

まさに「殺人に関する短いフィルム」と「愛に関する短いフィルム」(※いずれもオリジナル版を再編集したロング版)です。日本で封切られた当時、映画館で椅子から立ち上がれない初めての経験を味わいました。それからキェシロフスキ監督の作品はほとんど観ています。

クシシュトフ・キェシロフスキ (写真提供:Miramax / Photofest / ゼータ イメージ)

クシシュトフ・キェシロフスキ (写真提供:Miramax / Photofest / ゼータ イメージ)

──ご自身の映画制作において、キェシロフスキ監督の影響を意識されている部分はありますか?

実は私はキェシロフスキ監督やアンドレイ・タルコフスキー監督などの作品が大好きなんですけど、作る映画はやっぱり全然違う(笑)。自分の映画には内省的な面とラテン的な面があると考えていますが、内省に寄りすぎるとどこまでも落ちてしまうので。根本的なところで重なる部分もあると思うんですけど、それを表現する方法はまったく別ですね。それに日本で「デカローグ」のような作品を製作するのは難しいと思う。まずスポンサーが付かないので自主制作するしかないです(笑)。

──「殺人に関する短いフィルム」も出資を得るのに苦労したようですね。偶然にもポーランドで死刑の是非をめぐる論争が活発化した流れを受けて、なんとか映画公開に漕ぎ着けたと。

やっぱり。命を削って作られたと思いますよ。最近は日本でも優秀な監督さんたちがヘビーなテーマを扱われていますが、私は私のやり方で創作に迫っていくしかない。今までは散々“反逆”してきたんですけど、もう反逆している場合じゃない(笑)。より創造する方向に持っていかないと、と考えています。自分の監督新作「箱男」でも孤立の危険性を描いていて、やり方はまったく違いますけど、今日の舞台と通ずるものを感じました。「箱男」の原作小説は1970年代、「デカローグ」のオリジナル版は1980年代に発表されたものですが、現代でも同じテーマが浮上しているんだと思います。「デカローグ」を通して改めて気が引き締まったというか、勇気付けられました。

石井岳龍

石井岳龍

今後の上演プログラム

「デカローグ7~10(プログラムD・E 交互上演)」

2024年6月22日(土)~7月15日(月・祝)
東京都 新国立劇場 小劇場

チケット料金(税込)
各プログラム:A席 7700円 / B席 3300円
セット券:プログラムD・E(デカローグ7~10)13800円
※セット券は新国立劇場ボックスオフィス(電話もしくは窓口)で販売

チケット購入はこちら


プログラムD

デカローグ7「ある告白に関する物語」

両親と同居している22歳のマイカは、最終学期中に大学を退学。彼女は6歳の妹アニャを連れてカナダに逃れたいと考えていた。実はアニャはマイカが16歳のときに産んだ子供で、父親はマイカが通っていた学校の国語教師ヴォイテクであった。校長であったマイカの母エヴァは、事実が醜聞になることを恐れ、アニャを自分の娘として育てていたのだ。

デカローグ8「ある過去に関する物語」

ある日、大学教授ゾフィアのもとに、彼女の著作の英訳者である大学教員エルジュビェタが来訪。ゾフィアの倫理学講義を聴講した彼女は、議論するための倫理的問題提起の題材として、第2次大戦中にユダヤ人の少女に起こった実話を語り始める。その内容は2人の過去に言及したものであった。

プログラムE

デカローグ9「ある孤独に関する物語」

40歳の外科医ロマンは、同業の友人から性的不能になったと診断され、若い妻であるハンカと別れるべきではないかとほのめかされる。夫婦は診断結果を話し合い、お互いに別れる気はないことを確認するが、実はハンカは若い大学生マリウシュと浮気をしていた。

デカローグ10「ある希望に関する物語」

パンクロックグループのリーダーである弟アルトゥルは、コンサート会場にやって来た兄イェジから、疎遠になっていた父が亡くなったことを告げられる。父が膨大な切手コレクションを残していたこと、そのコレクションに計り知れない価値があることを知った兄弟は、次第に執着を募らせていく。

プロフィール

石井岳龍(イシイガクリュウ)

1957年1月15日生まれ、福岡県出身。1976年日本大学芸術学部映画学科入学後、8mm映画デビュー作「高校大パニック」で注目を浴びる。1980年、大学の卒業制作「狂い咲きサンダーロード」が劇場公開。1982年に自主映画活動の集大成「爆裂都市 BURST CITY」、1984年に商業映画としては初の単独監督作「逆噴射家族」とパンキッシュで激しい作品を発表していく。「逆噴射家族」は第35回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に招待され、第8回サルソ映画祭でグランプリに輝いた。その後も「エンジェル・ダスト」「ユメノ銀河」「五条霊戦記//GOJOE」「ELECTRIC DRAGON 80000V」などを作り上げる。2006年より神戸芸術工科大学教授に着任(2023年3月退任)。2010年に石井聰亙から岳龍へと改名し、新たな映画の創出を目指して「生きてるものはいないのか」「シャニダールの花」「ソレダケ/that's it」「蜜のあわれ」「パンク侍、斬られて候」「自分革命映画闘争」「almost people」の1編「長女のはなし」などを監督。安部公房原作、永瀬正敏主演による最新作「箱男」が2024年8月23日に公開される。