バカリズムが脚本を執筆し、山田裕貴と古田新太が共演した映画「ベートーヴェン捏造」が、明日9月12日より全国で公開される。
本作は、数多の名曲を遺した音楽家ベートーヴェンの秘書シンドラーが、実際は下品で小汚いおじさんであるベートーヴェンのイメージを“聖なる天才”に“捏造”していく物語。山田がシンドラー、古田がベートーヴェンを演じたほか、染谷将太、神尾楓珠、前田旺志郎、小澤征悦、生瀬勝久、小手伸也、野間口徹、遠藤憲一も出演した。監督は数々のミュージックビデオを手がけ、映画「地獄の花園」「かくかくしかじか」でも知られる関和亮が務めている。
映画ナタリーでは、山田・古田・関の鼎談を実施。山田と古田は歴史に名を残す個性的なキャラクターを演じた心境や、コンサート場面やモノローグなど撮影における苦労を告白した。さらに関からは「ずっと観ていられる」という2人のシーンも。バカリズムが描く“今の時代とのリンク”についても語った。
取材・文 / 村尾泰郎撮影 / 間庭裕基
映画「ベートーヴェン捏造」予告編公開中
ベートーヴェンが弱っていく姿を見ていると、だんだん悲しい気持ちになってきて…(山田)
──これまであまり知られることがなかったシンドラーという人物について、山田さんはどんな印象を抱かれました?
山田裕貴 シンドラーはベートーヴェンのことをすごく尊敬していて、だからこそ理想の形でベートーヴェンの人柄や作品を後世に伝えようとしました。その気持ちはわかるんです。でも、それはシンドラーのエゴでもある。映画を観る人によって受け取り方はさまざまだと思いますが、僕はシンドラーのベートーヴェンに対する感情は愛を超えてしまっていると思いました。愛という言葉を使っていいかどうかもわからない。役を演じているときはベートーヴェンに対して尊敬と愛情をいっぱい抱いて接していたのですが、完成した映画を観て「結果、ヤバいことしてるじゃん」と思いました。
古田新太 一言で言えば「キモっ!」ってことだよね。
山田 そうです。そこがこの作品の“キモ”というか。いや、これ狙って言ったわけじゃないですよ(笑)。
──確かに愛情が空回りしすぎてキモいことになっているのがキモですよね(笑)。一方、ベートーヴェンはシンドラーのことなんてなんとも思っていないし、逆にバカにし続ける。古田さんはそんなベートーヴェンをどう思いました?
古田 周りの言うことを聞かなくて、誰に対しても横柄。自分は天才だと思っていて、実際に憎たらしいほど天才。バカリちゃん(バカリズム)の台本のベートーヴェンは、原作よりもわかりやすく“嫌なやつ”だったので、演じていて楽しかったです。とにかく、嫌なやつでいようと思っていました。そうすることで、そんなベートーヴェンのことを愛してやまないシンドラーが一層気持ち悪く見えるだろうと思って。
──古田さんのベートーヴェンはハマり役でした。ベートーヴェンというと肖像画の険しい顔が頭に浮かんできますが、古田さんの顔にはベートーヴェンの肖像画に負けない迫力がありましたね。監督はカメラ越しに見て、いかがでした?
関和亮 もう、完璧でしたね。古田さんは現場でいろいろやってくださったのですが、どれをとっても面白くて“古田ベートーヴェン”のファンになってしまいました(笑)。この映画のポスターでは“古田ベートーヴェン”を絵画調に配置しているんですよ。「ギャグっぽくなるかな」と思ったら、すごくハマっていて。
山田 本家に似すぎてましたよ(笑)。
関 めちゃめちゃ説得力がありましたよね。
──監督は映画化にあたって、シンドラーとベートーヴェンの関係のどんなところを描きたいと思われたのでしょう。
関 バカリズムさんが書いた脚本を読んだとき、ベートーヴェンが亡くなってからのシンドラーがどんどん怖い存在に見えてきたんです。そういう人間の怖さみたいなものが出るといいなと思っていました。ベートーヴェンが生きているときに関して言うと、シンドラーが「ベートーヴェン♡ ベートーヴェン♡」ってすり寄っていくキュートさを出したいなと。そして物語が進むに連れて、シンドラーの見え方やベートーヴェンとの関係性が変わっていく面白さが観客に伝わればいいなと思ったんです。
──シンドラーはどれだけベートーヴェンからバカにされても尊敬し続ける。その一途さがだんだん不気味になっていきますね。
山田 シンドラーはベートーヴェンが作る音楽を心の底から素晴らしいと思っていたんだと思います。だからベートーヴェンの人格に問題があっても、ずっと尊敬し続けたんじゃないでしょうか。彼から泥棒呼ばわりされて、卵を投げられたりしても、ベートーヴェンを気遣う気持ちは変わりませんでした。だから、シンドラーを演じている僕自身もベートーヴェンが病気で弱っていく姿を見ていると、だんだん悲しい気持ちになってきてしまって、自然にベートーヴェンに対する思いが生まれていました。
関 シンドラーも音楽家として才能があった人なんですよね。そのシンドラーが「すごい!」と思うくらいなので、ベートーヴェンはやっぱり天才だったんだと思います。
「第九」は4拍子だけど、指揮するときは2拍子。おもしれー!(古田)
──ベートーヴェンがコンサートで「交響曲第9番(第九)」を指揮するシーンがありましたが、そのベートーヴェンは輝いて見えました。撮影で古田さんは実際にオーケストラを前に指揮をされたそうですね。オーケストラを指揮するなんてなかなかない経験ですが、いかがでした?
古田 指揮の先生にやり方を教わったんですが、「大変だぞ、こりゃ」と。でも、オーケストラがちゃんと乗っかってくれたので助かりました。「第九」は4拍子なんですけど、指揮するときは2拍子でタクトを振るそうなんです。そのほうが力が入るから。やってみると確かにその通りで、「おもしれー!」って思いました。
関 いろいろな角度から演奏風景を撮影して時間も掛かったので、撮影が終わる頃には古田さんの腕はパンパンだったんじゃないかと思います。
──指揮するのも重労働ですよね。監督は音楽の使い方に関して心掛けていたことはありますか?
関 ベートーヴェンの音楽をふんだんに使うっていうのは最初に決めていました。原作者のかげはら(史帆)先生が音楽に精通された方なので、脚本が上がった段階で映画に使う音楽に関する打ち合わせをさせていただいたんです。「この曲にはこういう背景があって……」「なるほど、それはシンドラーの心境に合いますね」みたいな感じで、かげはら先生の意見を参考にしながら曲を付けていったのは新鮮な体験でしたね。
山田 撮影前に、映画で使うベートーヴェンの曲のリストを監督にもらったんです。それを聴いていて、「これもベートーヴェンの曲だったのか!」と驚かされました。
古田 ベートーヴェンって交響曲だけじゃなくて室内楽もけっこう書いているんですよ。ものすごく静かなピアノソナタもあれば、「運命」みたいな激しい曲もある。ちょっと情緒不安定なんですよね。「運命」なんて当時の社会ではあり得ない曲だし。
──あり得ない、というのは?
古田 当時、コンサートホールでクラシック音楽をやるという考え方はなかったんです。たいていは室内楽で、作曲家は演奏者を雇ってパトロンの貴族の前で披露し、ギャラをもらっていた。フルオーケストラでコンサートをやると、全員にギャラを払わないといけないから大変。でも、ベートーヴェンはそれをやっちゃうから話題になるんですよね。
──貴族の屋敷で上品に演奏会をやっていた時代に、ホールで大音量のコンサートをやる。ベートーヴェンはかなりロックな人だったんですね。
古田 周りは上品にヴァイオリンを弾いているのに、ベートーヴェンだけフライングV(エレキギター)をかき鳴らしているみたいな(笑)。だから、普段から小汚い格好をしてたんじゃないですか?
──そう聞くと、ますます“古田ベートーヴェン”はハマり役ですね(笑)。