オンラインゲーム「リーグ・オブ・レジェンド(LoL)」の世界を描いた全9話のNetflixアニメシリーズ「Arcane アーケイン」。現在6話までが公開されており、11月20日に残りの3話が配信となる。
「Arcane」の舞台は、科学力で繁栄する進歩的な都市・ピルトーヴァーと、その下層に位置する貧しい地下都市・ゾウン。2つの都市の確執が再熱したことをきっかけに、大きな渦に巻き込まれていく姉妹ヴァイとパウダー(ジンクス)の運命が描かれる。吹替キャストとして上坂すみれ、小林ゆう、花江夏樹らが参加した。
ナタリーでは映画、音楽、コミックの3ジャンルで横断企画を実施中。第2弾となる今回は、Netflixのアニメ「ULTRAMAN」「攻殻機動隊 SAC_2045」や映画「アップルシード」「キャプテンハーロック」で知られる荒牧伸志に「Arcane」の感想を語ってもらった。40年近くアニメ制作に携わっている荒牧がジェラシーを感じた部分とは?
取材・文 / 小澤康平
最近一番びっくりしたのが「Arcane」の予告編
──今回荒牧さんには、全3章のうちの1章にあたる1~3話を観ていただきました。「Arcane」のことはもともとご存知でしたか?
予告編を観て気になっていました。そのあとすぐに取材のお話をいただいたのでタイムリーでしたね。
──予告編にはどういう印象を持ちましたか?
自分でもCGアニメを作っているので、世界でどんな作品が製作されているのか、常にアンテナを張っているつもりです。その中で最近一番びっくりしたのが「Arcane」の予告編でした。数年前に、原作ゲーム「リーグ・オブ・レジェンド」のプロモーションビデオの制作を手伝ったことがあって、そのときから(ゲームの制作会社である)ライアットゲームズには注目していたんです。
──「一番びっくりした」というのはどんなところに?
筆のタッチを感じられるキャラクターや背景が3Dになっているのが、ルックとして魅力的だと感じました。ゲームのプロモーションビデオではときどき使われていた手法で、自分もやってみたいと考えていたんですが、作品に取り入れるのは難しいと思っていたんです。プロモ映像であればかっこいいシーンのみで構成すればいいので、必要な絵も限られるんですけど、シリーズものや映画となると何気ない場面のための絵も必要。方向性を決めて、設計して、作っていくという手間は膨大です。でも「Arcane」ではそれを実践していて、1話約40分の全9話のシリーズとしてよく作ったなあと。
──実際にアニメを作っているからこそわかるポイントですね。
どうしても作り手側の発想にはなっちゃいます。優れたアニメーターたちが莫大な時間とお金を掛けて作っているのが伝わってきましたし、たくさんのコンセプトアーティストが関わっている印象もあって、少しジェラシーを感じました(笑)。
──ちなみに普段はどんなアニメを好んで観ますか?
けっこうミーハーなので、話題になっているものは観るようにしています。Netflixをはじめとする配信サービスのおかげでいつでも観ることができるのでありがたいですね。去年は「鬼滅の刃」がすごいという話をみんながしていたので観てみたり。最近の作品で言うと、Netflixの「ブライト:サムライソウル」が面白かったです。ウィル・スミス主演のハリウッド映画「ブライト」のスピンオフアニメなんですが、こうやって新しい才能が出てくるんだなと感じました。
人が持っているやわらかさを絶妙に表現
──それでは3話まで観た感想を教えてください。
新しい手法を使ってはいるんですが、違和感なく観られるようにうまく作っていると感じました。CGアニメの画に違和感を抱く人は多くて、作り手としてもそこをどうやって乗り越えるかは常に考えているのですが、「Arcane」はその課題を克服している。1枚のイラストが自然に動いているような画になっているので取っ付きやすいなと思いました。そしてそのイラストもまるで1人の方が描いていると思えるほど統一感があるのが素晴らしい。日本のアニメとは全然違うルックなんですが、筆のタッチが感じられるので日本人にも観やすいと思います。
──確かに自分も自然に観ることができました。
そうですよね。イラストがベースとしてありつつ、ダイナミックなカメラワークやアクションになっていることにはアメリカっぽさを感じますし、日本人にとってのなじみ深さと新鮮さが両立している気がします。ただのセルアニメではないし、リアルさを追求しているわけでもない。バランスが素晴らしいですね。
──「Arcane」は「原作の『リーグ・オブ・レジェンド』をやったことがない人でも抵抗なく観られるように」という考えのもと製作されました。荒牧さんもゲームをプレイしていたわけではないと思うのですが、世界観にはすぐに入り込めましたか?
はい。シーンを緻密に作り上げているのもその理由だと思うんですが、キャラクターの魅力も大きいと感じます。パウダーやヴァイの表情が練り上げられていて、言葉を発さずとも感情が伝わってくる。
──まさに「キャラクターが何も言わないことで何かを語る瞬間がある」ということを制作スタッフは意識したそうです。
やっぱりそうなんですね。ゲームをプレイしていないのでキャラクターに愛着があったわけではないですが、すぐに感情移入してしまいました。髪の毛からも筆のタッチが感じられて、立体の画にそれが残っていると違和感になることもあるのですが、やわらかさと硬さのあんばいがちょうどよくて。人が持っているやわらかさを、リアルには寄せすぎずに絶妙に表現していると思いました。
──なるほど。では「自分だったらここはこうしたかも」と、作風の違いを感じる部分はありましたか?
エフェクトですかね。CGアニメではあるんですが、光、煙、炎などが、手描きのような表現になっているんです。ディズニーアニメに近くて、アメリカで長年使われてきた手法を使っていることにはポリシーを感じました。僕はリアルな表現をしたいタイプなので、エフェクトもできるだけ現実に近付けたいと思うんですが、そういった作風の違いは観ていて面白いですね。
──アニメ全般として、日本とアメリカではどのような部分が大きく異なるんでしょうか?
最近は日本人もアメリカのアニメを観ますし、アメリカ人も日本のアニメを観るので、以前よりは表現が近付いていると感じますが、スタートは違うと思っています。さかのぼると江戸時代の浮世絵みたいな話になりますが、日本のアニメのベースにはマンガがある。あとから色を付けたりはしますけど、基本はラインなんです。でもアメリカのアニメの大元は、油絵などのイラストだと思うんですよね。暗い中にろうそくがあるとしたらここが見えます、という空間の切り取りを光と影で表現する文化じゃないですか。そういう起源的な違いはあると思います。
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遊びの作り込みが“いいアニメ”につながる