「ヒャッケンマワリ」単行本刊行記念
竹田昼メールインタビュー
内田百閒に出会って、描いて、恋をして
2009年から8年かけ、ようやく1冊にまとまった「ヒャッケンマワリ」。本書が単行本デビューとなる竹田昼が、随筆家・内田百閒について考察したコミックエッセイ集だ。内田百閒の著作などに綴られたエピソードを淡々と描いていく独特の読み心地がマンガ読みを魅了し、作家にもファンが多い。コミックナタリーでは単行本の刊行を祝したインタビューを実施。竹田昼のこれまでとこれからに迫った。
竹田昼の描き下ろしイラストが到着
Q. 「ヒャッケンマワリ」は、2009年発売の楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)の創刊号より連載されてきました。足掛け8年にわたり描き続けた作品が単行本化された際の思いを教えてください。また、一番うれしかったのはどんなときだったでしょうか?
A. 毎回まんがを楽園本誌に載せてもらうだけでもひやひやするのに、単行本など出たら恐ろしくて眠れなくなるのではないかと心配でしたが、ありがたいことによく寝られています。
カバーの本紙校正を送っていただいたときはピカピカしていて勿体ないほどきれいでぼうぜんと眺めました。
見本を受け取り、発番されたISBNを確かめ、売上カードを見たときに本が出たことを実感しました。
嬉しさももちろんありますが、勿体ない、空恐ろしいという気持ちが強いです。
Q. 竹田昼さんが内田百閒の作品と出会ったのはいつ頃でしょうか? 初めて読んだ作品の感想と合わせて教えてください。
A. 学生時代に『冥途』を読んだのが最初です。『夢十夜』のようなものをもっと読みたいと思っていたところで、夢を見る感触に似た小説に出会えてとても嬉しかった覚えがあります。当時は怖い夢を文章やまんがにするにはどうしたらいいかばかり考えていたので、不穏に始まり唐突に終わる短編集『冥途』はとても鮮やかに見えました。
Q. 内田百閒の交友関係や趣味から一緒に暮らした猫まで、微に入り細に入り描かれた「ヒャッケンマワリ」。ページからあふれんばかりの内田百閒への愛が感じられますが、内田百閒のエッセイマンガを描こうと思った理由を教えてください。
A. 牛込神楽坂で働いていたころ、昼休みに新宿区立中町図書館のあたりをぶらぶらしていたら宮城道雄記念館があり、興味がわいて中に入りました。そこで見た百閒先生の手書き原稿から、二人の交友に興味を持ち、二人の随筆をじわじわ読んでいくうちに絵にしたいと思いました。宮城道雄は優しげな姿、百閒先生は独特の風貌ですが形をとらえてみたくなる輪郭と体つきで、そんな二人のやりとりがひどく面白く、コマを割って会話をさせたいと思ったからです。
Q. 内田百閒の一番の魅力はどこだと思いますか?
A. レトリックです。よけいなところをぐるっとまわって最後にストンと落ちるあの感じがとても気持ちよく、可笑しく、狐につままれたような浮遊感があります。それはとても絵にしにくいもので、自分のまんがでは十分に伝わらないおそれがあります。ちょうど中公文庫さんから『大貧帳』が出たりしていますので、まだあまりたくさん百閒作品をお読みでないかたはぜひ。
Q. 「ヒャッケンマワリ」を読んで、内田百閒の周囲の人も、とてもユニークで魅力的ばかりだと知りました。内田百閒以外で、竹田昼さんのお気に入りの登場人物は誰ですか?
A. ヒマラヤ山系氏です。最初はあまりイメージがはっきりしていませんでしたが、本人の著作を読むうちに、百閒先生が彼をおともに連れて行った理由を妄想できるようになりました(理解できるわけではありません)。目から鼻に抜けるようなはしっこさはなく、文章は素直で飾りけもなく、服装や髪形や持ち物に隙があります。何時間でも百閒先生とお酒を飲み、並んで列車に乗り続けます。こういう人だから百閒先生は旅に連れていったんだろうなと想像できて、じわじわと好きになっていきました。
Q. 「ヒャッケンマワリ」の単行本には、楽園第1号から第24号までに描かれた全25編が収録されました。第25号以降も「ヒャッケンマワリ」は続いていくのでしょうか? もしくは新作がスタートするのでしょうか?
A. 『ヒャッケンマワリ』は続きませんが、百閒先生に関して何か描きたいことができたら編集人の飯田さんに相談すると思います。
新作はまだ決まっていません。いまだにぼうぜんとしています。方向性を模索しながらしばらくウロウロしている見込みです。
Q. 「ヒャッケンマワリ」全25編の中で、お気に入りのエピソード、または印象深いエピソードを教えてください。
A. 青年日本号のくだりが楽しかったです。
取材になるかならないかわからないまま東大駒場博物館のダンヌンツィオ展を見にいきました。百閒先生が法政大航空研究会で日本からイタリアまで飛行機を飛ばした少し前くらい、イタリアの詩人が日本まで飛行機を飛ばす計画(未遂)があったというので、どんなものか見にいったんですが、その詩人の自宅の庭に軍艦が据え付けてある写真などが展示されていて、当初の目的とは違うところでインパクトを受けて帰ってきました。
そうやって迷走しながら、苦手なメカをふにゃもにゃ描いたのが印象に残っています。
Q. 独特のタッチが魅力の「ヒャッケンマワリ」。どんな道具を使って、どのようにマンガを描いているのか教えてください。
A. アナログです。画材はコピックのドローイングペンと、コピックスケッチのグレーです。
最初は食卓で描いていたので、つけペンが使えませんでした。
途中から、食卓以外の場所で作業できるようになったので、主線をGペンにしました。
また食卓に戻ることになったら、ドローイングペンに戻さないといけません。
コピックスケッチは同じグレーの濃度ちがいを五段階ほど揃え、隣り合った図形を二段階以上の差がある濃度で塗りたいと思いながら塗っています(実際はそのようにできていません)。
Q. 「ヒャッケンマワリ」の単行本発売で、初めて竹田昼さんを知った読者もいると思います。これまでの経歴を教えてください。
A. 八年前から「楽園」で描いていますが、単行本が出るのはこれが初めてです。
Q. 今後描いてみたいテーマや人物を教えてください。
A. 明治期後半から戦後あたりまでの東京の建物や流行をたくさん描けて楽しかったので、近代の東京やその前の近世の風俗をもう少し絵にしてみたいです。
あと恋愛ものにみえる恋愛ものをいつか描きたいです。
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楽園表紙クロニクル
- 楽園 Le Paradis [ル パラディ]第25号
- 発売中 / 白泉社
中村明日美子、蒼樹うめ、木尾士目、久米田康治、シギサワカヤ、水谷フーカ、かずまこを、鶴田謙二、宇仁田ゆみ、沙村広明、kashmir、位置原光Z、黒咲練導、志摩時緒、迂闊、犬上すくね、あさりよしとお、panpanya、鬼龍駿河、竹田昼、平方イコルスン、黒井緑、武田春人、幾花にいろら豪華執筆陣が揃って描き下ろし!
- 竹田昼(タケダチュウ)
- 広島県生まれ。会社勤務の傍ら、2009年より楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)で短編マンガを描く。