メロディ特集 第1回「大奥」|よしながふみ×テレビ東京プロデューサー佐久間宣行

私、読者です。ずっと読者です(よしなが)

──よしながさんはマンガ家として、佐久間さんはテレビ局のプロデューサーとして、それぞれエンタメ作品を作っています。作品に関わる人数や表現媒体などに違いはありますが、おふたりはどんな作品を作りたいと思って日々制作しているんでしょう?

佐久間 例えば売れる前の芸人が僕の番組に出て人気が出る、というように、関わった人の人生が変わったりすることが多いんです。だから少なからず、出演してくれた人が人生得するようにしたいとは考えながら番組を作ってますね。ただ、僕はどっちかというと自分を作り手だとはあまり思っていなくて……なんて言うんでしょう、楽しいものや面白いものが世の中に増えたほうが自分の人生が楽しい。だから面白いものが増えるきっかけになるといいなと思って番組を作ってます。めっちゃ自分のためです。

よしなが あ、わかる。すごくわかります。私、読者です。ずっと読者です。よくマンガを読むことと描くことは真逆のように言われるんですが、私は「どっちもマンガを読んでるじゃん」って思うんですよ。描くときに自分のマンガを読んでるわけですから。基本的にはただひたすら自分の読みたいものを描いてます。編集者さんに自分の読みたい物語を話して、編集者さんがそれが商売になるって思えば依頼されて掲載していただけるって感じでお仕事をしてきたので、基本的には私は消費者でしかない。

田沼意次と平賀源内。

佐久間 そうそう。面白い人が売れてもっと作品を作ってくれたり、まだ日の目を見てない作品が世の中に広まったりすると、回り回って自分の人生が豊かになる。例えば「このお笑い芸人面白いよね」って番組で紹介して、それを観た若い子がお笑い業界に入ってくれて、もっと面白いコントを作ってくれる、みたいな循環。究極的に言うと、やっぱり自分のために作ってます。

よしなが 「大奥」なんて、本当はほかの人が描いてくれたらそのほうが全然楽なんです。ほかの先生に「これ描いてください」って言っていろんなところで話したんですけど。担当さんに「大奥」のあらすじを3時間くらい全部話して、描いてほしい先生の具体名まで出して「お金とるとか言わない。全部タダでいいから、担当さんが思いついちゃったって体であの先生に相談して描いてもらえまいか」って言ったら「そんなの自分で描いてください」って。

佐久間 あはは(笑)。「こうやったら面白いのにな」って思いついちゃって、でも誰もやってくれないから自分でやる、っていうのはありますよね。

よしなが そうそう。本当はどなたかが供給してくれれば、ただただ読んでたいんですけど。自作するしかない。佐久間さんもたぶん、受け手としてエンタメが大好きなんでしょうね。

佐久間 はい。今は作り手と受け手の両方をやっていますが、作り手でいる時間は人生の中の何十年かもしれない。でも受け手は死ぬまでやってて、たぶん死ぬ直前までマンガを読んだり映画を観たり、本当にいろいろなもののファンでいると思います。

よしなが (頷きながら)そこについてはまったく同じですね。ひたすらマンガを読んでいたい。たまに「そんなにいっぱい描いてたら、マンガ、嫌になっちゃわない?」って言われるんですけど、全然そんなことないんです。マンガ家になってからのほうが献本も来るので、よりいっぱい読んでしまって……。本当に浴びるように読みます。マンガに関してはちょっと、人から「お酒の中毒に近いね」って言われてて。

家定と胤篤。

佐久間 はいはい。

よしなが 買い物で両手が塞がっているのに、本屋さんを通って新刊が出てると、逆にうんざりしちゃうんですよ。買うって選択肢しかないから。「え、こんなに荷物持ってるのに、私はこれを持って帰らなきゃいけないんだ」って、もうワクワクとかじゃない(笑)。でも、マンガと目が合ったら買わないわけにはいかないですから。

佐久間 わかります。僕も最近、聞かれるとちょっと困る質問があって。「佐久間さんはそんなに忙しいのに、どうやってエンタメ作品をインプットしてるんですか?」って言われるんですけど、いやいや、インプットと思ってやってないから(笑)。

よしなが そう! マンガの勉強しようと思ってマンガ読んでない!

佐久間 「どうやって時間作ってインプットしてるんですか?」って聞かれると、心の中では「お腹空いたらご飯食べるよね?」というくらいの気持ちでいますが、テクニックとしての時間の作り方をしゃべります(笑)。本当に、好きだから観たり読んだりしてるだけなんですよね。面白い作品がたくさんあるから。

よしなが ええ、マンガはすごいですよ。子供の頃からマンガ読んでますけど、ずーっと面白いですもん。

佐久間 あ、本当ですね。邦画とかは調子の良いときや悪いときがあったりするのに、マンガはずっと面白い。

よしなが 1人で作れるのが大きいなと思ってます。景気とかにまったく左右されないので。

この1作で白泉社とは終わりかもしれない、と思いながら
「愛すべき娘たち」を描いた(よしなが)

──この対談は、「大奥」の連載誌・メロディの連載特集の1回目なんです。佐久間さんはメロディ作家の作品を読んだことありますか?

佐久間 もちろんあります。清水玲子先生の「秘密」、日渡早紀先生は「ぼくの地球を守って」「未来のうてな」、「ぼくは地球と歌う」。よしなが先生以外で、一番読んでるのは樹なつみ先生かもしれない。「OZ」「八雲立つ」「獣王星」「花咲ける青少年」……全部持ってますね。

──ほかにも成田美名子さん、ひかわきょうこさん、河惣益巳さん、高橋しんさん、斉木久美子さんらそうそうたる顔ぶれですよね。よしながさんは、どういうきっかけでメロディに?

「愛すべき娘たち」

よしなが 友人の旦那さんが、メロディの編集さんだったんです。それで「西洋骨董洋菓子店」が終わったくらいのときにお会いして。たぶんメロディを立ち上げてすぐくらいで、大人向けの雑誌ができたので1本どうですか、みたいな流れだったと思います。それで「愛すべき娘たち」を描かせてもらいました。そもそも私、白泉社のマンガが大好きなので。「日出処の天子」「綿の国星」「ガラスの仮面」「紅い牙」「スケバン刑事」「パタリロ!」「エイリアン通り」「ツーリング・エクスプレス」……まさにその先生方がメロディで描いてらしたので、「同じ雑誌で描ける!」という気持ちもありました。

──「愛すべき娘たち」は2002年から2003年にかけて連載された作品ですが、このたび重版が決定したと聞きました。17年前の単行本が、いまだに読み続けられ、買われ続けているという。

佐久間 すごい!

よしなが ありがたいの一言です。でも描いたときは、十何年も経てば世の中はもっとよくなってるって信じてたんです。読まれ続けている理由が、今でも「愛すべき娘たち」で描いた女の子たちの不満や悩みが大して変わってなかったからだったらどうしよう、って切ない気持ちにもなりますね。

佐久間 それはよしなが先生が普遍的な問いをしてるからだと思います。世の中の問題がまだ解決されてないってのももちろんあると思いますけど。誰もちゃんと声に出してなかった問題から目を背けずに描いたから、17年後の今でも色あせてなくて読み続けられてるんでしょうね。

「愛すべき娘たち」第3話より。

──読み返してグッときたのが、第3話の莢子(さやこ)の話でした。恋愛ができない女性の苦しみと決断を描いていて、もしかしたら莢子はアセクシュアルと呼ばれる、他者に恋愛感情や性的欲求を抱かないセクシャリティなんじゃないかと。近年耳にするようになった言葉なので、17年前にもうマンガで描かれていたことが驚きで。

よしなが そうですね、莢子は誰のことも好きにならない人なのよ、という話でした。アセクシュアルという名前がついて、そういう人々がいらっしゃると認知されるようになったのは大きいなと思います。

佐久間 名前がない、つまり目を向けられてないものを取り上げたりしてるから、今読んでも古びないんでしょうね。よしなが先生はどういうときに物語を思いつくんですか?

よしなが 「愛すべき娘たち」は、ほぼエッセイみたいなものなんです。描いたときは、「果たしてこれはエンタメなのかな」って思いました。自分の考えてることを正直に描いたし、同じことを考えてる人もたぶん世の中に何人かはいるけど、それがマンガの市場でどれくらい受け入れられるのだろうと。母と娘の話、誰も好きにならない女性の話、学生時代の女友達の話のどれも、何か1つ取り上げれば先達の作品にたくさん素晴らしいものはありますし、どれだけの人が「愛すべき娘たち」を読んでくれるかわからなかった。この1作で白泉社とは終わりかもしれない、と思いながら描きました。

佐久間 僕の持ってる単行本は初版ですよ。「2003年12月24日発行」って書いてある。

よしなが 本当にありがとうございます。たぶん私が不安で押しつぶされそうだったときに買っていただいてる(笑)。

佐久間 「愛すべき娘たち」がエッセイのようなもの、とおっしゃいましたけど、エッセイそのものは描かれないんですか? よしなが先生の対談集が面白かったので、読んでみたいなと。

よしなが 日々起こってることは、全然面白くないんですよ(笑)。あと今の私は「きのう何食べた?」がほぼエッセイで。人としゃべってて、「あーそうそう!」とか「うちの親もね」みたいな会話をほぼ「何食べ」に使っちゃってますね。「うちの母親が弟ばかりかわいがる」みたいな話が和宮のお母さんのエピソードになったり、意外と「大奥」に落とし込んでることもあります。

「大奥」17巻より。

佐久間 あー、なるほど! 先ほど「大奥」があと1巻で完結とおっしゃってましたけど、「大奥」とか「何食べ」とか長期連載をされてる間に、どっちかがちゃんと完結したらこれを描こう、みたいな次の作品のネタが生まれたり消えたりするものなんですか?

よしなが たくさん生まれはしないんですけど、あんまり消えないほうかな。次やろうというストーリーが1つありますね。ラストまでだいたい話を決めてます。

佐久間 「大奥」は16年、「何食べ」も10年以上続いてるじゃないですか。このくらい長いものの連載が終わったら一旦燃え尽きる方もいらっしゃると思うので、よしなが先生はどうなのかな、と思ったんですが……ファンとしてはうれしい限りです。

よしなが こんなに長く連載したことないんですけど、心持ちとしてはいつも「これで燃え尽きてなんの作品も描けなくなってもいいってくらい出し切ろう」と思いながら描いてます。ただ、連載の何が楽しいかって、終わらせる瞬間が楽しい(笑)。

佐久間 へー!

よしなが 「西洋骨董洋菓子店」が初めてその楽しさを味わった作品で、こんなにゾクゾク楽しいものかと。だからもう、終わらせちゃいたくなりますね(笑)。伏線を回収したり、描かなきゃいけないことを全部やって、なんとなくミステリーのオチを描いたようなすっきりした気持ちにいつもなります。

佐久間 なるほど。

よしなが 謎解きを全部して、終わる。カタルシスがありますね。「大奥」もやっと終わりが見えてきて、長かったなーって。

──「大奥」は現在、よしながさんの最長連載なのでカタルシスもすごそうです。

よしなが 本当に。あと何回か描くんですけど、今からじわじわと楽しくて。今、とっても楽しい(笑)。


2020年9月4日更新