あまりにも意次が不遇だから「俺は好きでいよう」(佐久間)
──よしながさんがメロディ(白泉社)で2004年から16年連載している「大奥」について伺っていきます。「大奥」は2010年から2012年までにTVドラマ化と2度の映画化が行われたほか、ドラマCD化も果たしています。おふたりともエンタメ好きという共通点がありますが、もし「大奥」がまたメディアミックス化されるとしたらどんな形態が楽しそうだと思いますか?
佐久間 難しいですね。僕は治済(はるさだ)を主人公に置き換えて、治済と周りの人物の物語にしてNetflixで10話連続とかで一挙配信してほしいです。めちゃくちゃ面白いピカレスクものになりそう。
──久々の男将軍となった11代将軍の家斉(いえなり)の母親で、多くの人を毒殺したあの怪物のような治済を主人公に。
佐久間 ええ。サイコパスなのかソシオパスなのかわからないですけど、治済に翻弄された家斉や御台所も描いたらもう「ゲーム・オブ・スローンズ」みたいになるんじゃないかと思います。
──確かに壮大な群像劇になりそうです。よしながさんはいかがですか?
よしなが TBSでやっていただいた「大奥」のドラマ版がすごく好きだったんですよね。だから連続ドラマでまた観たいなという気はします。本当に妄想なんですけど、1年くらいかけて全部やるやつ(笑)。
佐久間 大河みたいな感じで。
よしなが そうです。1983年版のTVドラマ「大奥」みたいに、もう大奥ができたところから滅びるまでをいろんな役者さんが演じて、最初のお万の方と終盤の胤篤(たねあつ)は同じ役者さんで。
──男女逆転の「大奥」は登場人物もたくさんいて、それぞれのエピソードもドラマチックなので1年かけてじっくり流してほしいですね。おふたりが「大奥」で印象に残ってるキャラクターは誰ですか?
佐久間 平賀源内がすごく好きですね。あとは田沼意次、吉宗。ほかにも家定とか胤篤とか、いっぱいいます。
──平賀源内はどんなところが?
佐久間 本当にキャラクターとして大好きです。僕、よしなが先生の「大奥」の源内だけじゃなくて、そもそも平賀源内がずっと好きなんですよ。昔、TBSで「翔んでる!平賀源内」って時代劇をやってたんですけど……。
よしなが はい、はい! 観てました、「翔んでる!平賀源内」。すぐ実験に失敗して爆発しちゃうんですよね(笑)。
佐久間 そうです(笑)。西田敏行さんが源内を演じてて。源内は……なんて言ったらいいんだろう、ちょっとパンクな感じが魅力的なんですよね。「大奥」ではどんな描き方をするんだろうって思ってたら、無邪気さがありながら人間としてダメなところもあるって描き方で、すごくいいなーと思ったんです。
よしなが 平賀源内って、自分でまったく隠してないんですけどガチゲイなんですよ。吉原の男色専門の陰間茶屋のランキングブックとか出していて。面白い人です。
佐久間 へー!
よしなが ゲイで、江戸の人たちにすごく愛されてて、当時すごく有名な歌舞伎役者と付き合っていた。それをそのまんま女の人にしたのが、「大奥」の平賀源内です。
──だからレズビアンなんですね。その源内が惚れ込んだのが、老中・田沼意次。佐久間さんは意次も印象深いと言ってましたね。
佐久間 はい。意次の子供の意知(おきとも)を殺した佐野政言の墓が、「佐野大明神」「世直し大明神」って町人に祀られるじゃないですか。
──田沼意次が飢饉を起こしたとか、田沼母娘だけが贅沢三昧してるとか江戸中で悪評が広がっていて、意知を殺した佐野政言が崇められるシーンですね。「大奥」で田沼意次は人格者として描かれていて、赤面疱瘡の撲滅にも尽力してという大人物なのに……。
佐久間 そう、普通はもうちょっと救いがあるように描くよなあと思ってすごく心に残ってるんです。いや、そういうところが好きなんですけど。
よしなが 私も100%オリジナルのストーリーだったら、あそこまで描けるかどうかちょっと自信ないですね。歴史もののいいところは、本当にあったことなので思い切りよく描けるというか。
佐久間 なるほど。変な話ですけど、あまりにも意次が不遇だから「俺は好きでいよう」と思っちゃったのかもしれない(笑)。それに今まで教科書で読んだり歴史小説とかに出てきたりした田沼意次という人物像と、「大奥」の田沼意次が全然違ったのでかなり印象深いんだと思いますね。
──教科書だと「白河の清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき」という狂歌のように、賄賂が横行していた田沼時代と、厳しい統制・倹約の寛政の改革を進めた白河藩主・松平定信との比較もあって、田沼意次は政治腐敗と結びついている印象があります。私も「大奥」での田沼意次の描かれ方は新鮮でした。
よしなが 実は歴史でも田沼意次って悪いエピソードがない人なんですよ。「こういう傲慢なことをした」とか「こういうひどい人だった」という史実が探しても出てこなくて「じゃあなんで失脚したんだろう」と考えたときに、これは結局嫉妬だなと。身分が硬直化した時代で、意次は珍しく成り上がった人物。そういう人は、やっぱり危ういんです。何かでつまずくと一気にガーっと嫉妬の矢が降ってくるので。息子を殺されたのに「殺されるぐらい恨みを買うようなことをしてたんだろう」と思われてしまう。重用されたのも「有能だからじゃなくてずるいやり方で人を押し除けたに違いない」とか、みんな心の中で思っていたものが噴出して失脚してしまった。私はそれをすごく「人間の世だなあ」と思いました。
9代将軍の家重が、将軍の中では一番好き(よしなが)
──よしながさんは、ご自身で描いていて印象的な人物は誰ですか?
よしなが 9代将軍の家重ですね。将軍の中では一番好きです。
佐久間 へー!
よしなが 家重は史実でも体が不自由で言語が不明瞭で、かなりあからさまに家臣たちからも馬鹿にされていたらしいんです。でも将棋が好きで、強かった。将棋ができたということは、明らかに家臣が何を言っていたかわかると思うんですけど、言い返すことができず家臣たちを罷免することもできない。その切なさと悔しさみたいなものに惹かれます。マンガの中で家臣に「せめてご気性くらいお優しくあっていただきたいものだけれどね」と言わせてるんですけど、「こんな状態じゃ性格がよくなるわけないじゃん!」と思ってました。
佐久間 なるほど。
よしなが でもほら、田沼意次が家重のつらさを理解してくれるでしょう。史実でも田沼意次は家重にすごくよく仕えたってことで出世の足がかりを掴むわけですから、きっと家重にとっても救いだっただろうなと思って、マンガにもそのエピソードを描いてます。
佐久間 そう考えるとやはり意次の晩年は不遇ですね……。
よしなが 家重の娘で、10代将軍の家治(いえはる)がもう少し長生きしてくれたらまだなんとかなった気もするんですけど、急死をしてしまったので。そこが不運でしたよね。
佐久間 「大奥」を読んでいると「え、今死ぬの!?」ってこと、よくあるんですよ。「ここで死ぬのは残酷すぎるだろう!」みたいな。本当に史実なのか確かめちゃったりします(笑)。
よしなが そうそう、本当に歴史ってひどいんですよ。けっこうすごいタイミングで死んじゃう。さっきも言いましたが、自分のオリジナルのストーリーだったらなかなか描けないタイミングばかりで。
佐久間 13代将軍の家定と胤篤のエピソードなんかまさにそうでした。いや、大河ドラマの「篤姫」とか観てるので家定の死は知ってるはずなんですよ。どのタイミングかもわかってるのに、「大奥」を読むと「ちょっと待てよ、それはないだろう」と思っちゃって。
──家定が懐妊して、胤篤と心が通じ合って……という、ラブストーリーの絶頂のような瞬間から一転でしたね。
よしなが ねえ、ひどい話ですよね。
──そういった主人公格のキャラクター造形はもちろんなんですが、よしなが作品の特徴は、1ページしか出てこないようなモブキャラにもそのキャラの人生があるというのが読み取れるところだと思っていて。例えば3巻に出てきた魚売りの女は、数ページだけの存在なのに人物像に深みがあるというか。
よしなが そうですか、ありがとうございます。実際、人と接していてもその人のふとした仕草や一言が、その人の人生の背景をわーって語ってくれる瞬間がある気がしていて。友達と楽しいことをしゃべっていて、なんともなしにさらっと言った言葉がその子の生きてきた人生を感じさせる、みたいな。そういう瞬間が好きなので、ネタとして集めがちかもしれないです。
──そういう会話を覚えているってすごいですね。マンガ家さんにインタビューすると、すごく記憶力がいい方が多い印象なんです。学生時代のことを映像として覚えている方とか、ちょっとした出来事で感じた思いをずっと覚えてる方とか。お話ししていると、よしながさんもそんな印象を受けます。
よしなが はい、割としつこく覚えているタイプです。マンガとかドラマとかのストーリーもかなり説明できるほうで、例えば今、美内すずえ先生の「黒百合の系図」の話をしろって言われたら、たぶん聞いた人が読んだ気になるくらい詳しく話せると思う(笑)。
佐久間 わかります(笑)。僕も配信ドラマで同じことができて「もう観なくてよくなっちゃった」って言われます。
よしなが そう! そうなんです!
次の19巻で「大奥」は終わる(よしなが)
──「大奥」はお仕事マンガや百合、歴史もの、SF、伝染病ものといろいろな側面を持つ作品です。佐久間さんが、あえて「大奥」の一側面を推すとしたら?
佐久間 うーん、僕はやっぱり、権力と運命に抵抗する人たちのドラマという感じで読んでますね。だから平賀源内たちが赤面疱瘡を撲滅しようとした医療編ではその辺がダイナミックに描かれてて、もう「ここがクライマックスだ!」というテンションで読んでました。
よしなが 描くほうにとっても、まさにそこを乗り越えられるかが鍵だったんです。10巻から12巻までの赤面疱瘡を根絶するエピソードは一番オリジナル要素が強いところで、ここが描けたら後半もいけるはずだ、と。
佐久間 最初に「大奥」を始めるとき、「これは描き終わるのに10年以上かかるだろうな」と思ってたんですか?
よしなが それがすごく舐めてて。最初からストーリーもだいたい決まってたんですが、「5巻くらいじゃない?」って。
佐久間 え、5巻?
よしなが 後から聞いたらアシスタントさんたち全員、心の中で「5巻で終わるわけねーだろ!」ってつっこんでたって(笑)。
佐久間 そりゃそうですよ! 「フラワー・オブ・ライフ」だって全4巻ですからね。高校1年生の1年間の話なのに(笑)。「大奥」なんて江戸時代の初期以外ほぼ全部じゃないですか。
よしなが 私も途中で「5巻は無理だった、10巻くらいかなあ」って思ったんですけど、10巻でも終わらなかった(笑)。ただ、10巻を越したあたりから「これは20巻行かないで終わりそう」って思って、ちょうど次の19巻で終わることになりました。
──1年ぶりの新刊となる18巻では家茂(いえもち)と和宮(かずのみや)の物語を軸に、王政復古の大号令など江戸時代がいよいよ終わりに近づきます。「大奥」の後半では、史実と性別が逆転したキャラと本来の性別のキャラが入り乱れてますが、家茂と和宮を女性にしたのはどんな理由だったんですか?
よしなが 和宮を女性にする、というのは最初から決めてました。明治維新につながったときに生きていた人たちは、なるべく史実のままの性別にしたいと思ってて。家茂が最後の女将軍というのも決まってましたね、慶喜で本来の男将軍に戻すと。
佐久間 うわー、なるほど。
──「大奥」では吉宗と加納久通、綱吉と柳沢吉保、家定と阿部正弘というふうに女同士の関係が多く描かれましたが、まず主従関係でつながっていた面がありました。家茂と和宮は女性同士の夫婦で、恋愛ではないけどお互いをすごく大事に思い合っている、新しい関係性だなと。
よしなが 家茂を調べてみると、とにかくすごくいい人だったみたいなんですよ。大奥でも人気があったし、孝明天皇からも愛されて、勝海舟も家茂が大好きで家茂が死んだときに「徳川家本日滅ぶ」と書くくらい、会った人みんな家茂を好きになっちゃう。和宮に対してもまったく威張らなくて、自分が下座に座って、京都から来た和宮に一生懸命優しく接して。結局、和宮も上様のこと好きになっちゃうわけです。だからマンガでも素直にそう描こうかなと。
佐久間 家茂と和宮の関係、すごく好きですね。
よしなが なんか男女のことは家定と胤篤のところでやり尽くした感があったので、編集さんとも「次は女2人の新しい関係を描きましょう」と話しましたね。描いてみたらかわいかったです、家茂と和宮。
──家茂の性格もかわいいし、和宮がどんどんほだされていくところもかわいいですね。
よしなが これが男の人同士でも、私たちオタクは大好物なんですよ。恋愛までは行かないけど、友情というにはもうちょっと踏み込んだ絆のようなものが2人の間にあるとめちゃくちゃよくないですか?
──ブロマンス、萌えますね。女性から女性への恋愛だと、綱吉を思う柳沢吉保が読み応え抜群で。
よしなが あれははっきり同性愛でした。私は最初、綱吉のことを「犬公方」としか知らなくて全然好きじゃなかったんです。さっさとページも短めに終わらせようと思ったら、すごく長くなっちゃいました。
佐久間 よしなが先生の筆が乗ってくるにつれ、エピソードが盛り盛りに?
よしなが そうです。万事そんな感じだから最初は5巻で終わるとかほざいてた訳です(笑)。女同士もいろいろあるっていうのが描けて、「大奥」は面白かったですね。きっとこれから女の人たちがいっぱい社会に出て、女同士の社長と秘書さんとか、女性の課長同士とか、現実でもいろんなバリエーションでブロマンスっぽい関係が見られるようになると思いながら描いています。
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2020年9月4日更新