コミックナタリー Power Push - 「黒執事 Book of the Atlantic」
人気キャラが総登場で大騒ぎ! まさに“劇場版”な「豪華客船編」の裏話を原作サイドが明かす
枢やな原作による劇場アニメ「黒執事 Book of the Atlantic」が1月21日に公開される。単行本11巻から14巻にかけて展開された「豪華客船編」をアニメ化する同作は、死者蘇生の秘密を巡り、豪華客船・カンパニア号にて巻き起こる騒動が描かれる。
映画の公開を記念し、コミックナタリー、音楽ナタリー、映画ナタリーでは横断特集を実施。コミックナタリーでは、枢やなの担当編集である熊剛氏にインタビューを行い、さまざまな映画作品を参考に演出したという「豪華客船編」執筆時のエピソードから、見どころ、今後のメディア化への展望まで語ってもらった。
取材・文 / 坂本恵 撮影 / 佐藤類
作画的には1人のマンガ家が月刊連載で描くレベルを超えている
──「黒執事 Book of the Atlantic」は単行本11巻から14巻の「豪華客船編」が原作にあたるということで、執筆当時のことから振り返っていければと思います。以前のインタビューで熊さんは「『劇場アニメっぽいものを次の連載で勝手に描こう!』って感じで作ったのが『豪華客船編』だった」とお話されていました(参照:ミュージカル「黒執事」特集、枢やな担当編集・熊剛氏インタビュー)。
当時のことをもう少し詳しくお話すると、「サーカス編」の劇場アニメ化の話が途中まであったんですけど、流れちゃったんですね。それで落ち込んだわけでもなかったんですけど、当時経験したことがなかった劇場アニメというものに対するモチベーションは枢さんの中にあって、次の章で何を描こうかっていうときに出てきたのが「豪華客船編」だったんです。「黒執事」ってストーリーの本質は最初から決まっているんですけど、その話が進んでいくうえでの舞台設定は改変可能なので。それが、本人が言うところの「『豪華客船編』で私の中の劇場版が始まる」という表現だったんですけど。
──舞台設定を劇場アニメ風にしたんですね。
よくよくその言葉の意味を思い出していたんですけど、よく子供のときから観ていたような、お正月とか夏休みとかに上映している劇場アニメって、ひとつド派手な舞台があって、人気キャラクターが入り乱れて大騒ぎ!みたいな感じじゃないですか。そういうものを連載でやろうとしてたんですよね。「黒執事」の舞台は19世紀の英国なので、一番派手な舞台というと、やっぱ船だろうと。海だろうと。当時の英国は海洋国家で、海を統べたことによって一番勢いのある国だったので。
──蒸気機関の船は、当時の最先端だったと。
そうですね。あと豪華客船はお金持ち階級の人たちが乗るものなので、絢爛さも兼ね備えられますし。ただ、そのままだとただの歴史ロマンになってしまうので、悪魔と人間の話から始まる「魂とはなんぞや」「人の命とはなんぞや」という部分も描いていかないといけない。もし豪華客船が舞台じゃなかったら、1人の死者の魂をどうするかって話をオカルトサスペンスみたいに描いていたかもしれないんですけど、豪華客船が舞台なので、もう1体や2体の話ではなく、ゾンビを大量に、パニックムービー風に描いていこうと。
──確かにいろんな映画の要素が入っていて、まさに“劇場版”ですね。
ただマンガ家はマンガで描くので、あとは本人の死ぬ気の努力ですよね。僕は止めましたからね!(笑) これは声を大にして言いたい!
──決して熊さんが無理に描かせたわけではない、と(笑)。
そう。「う、海はやめよう……?」って。
──ははは(笑)。海の作画はやはりほかと比べて大変なものなんでしょうか?
大変ですね。単純に作画量もですけど、モノクロなので質感を出すのも大変だし。あと船も描かないといけないわけですけど、沈没ものなのでそれが破壊されながら浸水していく。そういう意味では全コマ大変です。しかも複数人が絡み合っている。作画的には、1人のマンガ家が月刊連載で描くレベルはかなり超えているなと。やる前からわかってはいましたけど、でも本人がそれを選んでいるのでね。実はこの章のときって、担当編集として一番関与が薄い時期だったんですよ。枢さんの作画時間がとても長い。ほかの章だと、互いに調べることがあったり、持ち帰ってアイデアを考えることも大変だったんですけど、「豪華客船編」は出来事のラインとしてはストレートなので。
さまざまな映画を参考にしたハイクオリティな演出
──「豪華客船編」は“劇場版”というところにこだわっているだけあって、演出面にもかなりこだわりが見られますよね。ゾンビが人をどんどん襲っていくシーンは、すごく特徴的なコマ割りです。
劇場版ということで演出は徹底的にハイクオリティなものを勉強しようという意識はあって。例えば、保管されていたゾンビが放たれて少しずつ殺される人間が増えていくというシーン。この豪華客船はかなり大規模な船なので、そのまま殺される人や生き延びる人、それぞれの人間模様がある……というのが同時に起きているという絵を描きたくて、実はこれはミシェル・ゴンドリー監督の「グリーン・ホーネット」を参考にしてます。映画では全然重要じゃないシーンなんですけど、敵ボスからその部下に、またその部下にと命令が伝聞されていくシーンで、画面がどんどん分割されていく演出があるんです。全然ゾンビと関係ない映画ですけど。それを枢さんにも観に行ってとお願いして、ここで使ってもらいました。でもそれをすべて手で描いていかないといけないんで、作業の手間は膨大だったそうです。
──たった4ページなのに、すごく大変そうです。
あとエリザベスが戦っているシーンはザック・スナイダー監督の「エンジェル ウォーズ」を参考にしてますね。女の子たちが戦っているんですけど、とにかく1回1回キメがあるんですよ。ケレン味のあるキメと言うか。斬った後でカメラ目線になる。そんな演出がやりたくて。でも映画と違って服装がバトルスーツじゃなくて、アクションに特化していない、コルセットとフリルだらけの下着で戦っているので作画は大変だったと思いますね。すべて純白という点も、本人のこだわりが出ている。さらに言うと、セバスチャンもこの章では徹底的に燕尾服にグーパンチで戦います。ここは韓国映画の「アジョシ」で、黒スーツのウォンビンがナイフとパンチでいろんなマフィアをボコボコにするっていう、肉体ひとつで戦うっていうのを目指そうと。もちろん悪魔ゆえ、セバスチャンはウォンビンよりもっと速く(笑)。あと、ゾンビ映画はたくさん観ましたね。
──それこそゾンビ映画は山ほどありますが、どんなものを参考にされたんでしょうか?
ゾンビはジョージ・A・ロメロ監督の映画のような古典から当時一番新しかった「ゾンビランド」というB級ホラーまで、一応全部勉強しました。いい意味でゾンビの理を犯すことも、あえてやってみようと。
──ゾンビの理とは?
ゾンビって噛みつくと増殖していくものなんですけど、ここで出てくるゾンビは増えないんですよ。あと葬儀屋が表向きの仕事、いわゆる死化粧をきっちりしているので、きれいに縫合されてお化粧済み。だから腐ってドロドロに溶けながら襲ってこないんですね。これはゾンビの基本を勉強しつつ、葬儀屋の存在ありきで設定した結果であって、テキトーにゾンビっぽいものを描いたわけではない。
パニックムービーに入り込む、怒涛の回想劇
──先ほども「キャラクターが総登場」とおっしゃっていたように、まさにこれまでに出てきたキャラがどんどん活躍します。その辺りはどう構築していったのでしょうか。
これまで「豪華客船編」以前には「赤執事編」「サーカス編」とあって、それぞれ鍵を握るキャラクターの一生を描く、という側面がありましたよね。
──「赤執事編」だったらマダム・レッド、「サーカス編」だったらジョーカーたちノアの方舟サーカス団、ですね。
そうです。で、各章にいるキャラクターたちは混じり合わない。それが「黒執事」のいいところであり、弱点でもあるなと思っていたんです。なので「豪華客船編」では新規キャラではなく既存キャラをなるべく登場させよう、と。枢さんは1巻当初から全キャラクターのバックグラウンドをかなり作っている人なんですが、人気キャラを同時に同じ船に乗せたがゆえにその背景を描いていかざるを得ない、という感じでしたね。エリザベスと葬儀屋、特にこの2人です。
──2人に関しては、今まで明かされていなかった背景がこの章で見えてきました。さらにセバスチャンの視点で回想があることも珍しかったので、シネマティックレコードのシーンは新鮮でしたし、すごく濃密ですよね。
エリザベスを描くと、確実にシエルの過去を描かなければいけないので、パニックムービーだけではなくて回想劇が怒涛のように入っていくことになりましたね。セバスチャンとシエルは「そういえばこんなことがありましたね」というような、いわゆる普通の回想をしなさそうなキャラクター。外部的要因で無理やり回想させざるを得ないので、このシーンは打ってつけでした。
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あらすじ
19世紀英国──名門貴族ファントムハイヴ家の執事セバスチャン・ミカエリスは、13歳の主人シエル・ファントムハイヴとともに、“女王の番犬”として裏社会の汚れ仕事を請け負う日々。ある日、まことしやかにささやかれる「死者蘇生」の噂を耳にしたシエルとセバスチャンは調査のため、豪華客船「カンパニア号」へと乗り込む。果たして、そこで彼らを待ち受けるものとは──。
スタッフ
原作:枢やな(掲載 月刊「Gファンタジー」スクウェア・エニックス刊)
監督:阿部記之
脚本:吉野弘幸
キャラクターデザイン・総作画監督:芝美奈子
音楽:光田康典
制作:A-1 Pictures
配給:アニプレックス
キャスト
セバスチャン・ミカエリス:小野大輔
シエル・ファントムハイヴ:坂本真綾
エリザベス・ミッドフォード:田村ゆかり
葬儀屋:諏訪部順一
グレル・サトクリフ:福山潤
ロナルド・ノックス:KENN
ウィリアム・T・スピアーズ:杉山紀彰
スネーク:寺島拓篤
バルドロイ:東地宏樹
フィニアン:梶裕貴
メイリン:加藤英美里
チャールズ・グレイ:木村良平
チャールズ・フィップス:前野智昭
エドワード・ミッドフォード:山下誠一郎
フランシス・ミッドフォード:田中敦子
アレクシス・ミッドフォード:中田譲治
ドルイット子爵:鈴木達央
リアン・ストーカー:石川界人
ほか
©Yana Toboso/SQUARE ENIX,Project Atlantic
枢やな(トボソヤナ)
1984年1月24日埼玉県生まれ。2004年月刊Gファンタジー(スクウェア・エニックス)にて「9th」でデビュー。2005年、同誌にて「Rust Blaster」を初連載する。2006年からは「黒執事」を連載し注目を集め、2007年にドラマCD化、2008年にテレビアニメ化、2009年に舞台化、2014年に実写映画化を果たした。
熊剛(クマタケシ)
2001年、エニックス(現:スクウェア・エニックス)に入社。同年より月刊「Gファンタジー」編集部に配属される。これまでの主な担当作品に「デュラララ!!」「魔法科高校の劣等生」「ZOMBIE-LOAN」、テレビアニメ「革命機ヴァルヴレイヴ」(副シリーズ構成として参加)がある。
2017年1月27日更新