コミックナタリー Power Push - マーガレットコミックス特集 あの頃も、これからも!一生少女マンガ宣言 第14回 いくえみ綾「I LOVE HER」「バラ色の明日」「太陽が見ている(かもしれないから)」
人間を鋭く切りとるいくえみ節
「プリンシパル」の背表紙の秘密
──いくえみ先生といえばバリエーション豊かなコマ割りも特徴的だと思うのですが、どのように画面を構成していくんでしょうか?
この間マーガレット展に昔の原画を出すときに、「なんだこのコマ割り!」って自分でびっくりしました。でも最近はすごいシンプルですよ。「普通だな、まあいいや」って思いながらやってます。昔も今も変わらず、場面に合わせてなんとなく割ってますね。私プロットを書かないんですけど、ネームをやり始めてから主人公に名前がないことに気が付いたりするんですよ。男性キャラを先に作って、主人公のことを呼ばせようと思ったら「あ、名前がない!」って。
──(笑)。男性キャラを先に作ることが多いですか?
そうですね。連載だとそうもいかないですけど、読み切りだと本当に何も考えずに描き始めたりしますね。ネームはほとんどコマとセリフだけです。
──では、ストーリーを考えるときはセリフがまず頭に浮かぶんでしょうか。
うん、そうですかね。だから、すごく難しいんですよ。どうやって作ってるのか、自分でもよくわからない。プロットを立てられないっていうのは、なんでしょうね、私映画とか観てても、あらすじがよくわからないときがあるんですね。「あれ?何が言いたかったんだろう」って。だからあんまり、頭の中が論理的にできてないんですね。ぼんやりしてるうちにわからなくなる。
──「いくえみ男子 ときどき女子」のくらもちふさこ先生との対談では、ネームの作り方について「一枚の絵のイメージ」とお話しされてましたね。
要するにバランスを取るっていうことを言いたかったのかな。一枚の絵を描くときって、いろいろ考えるじゃないですか。「こっちにこれを置いたらあっちに何を置こう」とか。ネームを考えるときも同じで、「この人の気持ちが足りないからこのエピソードを入れよう」「これは逆のほうがいいから逆にして、これとこれをくっつけよう」というように、感覚的に調整していきます。
──完成図に向けて、頭の中で作っていくんですね。最初にガーッと描くのか、描いてから直すのか……どういう作業の時間が長いですか?
最初の10~15ページ進むまでが長いですね。そこまで進んじゃえば、なんとなくバーッといくんですけど。やっぱり最初は時間がかかりますね。キャラが動かなくなると、もう本当に描けなくなる。ガーッと7、8ページ描いて、「これの前にもう1個入れたほうがいいかな」と思って結局出だしが別のになることとか、多いです。ちゃんとプロット立ててやれば明確に見えてくるんじゃないかと憧れるんですけど、なかなかできないですね。
──カラーの1ページ目は毎回、モノローグなことが多いですね。
それはなぜかというと、カラーは締め切りが早くて、先に描かないとならないから。ぼんやりとしたことを描いといて、後でどうとでもとれるようにしてるんです。前の回のセリフを繰り返し言わせてみたりとか(笑)。
──そんな秘密が……!
あれはイメージカットです。本編じゃないの(笑)。
──なんと(笑) 。連載作品の場合、結末は決めて走りだすんでしょうか?
決めてないですねえ。1話1話、編集さんとの打ち合わせで「次はここまでいく感じですね」って話します。
──だいたい単行本何巻くらいになるかも、直前にならないと見えてこない?
きっと佳境が過ぎれば、見えてくると思うんですけどね。
──佳境。例えば「プリンシパル」だったら、糸真が弦のことを好きだと気付くあたりでしょうか。
そうですね。でもこれはもともと7巻ぐらいにしましょうっていう構想がありました。誰も気がつかないんですけど、1~6巻までの背表紙を並べると、キャラの口が「プリンシパル」って言ってるんですよ。
──……本当だ! これは気がつかなかったです。そうなると、6巻以下にはできない縛りがあったんですね。
そうなんですよ。長くなる分にはなんとかなりますけどね。もう1周言わせるとか。
視点を変えるのは描きやすい分、逃げてる気もする
──「プリンシパル」もそうですが、巻数が長く、一作を通じて主人公がずっと同じ作品を近年は描かれていますよね。いくえみ先生といえば「バラ色の明日」や「潔く柔く」など連作短編の群像劇が多い印象でしたが、何か心境の変化があったんでしょうか。
2回やってしまったので。3回目やるのももうアレかなあと。「長編、苦手だ苦手だ」と言ってやらないのもどうだろう、みたいな。
──チャレンジをしてみていると。
そうですね。
──「プリンシパル」の全7巻が、最近だと一番長かったですね。
うん。長かったです。早く終わんないかな、ってずっと思ってました。
──ははは(笑)。
最終回が描いてて一番うれしいですね。清々しいです。連載が終わると寂しいって皆さんよくおっしゃいますけど、私は全然寂しくない(笑)。
──(笑)。今までの作品だと、主人公は固定でも1話だけ別のキャラの視点でのエピソードが入っていたりしましたが、「プリンシパル」は終始糸真のモノローグで進んでいて。それが少女マンガの王道ではあると思いますが、いくえみ作品としては新鮮に感じました。視点を変えたくはならないですか?
視点を変えるのって、新しくなって描きやすいんですけど、描きやすい分逃げてる感じもするんですよ。主人公が1人の場合だと、ほかのキャラのことを「この人のことがわかりづらいから、こういう話を入れよう」とかいろいろ考えるんですけど、視点を変えると、どうやってもそのキャラの気持ちがわかっちゃうじゃないですか。だから本当に描きやすい。そればっかりやっててもずるいかなって。あと主人公が1人の話なのに、いろんな人のモノローグが入ることに違和感を感じるというのもあります。それは主人公を1人に決めたら、したくないなって。
──いくえみ先生はキャラクターに客観的に接しているとよくおっしゃっていますが、誰にも肩入れしない?
そうですね。誰にも感情移入しない。感情移入というか、同化しないというか。
──神のような位置で全員の心と付き合っているんですね。そんな中でも、ご自身に近いキャラクターっていましたか。
うーん、わかんない。そんなにいないと思うなあ。キャラはみんな、性格悪いって言われることが割と多いように感じるんですけど。性格悪い子を描こうと思って描いてないのに、なんでだろう。これで本当に性格悪い人を描こうと思ったらどうなるんだろうって(笑)。
──性格が悪いというか……(笑)、人間の奥底にある素みたいなものが出ているからではないかと。「潔く柔く」で百加がカンナに抱く感情とか、誰もが「嫌だなあ、でもわかる」と思うものだったと思います。
あれはすごい思いっきり描きましたね、胸のうちを細かく。楽しかった。「こういうことを考えたら、こういう気持ちになるんだろうな」っていうのを描くと、黒くしようと思わなくても、ああなりますね。
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- 第16回 八田鮎子
- 番外編 マーガレット&別冊マーガレット編集長インタビュー
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いくえみ綾(イクエミリョウ)
1964年10月2日北海道生まれ。1979年、別冊マーガレット(集英社)にて「マギー」でデビュー。短編を得意とし、時代とマッチした感性の作品で20代女性を中心に人気を得ている。2000年「バラ色の明日」で第45回小学館漫画賞を受賞。奥田民生のファンとして知られ、その楽曲をマンガでトリビュートした単行本「スカイウォーカー」を発表している。2004年よりCookie(集英社)にて「潔く柔く」を連載。同作は2009年、第33回講談社漫画賞少女部門を受賞する。2010年にCookieにて「プリンシパル」を、2011年にcomicスピカ(幻冬舎コミックス)にて「トーチソング・エコロジー」を連載開始。2015年現在は、Cookieにて「太陽が見ている(かもしれないから)」、Cocohanaにて「G線上のあなたと私」、フィール・ヤング(祥伝社)にて「あなたのことはそれほど」「そろえてちょうだい?」、月刊バーズ(幻冬舎コミックス)にて「私・空・あなた・私」、月刊!スピリッツ(小学館)にて「おやすみカラスまた来てね。」と6本の連載を抱えている。
2016年1月22日更新