くらもちふさこ いくえみ綾|「この人を知らないなんて、人生損してる」

昨年、画業45周年を迎えたくらもちふさこ。そして、彼女の作品のキャラクターにちなんで自らのペンネームを名付けたほど、くらもちの背中を追いかけてマンガ家を志したいくえみ綾。少女マンガ界を牽引する、強い絆で結ばれた両者の二人展「“あたしの好きな人”へ」が、この冬、東京・パルコミュージアムにて催される。

電子書籍サービス・ブックパスでは開催を記念して、くらもち・いくえみ作品の読み放題キャンペーンを展開。これに合わせコミックナタリーでは、くらもちといくえみにそれぞれインタビューを実施し、お互いについて語ってもらった。話題は二人展開催の経緯から2人の出会い、互いの作品の魅力へと広がっていくが、そこには終始、相手への底知れぬリスペクトがあった。

取材・文 / 岸野恵加

くらもちふさこインタビュー

原画展は「いくえみさんが一緒にやってくれるならぜひ」

──45年の長いキャリアの中で、大規模な原画展はこれが初めてなんですね。

「天然コケッコー」のときに作品の舞台・島根でやっていただいたことはあるんですが、全作品に対しての原画展となるとこれが初めてです。もともとは、二人展の企画が持ち上がったところに、いくえみさんが「それならくらもちさんとやりたい」と提案してくださったみたいで。

くらもちふさこ「いつもポケットにショパン」©くらもちふさこ/集英社

──いくえみ先生から熱烈なラブコールが。

どうなんでしょう(笑)。でも、私としては本当にありがたかったです。自信もないし、自慢できるような原画があまりないので、個展ではOKは出さなかったと思うんですが……いくえみさんが一緒にやってくださるならぜひという気持ちでした。これは周知のことですから言わせていただきますが、私の原画はホワイト修正が多いということで有名なんですよ。ホワイトの重みで圧があるって言われます(笑)。そのホワイト修正を見に、奇特な皆さんに集まっていただければと。

──そんなご謙遜を(笑)。でもそういう修正の痕も、アナログ原稿ならではの味わいというか。間近で目にしたときに、ファンとしては興奮するポイントだと思います。

そうだといいんですが(笑)。いくえみさんのほうがキレイだと思うので、キレイ部門と汚い部門で、バリエーションがあっていいかなと思います。

くらもちふさこ「おしゃべり階段」より。二人展のタイトル「“あたしの好きな人”へ」は、このモノローグにちなんで付けられた。©くらもちふさこ/集英社

──(笑)。会場にはどれくらいの原稿が並ぶんでしょうか?

まだ展示点数は定かではないんですが、200点以上は提出したんじゃないかしら(取材は2017年12月末)。いくえみさんからは、「自分の受賞作の発表があった号に載っていた『転校120日目』っていうくらもち作品の予告カットを飾ってほしい」とか、「うっかりくらもち先生の作品に構図が似ちゃったページをふたつ並べてほしい」とか(笑)。いろいろリクエストをもらってて。いくえみさんにプロデュースされてる部分もありますね。彼女の指示で探してる原稿も何枚かあるという状況です。

──なんと! ……いろいろなインタビューや寄稿などでもうかがい知れるところですが、いくえみ先生のくらもち先生への、強いリスペクトが改めてひしひしと伝わってきます。

多田かおる邸でパジャマパーティ

担当編集 私、つい最近までいくえみさんの担当もしていたんですが、「G線上のあなたと私」の打ち合わせをしに(いくえみが住んでいる)北海道まで行ってるのに、いくえみさん、「くらもちさんの話を聞かせてください」ってそればっかりで。「『おしゃべり階段』でマーシが着てたのを真似してオレンジのジャケット買ったんですよ!」とかもう、止まらないんです(笑)。

ふふふ(笑)。ここまで有名になって、トップクラスの作家さんなのに、そんなふうにフレッシュな気持ちを持ちつつほかの作家を語れるっていうのが、すごく珍しい方だなあと思います(笑)。実は彼女(担当編集)が7、8年前にいくえみさんの担当もするようになって、間に入ってくれたおかげで、よく会うようになったんです。それまでは、北海道と東京という距離もありまして、正直すごく仲がいいという関係性ではなかったんですね。

──出版社のパーティなどで、たまに顔を合わせるくらい?

別マ(別冊マーガレット)時代は集団で遊ぶことはありましたね。当時の別マ作家は、北海道組、東京組、というようなグループみたいなものがありまして、北海道からは緒形もりさんとか、たかやなぎささんあたりがいつも一緒にいらしていましたね。パーティのときも自然に出身地ごとに輪になる感じ。喧嘩してるとかでは全然ないんですけど、なんとなく自然に分かれるんですね。

──同じクラスの違うグループという感じでしょうか。

そういう感じです。そして、関西組の方々が、あまり周囲との壁がないといいますか、おしゃべりもうまくて社交的なんですね。多田かおるさんとか安積棍子さんとか。それで東京組が関西組に取り込まれて、そのまま北海道組も仲良くなって、多田さんたちがいくえみさんグループと仲良くなったところで私もときどき仲間に入れていただいて……という感じで、少し距離が縮まったのが最初ですね。大阪の多田さんの家に、いくえみさん、たかやさん、聖(千秋)さんとかみんなで泊まったことがあります。雑魚寝して。

──なんて豪華なパジャマパーティ! 今でいうところの女子会ですね。

はい、女子会です(笑)。別マ時代はそんな感じでしたが、多田さんが亡くなられたりで間のパイプラインがなくなっちゃったり、描いてた雑誌が休刊になったりもして。「別マの作家さんどうしてるかなあ、でもいくえみは元気で活躍してるなあ」って本屋で見かけて思ったりしてました。個人的にいくえみさんと会ったりご飯食べたりするようになったのは、本当に最近になってからですね。

「いくえみ男子 ときどき女子」

担当編集 私がいくえみさんとくらもちさんの担当になってからは、いくえみさんの「東京に行くから、くらもちさんとご飯を!」っていうリクエストがすごくて。でも初めて3人でご飯食べたとき、いくえみさん、すごく緊張されてましたよ。それで後日、打ち合わせのときに「くらもちさんと、これとこれとこれが話したかったのにー!」って、反省会してました。

──まるで恋する女子のようですね(笑)。

ふふふ(笑)。初めて対談したのが2013年(ファンブック「いくえみ男子 ときどき女子」)で、お食事するようになったのはそのあとですよね。ここ数年でよく会うようになったからこそ、いくえみさんが二人展の相手に選んでくださったんじゃないかな。だから担当さんが影の立役者ですね。

「この名前を使う限り私が付いてまわるんだよ」って言ったのに

──くらもち先生が、最初にいくえみ先生の存在を認識したのはいつ頃ですか?

もちろんデビューのときです。14歳でしたっけ? 非常にお若かったので、私だけではなく周りの方も本当に驚いて。

くらもちふさこ「東京のカサノバ」©くらもちふさこ/集英社

──「すごい新人が出てきたぞ」と?

そういうことです。ですので、当時彼女を知らない人はいなかったと思いますし、発表される作品がロックっぽくて、当時の別マでは珍しい感じがあったんですね。若い読者の方はすぐ飛びついてらしたので、最初から注目の人でしたよ。

──いくえみ綾、というペンネームが、くらもち先生の作品から名付けられた(「いく」の響きと「綾」の漢字が「小さな炎」の綾瀬幾、「えみ」は「白いアイドル」の笑、「りょう」は「糸のきらめき」の折原良に由来する)ということは、すぐに気付かれましたか?

全然わからなかった。まさかのですよ! 本人ではなく誰かから聞いた気がするんですが……。

──その事実を知ってから、ご本人にはなんて伝えたんですか?

「絶対あとあと後悔するよ」って(笑)。「だって、この名前を使う限り私が付いてまわるんだよ」って言ったのに、ニヤニヤ笑ってました。本当に、今でも思ってますよ!

──そこからもう40年近くですからね。

ねえ(笑)。そうですよお。

ブックパス キャンペーン

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50タイトル以上をほぼすべて読み放題で配信!

期間:2018年2月1日(木)~28日(水)

読み放題プラン:月額562円(税抜)

くらもちふさこ・いくえみ綾 二人展
「 “あたしの好きな人”へ」
くらもちふさこ・いくえみ綾 二人展「 “あたしの好きな人”へ」
  • 会期2018年2月9日(金)~25日(日)※2月21日(水)は休館
  • 場所パルコミュージアム 池袋パルコ・本館7F
  • 時間10:00~21:00 ※最終日は18:00閉場、入場は閉場の30分前まで
  • 入場料一般700円、学生600円 ※〈PARCOカード・クラスS〉会員は入場無料
  • 主催パルコ
  • 企画制作パルコ/シュークリーム
  • 協力集英社
くらもち本~くらもちふさこ公式アンソロジーコミック~
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665円(税抜)

ブックパス

コミックス 756円

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実力派作家、大集結!ジャンルの垣根を越え、くらもちふさこを描いてみた。単行本初収録となる「天然コケッコー」3話100ページ、「駅から5分」特別編、紡木たく×くらもちふさこ対談も収録!

参加作家

  • マンガ:香魚子、安藤ゆき、いくえみ綾、河原和音、金田一蓮十郎、雲田はるこ、椎名軽穂、タアモ、柘植文、筒井旭、西田理英、聖千秋、よしながふみ
  • イラスト:秋本治、市川ジュン、カナヘイ、久保帯人、萩尾望都、森田まさのり
  • 小説:柴崎友香
くらもちふさこ
くらもちふさこ
1972年、別冊マーガレット(集英社)にて「メガネちゃんのひとりごと」でデビュー。以後、同誌に「いつもポケットにショパン」「おしゃべり階段」「海の天辺」「チープスリル」など多くの作品を発表。恋愛に揺れ動く乙女心をリアルな表現で描き、主人公と同世代の読者を中心に共感を呼んだ。1996年に田舎の中学校を舞台にした長編マンガ「天然コケッコー」で第20回講談社漫画賞を受賞。同作は2007年に実写映画化された。2016年に完結した「花に染む」で、第21回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。現在、ココハナ(集英社)にて「とことこクエスト」を連載中。実妹はマンガ家の倉持知子。
いくえみ綾(イクエミリョウ)
いくえみ綾
1964年10月2日北海道生まれ。1979年、別冊マーガレット(集英社)にて「マギー」でデビュー。短編を得意とし、時代とマッチした感性の作品で20代女性を中心に人気を得ている。2000年、「バラ色の明日」で第45回小学館漫画賞を受賞。「潔く柔く」で2009年に第33回講談社漫画賞少女部門を受賞した。そのほか代表作に「POPS」「I LOVE HER」「あなたのことはそれほど」など。「プリンシパル」は映画化され、公開が2018年3月3日に控えている。2018年2月現在、Cookie(集英社)にて「太陽が見ている(かもしれないから)」、ココハナ(集英社)にて「G線上のあなたと私」、フィール・ヤング(祥伝社)にて「そろえてちょうだい?」、月刊バーズ(幻冬舎コミックス)にて「私・空・あなた・私」、月刊!スピリッツ(小学館)にて「おやすみカラスまた来てね。」と5本の作品を連載中。