コミックナタリー Power Push - マーガレットコミックス特集 あの頃も、これからも!一生少女マンガ宣言 第14回 いくえみ綾「I LOVE HER」「バラ色の明日」「太陽が見ている(かもしれないから)」
人間を鋭く切りとるいくえみ節
マーガレット、別冊マーガレット(ともに集英社)を彩った作家陣にインタビューを行ってきたこの連載も、残すところあと3回。これまでインタビューしてきた作家たちが思い出の作品として口々に挙げたのが、いくえみ綾の著作だった。
1979年に14歳でデビューして以来、鋭い感性で「POPS」「バラ色の明日」「潔く柔く」など名作を第一線で発表し続け、数々の作家たちに影響を与えてきたいくえみ。2004年からはフリーとなり、少女誌にとどまらず幅広い雑誌で活躍している。そんな彼女に、創作のプロセスや近年の執筆への姿勢、自身を形づくったマーガレット作品についてなど、2時間にわたりじっくりと話を聞いた。
取材・文 / 岸野恵加
卒業式が終わってすぐ、制服を投げ捨てた
──そもそものお話になってしまうんですが、マンガは何歳頃から描いていたんでしょうか?
気がついたら描いていたので、いつ頃からっていう記憶があんまりないんですよね。
──絵ではなく、コマを割った形で。
そうですね。割と小さい頃からコマ割ってました。幼稚園とか、それぐらいかな。お姫様とかも描いてましたけど、男の子を描くのが好きで。男の子が主人公でしたね、いつも。
──マンガ家になろうと決意したのは?
投稿しはじめたのが中学1年生のときだったんで、その頃からなれたらいいなと思ってた気がします。いつも学校でもマンガ描いてて、「お前マンガ家になるんだろ」ってみんなに言われてたから、自分ではかえって「なりたい」とは言ってなかったかな。
──投稿時代はどんなお話を描いていましたか。
少女マンガっぽいものを描き始めたのは、デビューしてからなんですよね。子供なのにどこで切り替わったかわからないんですけど。それまではデビュー作からもわかるように、普通の学園マンガは描いてなかったです。
──デビュー作「マギー」は、一家心中で生き残った少女に少年が話しかけるという……。ちょっと重めの作品でしたね。
そうなんですよ(笑)。ほかにも一条ゆかりさんの「こいきな奴ら」に憧れてスパイを描いたりとか。スパイって何するんだろうと思いながら、わけもわからず描いてましたねえ。
──中学3年生でデビューされた後、学業とマンガ家業はどうやって両立していたんですか?
学校から帰ってきてから夜中の2時くらいまで描いて。でも朝7時前には起きなきゃいけないから、ギリギリまで寝てた。高校の終わり頃からは連載も始めたので、タクシー乗って学校に行ったりしてました(笑)。
──(笑)。でも、高校を卒業するまできちんと通い続けたのはすごいですね。
友達も普通にいたし、楽しい思い出がたくさんあって、今でもクラス会があれば行くんですけど……学校に通うのは苦痛でした。幼稚園のときからずっと思ってましたね、「幼稚園行きたくないなー」って(笑)。団体行動がキツかったんだと思います。高校の卒業式が終わって帰ってきたら、すぐ制服を脱いでゴミ袋に投げ入れました。「やったー!」って。
──えええ! そういえば「カズン」でぼんちゃんが同じことをしていましたね。実体験だったとは……。
そうでしたかね……描いたことを忘れてました(笑)。無意識に自分の体験を描いてたのかな。今まで生きてきて、あのときほど解放感でいっぱいになったことはなかったです。
共感を得ることを意識しなくなった「10年も20年も」
──いくえみ先生の作品は、教室の中の賑やかな雰囲気や木漏れ日の感じとか、学校のキラキラした空気がすごく伝わってくるので、苦痛だったとは意外でした。学校生活の描写は、ご自身の記憶を掘り起こしているのか、それとも理想に近い形を描いているのか、どちらでしょうか。
自分の学生時代はそんなにキラキラしたことはなかったんですよねえ。理想もそんなにないので、やっぱり思い出しながら描いてるんですけど、思い出すのももう限界にはきてますね。あ、「POPS」の三島は高校1年生のときに好きだった人をモデルにしてます。ヤンキーっぽいし成績もあんまりよくないのに、「この人頭いいんだな」ってすごく感じて、カッコいいな、って。
──三島はクラスでかなり目立つタイプの男子ですよね。
当時の同級生は見た目がまるっきり違って、天パでクルクルだったんですけどね。エピソードをなんとなく使ったところはあります。授業中、先生の話を聞いてないのに当てられたらパッと答えられるとか。そういうところで「ワーッ」とときめいたり。
──まさに少女マンガらしいワンシーンですね! 「POPS」「彼の手も声も」は恋愛を主軸に置いた作品ですが、その後に描いた読み切り「10年も20年も」が転換点になったと、以前あるインタビューでお話しされていました。
「彼の手も声も」までは共感してもらえる作品を目指していたというか……。ファンレターを読んでると「自分と世代が違うので共感できませんでした」とか「男の子だったので共感できませんでした」とか、書いてあるんですよ。だから共感が大事なんだなーと思ってたんです。でも本当はやっぱり違う感じのも描きたくて、苦しんでたのかもしれない。それで「10年も20年も」では、何も考えないで自分の描きたいことだけを描きました。案の定アンケートも全然ダメだったみたいなんですけど(笑)、私的にはすっごい満足しましたね。ネームを描いててあんなに「面白い!」って思ったのは、これが初めてかも知れない。
──男子2人のやり取りが中心になっていますね。恋愛要素も入っているけど人間と人間がぶつかる面白さが大事にされていて、それ以後のいくえみ節の萌芽を感じるところがあります。
そうですね。だからきっと楽しかったんだと思います。女の子の気持ちを出さず、最後に女の子のモノローグに変わるっていうのも、「これ楽しい、これ楽しい」って思いながらずっと描いてました。
──この頃から絵柄も、少しずつ変化していきますね。
自分で変えようと思って変えてるわけではないんですけどね。なんとなく変わっていく感じです。……今思い出しましたけど、「10年も20年も」は、ユニコーンを好きになり始めた頃ですね。(奥田)民生の顔を一生懸命描いても、まだ全然描けなかったとき。江口の顔を、民生を見ながら描いた覚えがあります。
──「I LOVE HER」の新ちゃんなど、いくえみ作品には奥田民生さんをモデルにした男性キャラが登場することはよく知られていますが、この辺りから、特に男の子の描かれ方が線が太い感じになっていくというか……。口の大きな男性が増えた気がします。
そうかもしれないですね。それを言ったらこのへんから、民生のせいで変わったんですね(笑)。
──この頃から民生さんの模写をするように?
仕事と関係なく描いてましたね。(ユニコーンの)「服部」? いや違う、「PANIC ATTACK」とかのジャケットを見ながら、スケッチブックに。写真を見るたびに顔の印象が違うんで、描きがいがあったんですよねえ。
──忌野清志郎さんもお好きだったとか。
そうです、そうです。高校生の頃の読み切りでモデルにして描いてましたけど、昔すぎてあんまり言いたくない(笑)。
──あはは(笑)。ここ数年は「いくえみ男子」という言葉もすっかり定着して、「いくえみ男子 ときどき女子」「いくえみ男子スタイルBOOK」なる書籍が2冊出るまでになりました。
ありがたいことですよね。でも私、髪の毛と目を描くのがすごい嫌いなんですよ。なんでみんなあんなにキレイにサラサラした髪の毛が描けるんでしょうかね? ツヤベタも昔は一生懸命やってたんですけど、「もう自分にはできない!」と思ってから、ベッタリ塗るようになって。「プリンシパル」の和央はベタの中にトーンを入れてみたんですけど、時間が掛かって掛かって(笑)。すごい後悔しました。
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- 第1回 河原和音
- 第2回 咲坂伊緒
- 第3回 神尾葉子
- 第4回 中原アヤ
- 第5回 森下suu
- 第6回 あいだ夏波
- 第7回 やまもり三香
- 第8回 水野美波
- 第9回 幸田もも子
- 第10回 宮城理子
- 第11回 佐藤ざくり
- 第12回 椎名軽穂
- 第13回 小村あゆみ
- 第14回 いくえみ綾
- 第15回 ななじ眺
- 第16回 八田鮎子
- 番外編 マーガレット&別冊マーガレット編集長インタビュー
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いくえみ綾(イクエミリョウ)
1964年10月2日北海道生まれ。1979年、別冊マーガレット(集英社)にて「マギー」でデビュー。短編を得意とし、時代とマッチした感性の作品で20代女性を中心に人気を得ている。2000年「バラ色の明日」で第45回小学館漫画賞を受賞。奥田民生のファンとして知られ、その楽曲をマンガでトリビュートした単行本「スカイウォーカー」を発表している。2004年よりCookie(集英社)にて「潔く柔く」を連載。同作は2009年、第33回講談社漫画賞少女部門を受賞する。2010年にCookieにて「プリンシパル」を、2011年にcomicスピカ(幻冬舎コミックス)にて「トーチソング・エコロジー」を連載開始。2015年現在は、Cookieにて「太陽が見ている(かもしれないから)」、Cocohanaにて「G線上のあなたと私」、フィール・ヤング(祥伝社)にて「あなたのことはそれほど」「そろえてちょうだい?」、月刊バーズ(幻冬舎コミックス)にて「私・空・あなた・私」、月刊!スピリッツ(小学館)にて「おやすみカラスまた来てね。」と6本の連載を抱えている。
2016年1月22日更新