コミックナタリー Power Push - 創刊5周年記念 月刊ヒーローズ

"3カ月連続企画 第3回 白井勝也×高橋留美子 対談

“読者”だった高橋留美子が語るあの頃のマンガ、描き続けたいもの

楳図かずおのお味噌汁を作る

──先ほどお名前の出た楳図かずおさんは、新人編集者だった白井さんが担当した作家ですね。

高橋留美子

高橋 サンデー編集部に入って、すぐに口説きに行かれたんですか?

白井 正しくは、当時編集長だった田中(一喜)が口説き落としたんです。楳図先生は「猫目小僧」をキングで連載していて、ほかにもビッグコミックなど2、3誌で描かれていた。今でこそ寡作な先生ですが、当時はいっぱいいっぱいになって、「30分あれば寝たい」「食事はいらない」と言うんです。そういう過酷な生活のところへ、サンデーが入っていくことになる。編集側も大変でしたよ。「猫目」が終わってからサンデーで「おろち」の連載を始めたんですけど、本当に繊細な方でね。車は人の匂いがこもるから一切ダメで、タクシーにも乗ったことがない。ひたすら歩くんです。

高橋 楳図先生が歩く姿は今もよく目撃されてますよね(笑)。

白井 ええ、吉祥寺の名物になってますね(笑)。昔、横尾忠則さんの仕事場のある成城学園から、楳図先生の当時の仕事場があった高田馬場まで、すごい距離があるのに歩いたことがありますよ。楳図先生は歩きながらものを考えていらっしゃるんだと思います。

白井勝也

──作家と行動をともにする編集者も大変ですね。白井さんが楳図さんの仕事場に通ってお味噌汁を作っていたという話を聞いたことがあります。

高橋 し、白井さんが料理を!? それは初耳です(笑)。

白井 楳図先生の肝臓が弱らないよう、目白駅前のスーパーマーケットでしじみを買って、味噌汁を作ってたんです。

高橋 うーん(感嘆)。

白井 私が台所仕事をしてるのは想像つかないでしょうけど(笑)。週刊誌での連載っていうのは生活がめちゃくちゃになるんです。本当に過酷ですから、作家を支えられることは少しでもしたいと。楳図先生のサンデーでの連載は「おろち」のあと「アゲイン」と「まことちゃん」だったかな。

高橋 「アゲイン」のあと「漂流教室」が始まって、「アゲイン」に出てきた子供キャラクターを使って「まことちゃん」を描かれました。

白井 あ、そうか。「漂流教室」はね、初回で主人公の少年の学校が消えちゃって、これからどうなるのかって、社内のみんなが翌週号のゲラ(刷り出し見本)を読みに来てましたよ。どうなるかって、わかりそうなものだけど(笑)。

高橋 タイトルが示しているから(笑)。

楳図かずお原作のミュージカル「わたしは真悟」は、2016年12月から2017年1月にかけて、全国5カ所での公演が予定されている。

白井 ただ、ゲラを他部署の人が見に来るほどの衝撃的な展開は、今のマンガでもそうはないですよね。「漂流教室」は“母もの”なんです。息子と母の愛が異次元にあっても通じ合う。本当にスケールの大きい作品を描いていただけたと思っています。連載初回から話題を呼びましたね。また「わたしは真悟」も少年とロボットの愛という先見性に満ちた作品でしたが、完結から30年経ち、ミュージカルとして舞台化されます。すごい作品は形を変え、まだ生き続けるのです。

1年半の間、池上遼一のアパートに日参

──白井さんは池上遼一さんも口説きにいかれたんですよね。

白井 池上先生は当時「ひとりぼっちのリン」(原作:阿月田伸也)を月刊少年マガジン(講談社)で描いてたんですけど……。

高橋 いえ、週刊です。

白井 あ、週刊か。月刊は「スパイダーマン」(原作:平井和正)の月刊別冊少年マガジン(講談社)だ。よく覚えていますね。

高橋留美子

高橋 池上先生のファンで追いかけていたので、そこは重要です(笑)。私はマガジンに投稿したこともあったんです。

──入選していたらマンガ史が変わっていたかもしれませんね(笑)。

白井 その頃、講談社は池上先生をすごく大事にしていて、週刊作家としてやっていくためのステップを踏ませていた。僕はマガジンを見て「なんて絵の上手い人がいるんだろう!」と思ったんですよ。新人のときはマンガに詳しいわけじゃなかったんだけど、絵が抜群に上手いのは見てすぐにわかりましたから。

高橋 そのあとはどうやって作家にアタックしていったんですか。

白井 池上先生は三鷹台の古いアパートで仕事をしていてね。玄関は共同で、そこに革靴があると「あ、講談社の編集者が来てるな」とわかるわけですよ。その編集者が帰らない限りさすがに中には入れないから、アパートの周りをぐるぐる回って。帰った頃を見計らって、「サンデーで週刊連載をやりませんか」って口説くんです。

──池上さんのエッセイによると、それを1年半ほぼ毎日続けられていたそうです。

高橋 すごい!

白井勝也

白井 ようやく池上先生に、雁屋哲先生の原作で「男組」を描いてもらえることになって、予告カットで敵の神竜剛次の絵を見たときは「ああ、当たるかもしれない!」と思いました。主人公のキャラクターって、まあ、だいたいみんな同じじゃないですか(笑)。「男組」は敵役がよく描けていたので、ヒットの予感があったんですね。そして大ヒットしました。あとで聞いた話だけど、梶原一騎先生は「愛と誠」の連載を準備しているとき、池上先生の絵でやりたいと思ったこともあったそうです。

高橋 ああっ、そうなんですか!

白井 「お前のおかげでめちゃくちゃになった」って梶原先生に言われました(笑)。でも、結果を考えればよかったよね。「愛と誠」も「男組」も大ヒットしたんだから。

月刊ヒーローズ創刊5周年特集 Index
第1回 糸井重里×白井勝也
第2回 樹林伸×白井勝也
第3回 高橋留美子×白井勝也
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高橋留美子(タカハシルミコ)
高橋留美子

1957年10月10日新潟県生まれ。日本女子大学卒業。大学在学中の1978年に「勝手なやつら」で第2回小学館新人コミック大賞少年部門佳作を受賞し、同作が週刊少年サンデー(小学館)に掲載されデビューとなった。同年、同誌にて連載を開始した「うる星やつら」で、1981年に第26回小学館漫画賞、1987年には第18回星雲賞コミック部門を受賞。同作はテレビアニメ化もされ大ヒット、ヒロイン「ラムちゃん」は時代を超えて愛され続ける人気キャラクターとなった。また、劇場版となる「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」は押井守監督の出世作としても高い知名度を誇る。以降も「めぞん一刻」「らんま1/2」など歴史に残る人気作を数多く生み出し、代表作の殆どが映像化され、いずれも不動のヒットを記録している。2002年、「犬夜叉」にて第47回小学館漫画賞少年部門を受賞した。2009年より最新作「境界のRINNE」を執筆中。

白井勝也(シライカツヤ)

1942年生まれ。小学館最高顧問。1968年に小学館に入社し、少年サンデー編集部に配属され、「男組」(雁屋哲・池上遼一)、「まことちゃん」(楳図かずお)などを担当する。ビッグコミック副編集長を経て、1980年にはビッグコミックスピリッツの創刊編集長に就任。「めぞん一刻」(高橋留美子)、「美味しんぼ」(雁屋哲・花咲アキラ)などのヒット作を手がけ、創刊5年足らずで100万部雑誌に押し上げた。2016年、株式会社ヒーローズ代表取締役社長に就任。