高橋留美子×椎名高志、相思相愛リスペクト対談「半妖の夜叉姫」コミカライズ1巻&「MAO」11巻発売記念

2020年7月、約17年におよぶ「絶対可憐チルドレン」の連載を終えた椎名高志。ファンがまだまだ完結の余韻に浸る中、翌月には高橋留美子がメインキャラクターデザインを務めるTVアニメ「半妖の夜叉姫」のコミカライズを椎名が手がけることが発表され、大きな話題を呼んだ(参照:椎名高志が「半妖の夜叉姫」のコミカライズ担当、高橋留美子「なんて豪華なんでしょう」)。コミックナタリーではそんな「半妖の夜叉姫」のコミカライズ「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」1巻と、高橋が連載中の「MAO」11巻の同時発売を記念し、椎名と高橋による対談をお届けする。「半妖の夜叉姫」のコミカライズを担当するにあたり「長年の夢が叶った」と語る椎名と、「ベテランマンガ家のテクニックの凄味を感じた」と称賛する高橋。「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」の制作秘話やお互いの作品に対するリスペクトのほか、2人が思う“サンデーらしさ”について語ってもらった。

なお異なる話題で盛り上がった2人の対談の模様は、「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」1巻、1月26日発売の週刊少年サンデー9号、1月25日発売の少年サンデーS3月号(ともに小学館)にも掲載されるので、ファンはこちらもチェックしてみよう。

取材 / サンデー編集部・はるのおと文 / はるのおと

椎名作品は勢いとキャラクターのハーモニーが美しい(高橋)

──おふたりの交流について伺いたいのですが、まず互いの作品を読んだ際の第一印象はいかがでしたか?

椎名高志 僕は中学生のときに連載が始まったばかりの「うる星やつら」を読んで、「すごいものが始まっちゃったな」と驚きました。SFコメディというジャンルが大好物だというのももちろんありましたが、それ以上にキャラクターの生々しさみたいなものに衝撃を受けたんです。そこで「マンガって絵空事ではなく、これだけ存在感のあるキャラクターが描けるならなんでもできるんじゃないか」と思ったのがきっかけでマンガの世界に入ろうと決めたくらいで。高橋先生の作品にはそれくらいのインパクトがありました。

高橋留美子「うる星やつら 新装版」1巻

高橋留美子「うる星やつら 新装版」1巻

──衝撃を受けたことについて、もう少し具体的に教えていただいていいですか。

椎名 例えばそれまで僕が読んでいたマンガのキャラクターは「俺はこう思ってるんだ」と言ったら、割とそのままの意味なのが普通でした。でも「うる星やつら」や「めぞん一刻」のキャラクターがしゃべっていることは自分に対する嘘だったりするんです。そういう裏表のあるところや、欲望をわかりやすく表現はしないけど実はそれに沿って動いてるとか。そういう深みがキャラクターにありながら、でも話自体はスラップスティックで非常に楽しい。これを両立していることに僕は本当に驚いたんですよ。

高橋留美子 描いている私にはそういう意識はなかったけど……(笑)。自分が楽しく描いて、読者も笑ってくれればいいかなと思っていたくらいだし。でも椎名先生がおっしゃっていたような、従来のマンガと違っていた部分があるなら、私がそれまで読んでいた小説などからインスパイアされて溜まりに溜まっていたものが、うまくハマったのかもしれません。私もデビューしたてだから、そういうものをどんどん出していこうとしていたし。

椎名 そうなんですね。

高橋 私が椎名先生の作品で初めて読んだのは「(有)椎名百貨店」でした。サンデー増刊号でしれっと4コマが始まっていたので読んだらすごく上手で、「今まで何をしていた人なんだろう? ベテランではなさそうだけど」と思ったのを覚えています。そして「GS美神 極楽大作戦!!」の連載が始まったら、とにかく勢いがいいし、それでいてキャラクターにすごく気を配っているのがわかって。その後の作品もそうだけど、椎名先生の作品はそのハーモニーが美しいですよね。

椎名高志「(有)椎名百貨店」 1巻

椎名高志「(有)椎名百貨店」 1巻

椎名 ありがとうございます!

16、17年越しの夢が叶った(椎名)

──おふたりが初めて会われたときは覚えていますか?

高橋 屋形船?

椎名 そうですね。屋形船でマンガ家仲間の飲み会をやっていたんですが、高橋先生がいらしたときに初めてご挨拶させてもらいました。でもその後に頻繁に交流しているかというとそうでもなく、今も「今日ご飯食べる?」みたいな関係ではありません。僕からすると高橋先生は大先輩なので。うちのカミさん(※かつて高橋留美子のアシスタントを務めていた)の送り迎えなどで、仕事場にお邪魔することはちょくちょくありましたけど、それも毎回ドキドキしましたし。

高橋 ああ、それは感じましたね。

一同 (笑)。

高橋 そこで座って話し始めると、すごく楽しいから長くなっちゃったりしたことはあるけど。頻繁に交流しているというほどではない。

椎名 はい。ただマンガ家ってお互いの仕事をずっと見てるから、会ってなくてもなんとなくつながっている感じがあります。同期のマンガ家仲間も、ほとんど会ってないけど疎遠とは違う感じがするし。

高橋 やり取りはなくても「ああ元気そうだな」とか「今こういうことを考えてるんだな」というのは感じるよね。

──椎名先生のブログで拝見したのですが、その後におふたりは仕事上で接点があったんですよね。「GS美神」に高橋先生が登場しているとかは置いておいても。

椎名 あれは美神の上司の若い頃を描くときに、1970年代の風物詩を出そうとする中でサンデーにまつわるものを入れたくて。それでご本人をキャラクターとして出したくてお願いしたんです。

「GS美神 極楽大作戦!!」より、高橋留美子をモデルとしたキャラクターの登場シーン。

「GS美神 極楽大作戦!!」より、高橋留美子をモデルとしたキャラクターの登場シーン。

高橋 私は頼まれたので「いいよ」と言っただけです(笑)。ああいうのも椎名先生の味というか面白さですし。

椎名 話を戻すと、僕がやっていた特撮番組「ウルトラマンネクサス」のコミカライズが好評だったおかげで、いくつかコミカライズの相談をいただけたんですけど、その中に高橋先生がキャラクターデザインで参加されていた「機動新撰組 萌えよ剣」というゲームの話もあったんです。その話は「絶対可憐チルドレン」の連載が始まるのでお断りせざるを得なかったんですが、「高橋先生のキャラクターを僕がマンガで描く? それって最高に楽しいんじゃない?」とずっと気になっていたんです。そして「絶チル」の連載が終わりそうなタイミングでちょうど「半妖の夜叉姫」というアニメ作品が動いていることを知って、「コミカライズは誰かやるんですか?」と担当編集者に聞いたら特にコミカライズの予定はないと。それで「タイミングが合ったらぜひお願いします」とお願いしたのが「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」の連載が決まったきっかけです。だから僕にとっては16、17年越しの夢が叶った企画なんです。

椎名高志が描いた「絶対可憐チルドレン」と「半妖の夜叉姫」のコラボイラスト。

椎名高志が描いた「絶対可憐チルドレン」と「半妖の夜叉姫」のコラボイラスト。

高橋 アニメの企画が始まってからすぐだったと思いますが、椎名先生が「コミカライズをやりたい」と言ってくださっているのを聞いたときは「冗談でしょ?」「またまた」という感じでした。でもそういう話を3回くらい聞いたときにようやく本気だとわかって(笑)。そこで改めて考えると、椎名先生にコミカライズしていただけるならそれはすごいことなので、お願いすることになりました。

「夜叉姫」のとわを「犬夜叉」の世界に戻すお話に(椎名)

──椎名先生はブログで「半妖の夜叉姫」のコミカライズについて「『犬夜叉』との連携度をちょっと上げて、ついでに和風ダークファンタジー風味をやや強めに」と書かれていました。こうしたコンセプトに至った経緯を教えてください。

椎名 基本的にアニメ版に準拠して描くつもりでしたが、マンガの決まったページの中で話を収めるにはある程度話や要素を詰めないといけないんです。そこで何をアレンジの軸にするか考えていたときに、主人公のとわちゃんのあの宝塚ヒロインのようなデザインは物語世界の住人であることを示していて、彼女は「犬夜叉」という物語の世界から現代に迷い込んできた子であり、その子を元の世界に返すお話にしようかなと思いついて。それなら僕が好きな、社会に違和感を覚える人が居場所を見つけるというテーマとも合致するので、それを軸にして話を組み立てています。

「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」第1話より。

「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」第1話より。

高橋 自分は、コミカライズってアニメをベースにマンガに起こしていくというイメージで、長いアニメを短くまとめるためのテクニックも求められるものなんだろうなと思っていました。でも椎名さんはアニメの面白いところを活かしながら、まさに換骨奪胎しているんですよね。まったく予想外の作りだし、しかも面白いし。もう椎名さんのマンガになっていますし、すごく感謝しています。

──高橋先生からコミカライズにあたって何かリクエストはされたんですか?

高橋 「殺生丸に冷や汗をかかせない」くらいです。「あまり焦ったりしない、ある意味孤高のキャラクターというのは守っていただけるだろう」とは思っていましたけど、マンガ家ってやっぱり手癖で冷や汗を描いちゃったりするので。

椎名 あとは「面白くしてくれ」と言われたくらいで、本当に放任主義なんです(笑)。でもマンガはやっぱり面白いのが最優先なので、もしいろんな人の都合に合わせてそつないけど面白くはないコミカライズをしたときが一番怒られると思っています。「つまらないよ、椎名くん!」と言われるのが一番怖いです。

高橋 でもちゃんと面白いから。第1話のネームを読ませてもらったときなんて本当に面白くて感動したし。あとベテランマンガ家のテクニックの凄味を感じました。例えばキャラクターの立て方として、まずとわの目つきが悪いという話をして。

椎名 そうですね。

高橋 その後に出てくるせつながもっと目つきが悪い。これでせつなが立って、その2人のお父さんの殺生丸もまとめて3人立てるというすごいテクニックを見せてくれた。ほかにもとわもせつなも少し面長だけどそれが椎名先生の絵に合っているし、「殺生丸の娘ってそうだよね」という納得感もあるし。あと日暮家の皆さんのリアクションとかもそうですが、とにかくすごく行き届いたコミカライズだと思います。

「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」第1話より。

「~異伝・絵本草子~半妖の夜叉姫」第1話より。

──アニメは4クールあるので、連載も少し長くなりそうですね。

椎名 もちろん手を出した以上は作品がかわいいし責任もあるので、アニメの話を大筋でなぞってヒロインたちが辿り着く最後の場面まで描きたいと思っています。でも単なるダイジェストにして話を進めるとマンガとして面白さがなくなるので、そのバランスは腕の見せどころですね。