
私の名作 第9回 [バックナンバー]
天野こずえ「あまんちゅ!」──“楽しいは最強”!陰キャだった僕を行動派に変えた人生の教え
「あまんちゅ!」には人生のすべてが詰まっています
2025年9月12日 15:00 2
どのマンガもすごい! ──とはいえ、マンガ好きなら誰しも、心の中に“自分だけの特別な作品”を持っているはず。このコラムでは、人一倍マンガを読んできたであろう人々に、とりわけ思い入れのある、語りたい1作を選んで紹介してもらうことで、読者にまだ知らないかもしれない名作マンガとの出会いを届けている。第9回ではライターの太田祥暉氏に、天野こずえ「あまんちゅ!」について綴ってもらった。
文
大学時代、一筋の光として差し込んだぴかりの言葉
今でこそ、アニメスタッフや声優、主題歌アーティストなど、多くの「初めまして」の方々に会いに行き、小一時間お話を伺い、記事を書くという仕事を生業としていますが、元来僕は人見知りの陰キャなのです。学生時代はとにかく教室の隅っこで、少ないオタク友達としか話していませんでしたし、文化祭や体育祭といった「クラスの絆」を見せるようなイベントは大の苦手。ひょんなことから評論同人誌を出すことになったときも、不特定多数から寄稿を募る合同誌ではなく、もともと知っていた仲間内でどうにか……という船出にしたのも、自分が生来の陰キャで知らない人に声をかけることが苦手だったから、にほかなりませんでした。
なんでこんなことを吐露しているのかといえば、大学2年生のときに出会った「あまんちゅ!」が自分のその後の人生を変えたマンガだからです。「あまんちゅ!」には人生のすべてが詰まっています。
「あまんちゅ!」は静岡県伊東市を舞台に、進んで行動することが苦手な女子高生・大木双葉(てこ)が、とにかく明るい女の子・小日向光(ぴかり)と出会い、ダイビングをしたり、高校生活を過ごしたりしていく中で徐々に成長していく……という物語です。読んだのは聖地が近い(静岡県生まれなので)という理由からでしたが、自分はどんどんとぴかりや真斗ちゃん先生の言葉に突き動かされるようになっていきます。
ぴかりは何事も前向きな女の子。どちらかといえば自分は後ろ向きなてこに感情移入をしながら「あまんちゅ!」を読み始めたのですが、明るい未来だけを見て進んでいくぴかりの様子が、それまで人見知りの陰キャとして生きてきた自分にどれだけ刺さったか!
例えば、第3巻でぴかりが真斗ちゃん先生から「ぴかりはいつも楽しそうだな」と問われると、「わたしは頭のメモリー容量が限られているんですっ」「だから幸せになることにしか使えませんしそのためならどんな労力も惜しみません!」と答えます。僕はかなり何事もネガティブに考えてしまう性格なのですが(人から呼び出しを食らったら、怒られるのだろうか……とだいたいの場合しょんぼりしてしまうような)、確かに常に幸せになることばかり考えて進んでいったほうが幸せになれるし、たった一度きりの人生、楽しいだろうなと目から鱗が落ちて。
ほかにも、真斗ちゃん先生の「人は過去と他人は変えられないが未来と自分は変えられるんだ」というセリフ(後のエピソードで回収されたときには、とにかく涙を流しました……)も金言となり、やらない後悔よりもやる後悔、楽しい人生にするために楽しいことをやっていこう、と考えるようになったわけです。
陰キャオタクが、未来と自分を変えるために動くきっかけ
そうして、2016年(大学2年生のとき)、僕は一念発起して、実家(静岡市)から「あまんちゅ!」の舞台である伊東まで、片道100kmを自転車で向かうことに。それまで何もしてこなかった陰キャが、いきなりクロスバイクを買って、自転車で峠を越えるという大冒険。それを行動に移させたのは、ぴかりのマインドがきっかけだったと思います。やっぱり、楽しいは最強、楽しいは正義、楽しいは無限大なんだよな……。このマインドの結果、どんどん自分は行動派(思い立ったが吉日、すぐ行動)になっていった気がします。
その後、大学の友人と一緒に富戸(まさにぴかりたちがダイブした場所)でダイビングしたのもよい思い出になりました。ちなみに、自分は完全たるカナヅチ。スポーツも大の苦手でインドア派の人間ですから、よくダイビングに行こうとしたものです。でも、何も行動をしないよりも、今行動をして、未来と自分を変えたほうがいいですからね! そうして動いた結果、かけがえのない思い出ができました。
これがあまんちゅ!に影響されて潜った富戸の海です
そして最初の話に戻るのですが、ぴかりのマインドを心に宿すようになった結果、2017年(大学3年生)以降に刊行するようになった同人誌では、不特定多数や初めましてのフォロワーさんからも寄稿を募ったり、初めましてのイラストレーターさんに表紙イラストをお願いしたりするようになりました。また、2018年にはアニメ「あまんちゅ!」の佐藤順一総監督に同人誌上でインタビューを行い、その内容を読んでくださった方がいたことで商業ライターへの道が拓けていくことに。そういう意味でも、「あまんちゅ!」は自分のその後の人生を変えたマンガなのです。
今でも心にぴかりを。楽しいことを目指して、何事にも飛び込んでいくようにしています。その結果、ライターとなってこうやって楽しい仕事をさせていただいているのですから……。運命というものはとても素晴らしいものです。柄にもなく、恥ずかしい言葉ばかり書き連ねていますが。恥ずかしいセリフ、禁止!
最後に余談ではありますが、ラブコメ好きな自分に特に刺さったのは姉ちゃん先輩こと二宮愛とピーターをめぐる幻想的なエピソードです。天野こずえ先生の前作「ARIA」でも描かれたような、眩いファンタジーが織り交ぜられる点も「あまんちゅ!」の魅力。真斗ちゃん先生との淡い三角関係も大好きで……。
何かつらいことがあったとき、「あまんちゅ!」を読むことで、自分の人生を見直すことができています。このマンガに出会えてよかった。僕にとってそう心の底から思える、数少ない作品の1つです。
- 太田祥暉
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1996年生まれ、静岡県出身。アニメやライトノベルに造詣が深く、人物インタビューやガイドブック構成を中心に活動するライター。著書に「ライトノベル50年・読んでおきたい100冊」がある。
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太田 祥暉 @WataruUmino
コミックナタリーさんから「人生を変えた一冊について書いてください!」と来たので、『あまんちゅ!』の話をしています!
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