コミックナタリー PowerPush - ヤマザキマリ「スティーブ・ジョブズ」
テルマエ作者が天才ジョブズを熱筆
言わずと知れたAppleの創設者、スティーブ・ジョブズの伝記「スティーブ・ジョブズ」を、「テルマエ・ロマエ」で知られるヤマザキマリがコミカライズ。第1話の試し読みには海外からのアクセスも多く、イギリスのガーディアン紙も取り上げるほどに話題を集めた。
コミックナタリーでは待望の1巻発売を記念し、ヤマザキにインタビューを敢行。天才・ジョブズという人間についてはもちろん、青年誌ではなくKiss(講談社)という女性誌で連載している意味についても聞いた。
取材・文・撮影/唐木元
息子と舅が「それがどんだけすごい仕事なのかわかってるのか?」って
──第1話の試し読みが公開されたとき、たいへんな騒ぎになりましたね。世界中からリアクションがありました。僕ら普段マンガのニュースを扱ってても基本はドメスティックだから、正直びっくりしたし、やっぱりヤマザキさん国際派なんだなあ、と。
いやあれは、第1にジョブズが世界中誰でも知ってるような有名人で、原作が世界的なベストセラーだったこと。第2にあれが掲載された号がね、Kissのリニューアル号で、普段にも増してキラッキラした表紙だったんです、東村アキコ先生の。そのギャップが話題に拍車をかけたんですよ。だから私がどうこうと言うより……。
──確かにリアクションで「日本って凄いぜ、こんなKAWAIIとクールなジョブズが一緒の雑誌に載ってるんだ」みたいのがありましたね。ご本人的には違和感はありませんか、女性誌で、割とリアルなタッチで、ジョブズの生涯を描くということに。
最初はちょっと心配だったけど、考えてみれば「テルマエ」やってたビーム(エンターブレイン)だって、もんのすごいゴッタ煮の雑誌じゃない。いいんじゃないですか、雑誌と言うくらいだから多様性があって。
──最初はちょっと気にしたと。
「ほんとにKissでやるの? いいの?」って聞いたけど、担当の人が「いいです。むしろそれがいいんです」って言ってくれたから。
──そのときの、つまり連載に至る経緯を教えてください。
鎌倉さん(Kissの担当編集者)から依頼があって。もしかしたら世間では「100万部を売り上げた超ベストセラー伝記のコミカライズ企画!」って思われてるかもしれないけど、依頼があったのは国内版が発売されたばかりの、売れてるか売れてないのかもわからない時期でしたからね。ピンとこないし独裁的な事業家だというイメージしかなくて「興味がないんで」って断ったんですよ、最初。ただ家でそのことを話したら、息子と、あとお舅さんがエンジニアなので、「ジョブズの伝記を断った? 何をやってるんだ、それがどんだけすごい仕事なのかわかってるのか?」って猛烈に説得されて(笑)。
「どうしてそんな嫌なこと言うの」って奴を描きたいし、それが楽しい
──息子さん、ジョブズファンなんですね。
だってジョブズが死んだとき、息子がアップルストアに献花に行くっていうんで私も連れて行かれたんですよ。そんくらいのファン。
──付き添いで追悼に行かれたんですね。
そう、だからそのときに、すごい数の人が町中から押し寄せてきて、みんな、いい歳をした地味な格好をした大人たちがね、ジョブズを惜しんで泣いたりしてたのは見ていたんです。そのときに「へえ、嫌な奴と言われてもいるのに、実はすごい人気がある人だったんだ」っていうのは認識してましたね。ただいかんせん、私は興味なかったから(笑)。
──じゃあそういうある種、受動的なスタートを切った企画ですが、いま描いてらしていかがですか。エンジョイ?
そりゃもう! すごい楽しんで描いてる。なにしろジョブズがヤな奴なんですよ。「どうしてそんな人が嫌がるようなこと言うの」ってシーンが、出てくればくるほど楽しい。聖人君子はみなさんたくさん描かれてますからね、嫌な奴の方が実は描き応えがあるし、もの凄くワクワクする。基本、変人とか嫌な奴を描くのが大好きなんですね、私。
──嫌な感じの人間を描く楽しさってどういうところにありますか。
まず私はもともと油絵をやっていたんですが、そのときの専門が肖像画だったんです。だから表情にその人間の内面や本質が出ているような絵を描くのは、得意なつもりだし、好き。テルマエもそうですけど、今回も(主人公が)外国人でしょう? 私が長いこと海外で暮らしているうちにストックした、約束を反故にしたときにトボける白人特有のジェスチャーと表情とか、そういうのは他の人より現実に目にしてるはずだから、巧くできると思う。
抜くコマでは勇気を出して真っ白に、描き込むコマと機械はみっちり
──「テルマエ」も、ルシウスやハドリアヌスは古代ローマ人とはいえ大きく言えば白人でした。ただ今回、人物の描き方がまた少し違うように見えますね。
具体的にはまず、ペンが違います。テルマエは丸ペンの細い線で割とゴミゴミ描き込んだんだけど、それはあの世界に合うと考えてね。ところが今回人物はぜんぶ筆ペンにしました。筆ペンで強弱付けたシンプルな線で、ザクッと描いたほうがいいんじゃないかと。
──ぜんぶ筆ペンだったんですか。
ええ、ダイソーで売ってる、セーラーの100円の奴。日本に来るたびまとめ買いしてたんだけど、ダイソーでも売ってないときがあるから、最近はセーラーから直接送ってもらうようになりました。それじゃないとダメなの。
──筆ペンの線のほうが「良い」ってジャッジした基準は、具体的には?
これはいろんなインタビューでも言ってるんだけど、ジョブズ本人が読んだらそっちのほうが気に入ってくれるんじゃないかな、って思ったからです。このマンガを描くにあたっては、もちろん読者や編集者の気持ちも大事だけど、ジョブズが読んだらどう思うかな、ってことを一番に意識しているかもしれない。
──ジョブズは禅にとてものめり込みましたが、そういうことと関係があるんでしょうか。
別に水墨画が好きだったから筆つながりってわけじゃないけど、シンプルをよしとする、みたいな精神の体現者じゃないですか。だから背景もすごくコントラストをつけていて、抜くコマでは勇気を出して真っ白にしてるし、描き込むコマではかなりみっちり描いてる。
──インドの街並とか、ローマにも増して空気感がすごい出てるなーと思いました。
あと機械ね。ジョブズは機械好きだから、テキトーに描いたマシンの絵を見たら怒るはずですよ。だから機械のところは、機械系が得意なアシスタントさん2人の手を借りて、しっかり描き込んでもらってる。この2人の力も借りて時代考証もすごいちゃんとやってるし、このコンデンサって型番しか書いてないけどどんな見た目だったんだろう、とか調べてると1日くらいすぐ過ぎちゃうって、こぼしています(笑)。
- ヤマザキマリ「スティーブ・ジョブズ」1巻 / 2013年8月12日発売 / 650円 / 講談社/KCデラックス
- ウォルター・アイザックソンが著した世界的なベストセラー「スティーブ・ジョブズ」を、「テルマエ・ロマエ」で一躍脚光を浴びたヤマザキマリ氏がマンガ化!! 第1話の試し読みは1週間で5万人以上が読み、第1話の掲載Kiss発売日には英・ガーディアン紙も取り上げた、超話題作登場!!
ヤマザキマリ
1967年東京都出身。17歳の頃、絵の勉強のためイタリア・フィレンツェで海外生活を送り、貧困生活ゆえに入賞金目当てでマンガを描き始める。その後、中東、ポルトガルで生活し、現在はアメリカ・シカゴで古代ローマを研究している夫と子供の3人暮らし。「テルマエ・ロマエ」でマンガ大賞2010、および第14回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。