コミックナタリー PowerPush - ヤマザキマリ「スティーブ・ジョブズ」

テルマエ作者が天才ジョブズを熱筆

夜に語り合うシーンを星空の下にした。それはマンガゆえの想像力

──確かに、今回ヤマザキさんにとってしばらくぶりの原作つきですが、文字で書いてあっても、ビジュアルはわかりませんもんね。

そう、機械ももちろんそうだし、たとえばこういうことを言った、ってシーンだって、そのときどんな表情をして言ったのだろうっていうのは、考えて描くしかないから。そこは大変だけど、マンガ化の意味でもあるからね。あくまで原作に忠実にやろうとは思っていますが、マンガならではの表現というのがあると思っているので、というかそういうことがないと私が描く意味はないので、それは心がけています。

ジョブズとウォズが星空の下で語り合うシーン。

──マンガならではの表現というのは、表情のほかにどんなところがありますか。

たとえばジョブズとウォズが夜に語り合うシーン。あれを星空の下で、ってしたのは私の想像力です。あんな育ち方をした、あんな考え方の人だったら、開放的な気持ちにさせられる夜空を見上げることも多かったんじゃないかと思ったので。

──なるほど。いまおっしゃった「あんな」っていうのは、どういうことかもう少し教えて下さい。

やっぱり強烈な孤独を抱え込んでいるということ。最初の恋人にもめちゃくちゃ酷いことしてるなーって思うんだけど、ああいうのは孤独感が魂にべったり張り付いているからだと思う。両親に「要らない」と見捨てられたこと、育ての両親に「おまえはスペシャルな存在なんだ」と言われ続けたこと。それゆえ「俺は居てオーケーなんだ」っていう裏付けを常に強烈に欲していたんだと思います。それじゃなきゃ禅だって雰囲気程度で、「お坊さんになろう」まで行きませんよ。あとアメリカということね。

──アメリカならでは?

私がアメリカで暮らしてみてはっきりわかったんですが、ジョブズみたいな人はアメリカだからこそ生まれたんだなあと。アメリカって日本どころではない学歴社会なんですよ。学歴から来るプライドだってものすごい。うちの息子を見ていても、高校生なんですけど、日本で言う特進クラスみたいのにたまたま入れたのね。そしたら家に友達を遊びに連れてきても、話してる内容が尋常じゃないのよ。もう高校生の段階で野心があるのかないのか、そういう話をしている。

──野心というのは、有名になりたいとかお金持ちになりたいとか?

そういうのじゃないのよ。個人的にどうこうじゃなくて、このアメリカという国の繁栄に自分はどういう形で貢献できるか、自分という才能をどう使ってアメリカを富ませていくのか。そういう意識があるかどうかで、まずはっきりと分別されてしまう。野心がなければ、はいサブプライムローンでもなんでもどうぞ組んでてください、という突き放し方をされる。あればあったで、有名大学の学費をどうやって調達するかみたいなシビアな話が待ってる。そういう自由の国ね。

臭くてヘンな奴もクビにしない、アメリカの懐の深さがジョブズを生んだ

ヤマザキマリ

──ジョブズもそういうエリート側なんですよね。

違うんです。ジョブズが特異なのは、「俺は特別なんだ」って意識と「世界を変えてやる」って野心はあるけど、有名大学出身でもないしドロップアウトしちゃってるし、っていう。それがリーダーになるというのはものすごいレアケースなんです。レアケースだから、原作者のアイザックソンは、ジョブズのことをちょっと奇人というか、観察対象みたいに思ってるところがある。

──別の種類の人間だと思ってるということでしょうか。

アイザックソンはちゃんとしたエリートで有名大学を出て、っていう、そっち側の人だから。それでこの伝記も、文学というより理系というか証言集というか、事例を伝えようという側面が強く書かれてるわね。私はマンガにすることで、その証言の行間や、事実の奥行きにある「どうしてそうなったのか」って奥行きみたいのを伝えられたら、意味があるんじゃないかと思ってます。

──エリート街道をいったんは外れたのに結局はエリートを超えた存在にまでなった、その理由は何だと思いますか。

ジョブズが特異だったのは、常に越境的であったことでしょうね。機械工学とアートや禅、右脳と左脳、ビジネスと芸術、そういう、領域を越境してやろうとする欲望が常にあったことだと思います。たとえばウォズニアックはテクノロジーサイドにべったりの人。それはそれで、ジョブズには作れないすごい物を生み出せたけど、ジョブズのようにまではスペシャルな存在にはなれなかった。だってジョブズが若い頃にやってたことって、基本的には当時のカリフォルニアの若者ならみんなやった、ミーハーなことばっかりですよ。ボブ・ディラン、LSD、禅、インド放浪。

ボブ・ディランに傾倒していたジョブズ。

──いまだって西海岸に行けば、そういう人がごまんといますもんね。ヒッピーカルチャーの残滓みたいな。

うん、ただジョブズは機械工学やコンピュータといった理系な才能も持ち合わせていたという。あとアメリカだなーと思うのは、たとえばアタリコンピュータの人がジョブズを雇うんだけど、長髪だし臭うし、ケンカばっかりしてるのに、クビにはしない。昼勤が無理なら夜勤にして置いておく。そういう多様性っていうか、ジョブズみたいなヘンな奴も認めてあげるような懐の深さも、アメリカの側面だと思う。インドへの旅費を助けてあげたり。私もしょっちゅういろんな国をふらふら1人旅をしてきた人間なんで、インドを歩いてるジョブズっていうのは、すごくわかるな。お風呂にも入らず、臭くて、自信満々で、こう「インドにいる俺スゲー」って傲りで満ち満ちているの(笑)。

ヤマザキマリ「スティーブ・ジョブズ」1巻 / 2013年8月12日発売 / 650円 / 講談社/KCデラックス
ウォルター・アイザックソンが著した世界的なベストセラー「スティーブ・ジョブズ」を、「テルマエ・ロマエ」で一躍脚光を浴びたヤマザキマリ氏がマンガ化!! 第1話の試し読みは1週間で5万人以上が読み、第1話の掲載Kiss発売日には英・ガーディアン紙も取り上げた、超話題作登場!!
ヤマザキマリ
ヤマザキマリ

1967年東京都出身。17歳の頃、絵の勉強のためイタリア・フィレンツェで海外生活を送り、貧困生活ゆえに入賞金目当てでマンガを描き始める。その後、中東、ポルトガルで生活し、現在はアメリカ・シカゴで古代ローマを研究している夫と子供の3人暮らし。「テルマエ・ロマエ」でマンガ大賞2010、および第14回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。