母と家族の感動物語、中野量太の映画を舞台化 成井豊・岡内美喜子・瀧野由美子が語る「湯を沸かすほどの熱い愛」 (2/2)

スピード感とダイナミズムのある作品に

──映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を舞台化するにあたり、脚本執筆の段階でこだわった部分を教えてください。

成井 僕が手がける作品の特徴でもあるのですが、語り手を用意したことですね。今回の舞台では双葉以外の全員が語り手を担当します。例えば、安澄が語り手として登場したとき、安澄として舞台上にいるのか、瀧野さん本人として登場しているのか、少し気になりますよね。でも、今回のように最終的に双葉が亡くなる場合は、双葉以外の人たちが双葉との思い出を振り返る形式になるので、違和感なく語り手が存在できると思うんです。9人の登場人物たちはみんな、双葉のことが大好きで、双葉のことを忘れたくない。双葉のことを知らない人たちに、双葉が素敵な人だったことを伝えたい。それを語り手が観客に語り聞かせるところが、演劇ならではの表現になるんじゃないかと思います。

成井豊

成井豊

──「湯を沸かすほどの熱い愛」の主な舞台は幸の湯ですが、今回の舞台美術はどのようなイメージを想定していますか?

成井 これから美術打ち合わせをするので、まだわからない部分もあるのですが、おそらく銭湯を象徴するようなセットが軸になると思います。銭湯が学校になったり、アパートになったり、矢継ぎ早にどんどんロケーションが変化していくのではないかと。「湯を沸かすほどの熱い愛」は会話がメインなので、どちらかというと大人しめなお芝居ではあるんだけど、スピード感とダイナミズムのある作品にできればと思っています。銭湯の煙突から煙が上がるラストシーンを忠実に再現するのは難しいかもしれないですが、しゃぶしゃぶをするシーンはぜひ取り入れたいですね(笑)。

映画と最も異なるのは夫・一浩のキャラクター

──岡内さんが演じる双葉は、余命宣告を受けながらも、失踪した夫・一浩を家に連れ帰り、休業していた銭湯を再開させ、娘・安澄を独り立ちさせるべく奮闘します。双葉という役を立ち上げるにあたって、意識していることを教えてください。

岡内 私がどうまねをしても、原作の映画で双葉役を演じた宮沢さんにはなれないので、私の色を出しつつ、新しい双葉像を作っていけたらと思います。稽古をしているうちに、少しずつ役に引っ張られてしまう部分があるんですけど、今回はとにかく病気にならないように気を付けないとですね! 物語の最後のほうで、双葉が病気によって次第に弱っていく描写もあるので、体力は落とさないようにしながらも、そのシーンをうまく表現できるよう努めたいと思います。

岡内美喜子

岡内美喜子

──瀧野さんは、ご自身が演じる安澄というキャラクターをどのような人物だと捉えていますか?

瀧野 安澄ちゃんはすごく純粋な子ですよね。もともとは強い人間ではなかったけど、お母ちゃんの影響で、どんどん芯のある子になっていって、人として強くなっていくのを感じました。私も学校で安澄ちゃんと同じような少しつらい経験をしたことがあるので、安澄ちゃんの気持ちが少しわかるんです。その思いを大切にしながら、安澄ちゃんを演じられたらと思います。

──また、双葉の夫であり、安澄の父でもある一浩役を、中村誠治郎さんとキャラメルボックスの鍛治本大樹さんがWキャストで演じます。

成井 一浩は不甲斐ない男ですけど、とにかくモテるんですよねえ。映画版のオダギリジョーさんもイケメンだけど、中村くんもかなりのイケメン。鍛治本にも、年賀状で「今回はイケメン枠の役です。よろしく」とプレッシャーをかけておきました(笑)。

岡内瀧野 ははは!

成井 舞台では、オダギリジョーさんのような落ち着いたテンションを再現できないので、中村くんも鍛治本も新しいキャラクターを創造することになると思います。映画と最も異なるのは一浩のキャラクターなんじゃないかな。それに加えてWキャストだから、それぞれの個性が出るだろうし、面白くなると思いますよ。

3人が“熱い愛”を捧げたものは…

──「湯を沸かすほどの熱い愛」というタイトルにちなんで、お三方が人生の中で“熱い愛”を捧げたものがあれば教えてください。

岡内 私はキャラメルボックスに入る前にダンスをやっていて、熱心に打ち込んでいた時期があるんです。今回、振付に川崎悦子先生のお名前があったので、「やったあ、ダンスシーンがあるんだ!」と密かに喜んでいました(笑)。

瀧野 私はサックスですかね。小学生の頃、吹奏楽をやっている姉の練習を見に行ったときにサックスに一目惚れして、どんな音の楽器かも知らなかったけど、「絶対にこの楽器をやるんだ!」と決めました。中学生でサックスを始めて、吹奏楽が盛んな高校に進んだんですが、サックスを希望する生徒が多くて。レギュラーメンバーにはなれなかったけど、もっと学びたいと思って音大へ進みました。高校生のときに買ってもらったサックスを今も使っていて、ラジオだったり、テレビだったり、お仕事でも演奏する機会をいただくことがあります。

瀧野由美子

瀧野由美子

成井 僕はそうだなあ……“熱い愛”を捧げたのはプロレスかなあ。20歳から40歳まで熱心に試合を観に行っていましたよ。一番観に行ったのは全女(全日本女子プロレス)で、その次が新日(新日本プロレスリング)。三十代になってからは全日(全日本プロレス)もよく観に行っていたし、「週刊プロレス」も毎週買っていました。特に好きだったのは、ブル中野選手と小橋建太選手! でも、40歳のときにプロレス断ちをしたんです。ちょうど劇団の活動が忙しくなってきた時期で、インプットの時間を増やさないと脚本も書けないし、演出もできないということで、プロレスとテレビとマンガをやめたんですよ。その代わり、映画を観て、本を読むようになりました。

──演劇活動に邁進するために、好きだったものと訣別したんですね。ちなみに成井さんは演劇に対しても非常に“熱い愛”を捧げていらっしゃると思うのですが……。

成井 僕、すごく飽きっぽいんですけど、芝居はいつまでやっても飽きないんですよね。高校1年生の頃からやっているから、もう50年近く続けているのか。舞台の構想を立てて、執筆して、稽古をして、本番をやって、というふうに時期によって変化があるから、飽きずに続けていられるのかもしれない。それで、公演が終わる頃になると、また舞台がやりたいと思うようになる。大学時代に演劇の道を諦めて、高校の教師になったけれど、教員になって2年目に趣味の範囲で演劇を再開して……まさかこの年になっても演劇をやっているとは思わなかったな(笑)。

岡内 演劇には不思議な魅力がありますよね。たった2時間のお芝居を作るために、たくさんの人たちが集まって、長い時間をかけて準備して、そのかけがえのない2時間を何百人というお客さんたちと共有する。こういう文化ってほかにないし、素敵なものだなと改めて思います。

瀧野 アイドルとして活動していたときは、舞台を観に行く機会があまりなかったんですけど、グループを卒業してからよく観に行くようになって、「もっと早く観ておけばよかった!」と思うくらい舞台に惹かれました。お芝居の経験は浅いですが、映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を観て、自分が受けた影響をお客さんにも届けられるようにがんばるので、ぜひ劇場に足を運んでください。

岡内 そうですね。原作の映画が好きな方も、映画をまだご覧になっていない方も、劇場で私たちと一緒に時間を過ごして、中野監督が作り出した素敵な空気感を楽しんでもらえたらと思います。舞台版の方も好きになっていただけたらうれしいです。

成井 原作があるお芝居を上演するときに毎回言っているんですけど、僕は本当に惚れ込んだものしか舞台化しないんです。ビジネスでやったことは一度もありません。原作の映画にこれほど惚れ込んだ人間はそうそういないと思うので、ほかの人が舞台化するより、僕やったほうが絶対に良い!と自信を持って言えます。そんな人間が作りますので、ぜひ観に来てほしいし、もし舞台を気に入ってもらえたら原作の映画も観てもらいたいです。

左から成井豊、岡内美喜子、瀧野由美子。

左から成井豊、岡内美喜子、瀧野由美子。

プロフィール

成井豊(ナルイユタカ)

1961年、埼玉県生まれ。劇作家・演出家、日本演出者協会理事、成井硝子店顧問。早稲田大学第一文学部卒業後、高校教師を経て、1985年に演劇集団キャラメルボックスを創立した。劇団では、脚本・演出を担当。オリジナル作品のほか、北村薫、東野圭吾、伊坂幸太郎、辻村深月といった作家の小説の舞台化を手がけている。

岡内美喜子(オカウチミキコ)

1976年、東京都生まれ。1997年、演劇集団キャラメルボックスに入団。主な出演作に、舞台「嵐になるまで待って」「スキップ」、テレビドラマ「相棒 season22」などがある。

瀧野由美子(タキノユミコ)

1997年、山口県生まれ。2017年から2023年までアイドルグループのメンバーとして活動した。舞台「湯を沸かすほどの熱い愛」がグループ卒業後初の舞台出演となる。