母と家族の感動物語、中野量太の映画を舞台化 成井豊・岡内美喜子・瀧野由美子が語る「湯を沸かすほどの熱い愛」

2016年に公開され、第40回日本アカデミー賞で6部門受賞、うち2部門で最優秀賞を獲得した中野量太の映画「湯を沸かすほどの熱い愛」が、成井豊によって舞台化される。作品へのあふれる愛を抑えきれず、舞台化が決まる前に脚本を執筆したというほど、原作映画に惚れ込んだ成井の思いがついに結実する。

このたびステージナタリーでは、脚本・演出を手がける成井、余命宣告をされながらも“絶対にやっておくべきこと”を実行するため奮闘する“パワフルお母ちゃん”双葉役の岡内美喜子、その娘・安澄役を演じる瀧野由美子にインタビュー。原作映画が持つ魅力、舞台化にかける思い、3人それぞれが“熱い愛”を捧げたものについて語ってもらった。

取材・文 / 興野汐里 撮影 / 藤記美帆

上演が決まる前に脚本執筆…やっと実現した舞台化

──成井さんは「湯を沸かすほどの熱い愛」上演決定の際、原作映画への熱い思いを語っていらっしゃいました(参照:岡内美喜子・瀧野由美子・中村誠治郎ら出演「湯を沸かすほどの熱い愛」舞台化決定)。改めて、「湯を沸かすほどの熱い愛」を舞台化したいと思った理由を教えてください。

成井豊 2016年に原作映画を観てものすごく感動して……日本映画を観てあれほど泣いたのは本当に久しぶりでした。即座に「自分でこれを舞台化したい!」と思って動き始めたんですが、なかなか舞台化の話が進まなかったんです。それからしばらく経って、今から3年前くらい前かな。中野量太監督が書いたノベライズを読んで、またボロボロに泣いちゃって(笑)。「やっぱり舞台化するしかないよ!」と思い立って、先に脚本を書いてしまったんです。

左から成井豊、岡内美喜子、瀧野由美子。

左から成井豊、岡内美喜子、瀧野由美子。

岡内美喜子 ははは! そうだったんですか!?(笑)

成井 通常は原作元にお伺いを立てて、舞台化の権利を取得してから脚本を書くんだけど、今回は上演のあてがないままとりあえず脚本を書きました。こんなことをしたのは人生で初めて。それぐらい惚れ込んだ作品でした。8年ほどかかりましたが、やっとたどり着くことができて本当に良かったと思います。

──銭湯・幸の湯を舞台にした「湯を沸かすほどの熱い愛」では、余命2カ月と宣告された母・双葉が、4つの“絶対にやっておくべきこと”を実行する様が描かれます。成井さんは原作映画のどんなところに特に惹かれましたか?

成井 隅々まで大好きなんですけど、1つだけ挙げるとしたら、ヒロイン・双葉の生き様かなあ。双葉がやったことって別に正しくはないんですよ。不登校になった安澄を無理やり学校に行かせたり、安澄を実の母親に会わせたり、あれが正しいことだとはとても思えない。でも、彼女に残された時間はあと2カ月しかないんです。間違っていることかもしれないけど、「今、これをやらなきゃダメなんだ!」と思ったことを命がけでやる。これが本当の愛情かもしれないと胸を打たれました。

成井豊

成井豊

──岡内さんは、原作映画で宮沢りえさんが演じた母・双葉、瀧野さんは杉咲花さんが演じた娘・安澄役をそれぞれ演じます。お二人は原作映画を観て、あるいは成井さんの脚本を読んで、どのような感想を持ちましたか?

岡内 これまで小説の舞台化作品に出演させていただくことが多かったんですが、小説を舞台化すると泣く泣くカットするシーンやセリフがたくさんあるんです。でも今回は映画を舞台化するということで、ほぼ原作通りのストーリーに新たなシーンが追加されていて、とても素敵な脚本をいただいたなと思いました。私、4年前に子供を出産したんです。なので、もう少し前に上演されることになっていたら双葉を演じることはできなかった。舞台化までの過程で、成井さんはもどかしい思いをしたと思うのですが、このタイミングで舞台化されることになって本当に良かったなと思います。

岡内美喜子

岡内美喜子

成井 岡内は双葉にぴったりだと思ったんですよね。でもまだ子供が小さいから引き受けてもらえるかな?と不安だったんだけど、プロデューサーから本人に確認してもらって。

岡内 誰に相談する間もなく、「やります!」と即答しました(笑)。

──「湯を沸かすほどの熱い愛」では、血縁関係がなくとも、固い絆で結ばれた母と家族の物語が描かれます。実生活で“母”になったことにより、双葉という役の解像度が上がる部分もあるのでしょうか。

岡内 子供を産む前より産んでからのほうが、「子供は自分と違う生き物なんだな」「自分の子供であっても他人なんだな」と思うようになりました。育児をする中で、「子供とどう接するのがベストなんだろう?」「もしかすると、この選択は間違っていたかな」と思う瞬間が何度も訪れるんですが、双葉さんもきっと同じことを感じながら子供を育てていたと思うんです。でもその中で、子供としっかり向き合いながら勇気を持って選択することが大事だし、それが愛なんだということを感じました。

──2023年にアイドルグループを卒業した瀧野さんは、舞台「湯を沸かすほどの熱い愛」がグループ卒業後初の舞台出演となります。

瀧野由美子 私が演じさせていただく安澄ちゃんや、お母ちゃんである双葉さんに対する感情を、まだ自分の中でうまく言語化できていなくて……。お稽古を通して、自分の中に生まれた感情がどんなものなのかをつかんで、お客さんにお届けできたら良いなと思っています。舞台に立った経験があまりないので、成井さんや岡内さん、キャストの皆さんにご指導いただきながら、お芝居の勉強をしたいと思っています。

瀧野由美子

瀧野由美子

──本格的な稽古に入る前に、瀧野さんに向けたワークショップが3回にわたって開催されたと伺いました。

成井 私が所属している演劇集団キャラメルボックスで、若手の俳優を対象にした新人練習というワークショップをやっているんですけど、瀧野さんにはその内容を実践してもらいました。僕が終始言っていたのは、「これはサンシャイン劇場でやるお芝居だよ」ということ。映像向きのお芝居をしても、サンシャイン劇場の2階席には届かない。リアルさを追求することも大事だけど、大きく演じることも大事なんだということを繰り返し言いましたね。そうしたらどんどんどんどん良くなって、3回目のワークショップでは合格点を出しました。

瀧野 お芝居の基本すらわからない状態だったので、最初はやっぱりすごく不安だったんですけど、一から丁寧に教えていただいて。しかも成井さんは高校の先生をされていたということで、とてもわかりやすかったです。すごく楽しかったし、充実した時間になりました。

──岡内さんはワークショップの1回目と3回目に参加されたそうですね。

岡内 私自身、成井さんのワークショップに参加するのが何十年ぶりだったので、とても新鮮な気持ちで参加させていただきました。映像用の演技と舞台用の演技の違いについて、改めて教えていただいて、自分にとっても良い勉強になりました。