歪な関係性だからこそ、“家族であろう”とする彼ら
──登場人物たちの横の関係についても伺いたいです。まずは龍吉と英順、両親の関係について、ヨンソクさんとスヒさんはどう捉えていらっしゃいますか?
ヨンソク 韓国では、今でもお母さんが家族を引っ張っていくという家族関係が多くあり、お父さんはお母さんの言うことを聞く、それが幸せなんだという認識があります。ですので今回は、スヒさんに寄りかかっていきたいなと思っています。
一同 あははは!
スヒ ヨンソクさんは先輩ですが、実は韓国で共演したことはなく、ヨンソクさんがどういうものが好きでどういうスタイルの演技をされる方なのかまだよくわからない部分があります。ですので、今回初めてご一緒する日本の俳優たちと同じような感じで接しています。ヨンソクさんは初演がどうだったかをよく聞いてくださるんですけれども、初演を踏襲するのではなく、自由にやってくださったらいいのではないかなと思っています。
──子世代の静花と梨花は、親世代の龍吉と英順に対して、どのような思いを持っていると思いますか?
智順 台本上の設定を見ると、静花とお母さんは年齢が近いんですよ。言葉にするのは難しいんですけど、その継母との距離感が微妙だな、普通の親子関係ではないなとは思います。先程スヒさんもおっしゃっていたように、連れ子だからこそ気にかけてくれている部分もあるのだなと、スヒさんとお芝居していると感じます。本当の娘のように接してくれてはいるけれど、「実の親子ではないから、より一層」という部分はあるんじゃないかなと。冒頭の時生(龍吉と英順の間に生まれた一人息子)のセリフにもありますが、みんながちょっとずつ血がつながっていてつながっていない、ちょっと歪な家族の姿を感じます。
村川 お父さんのイメージは台本にも書かれている通り、家族のために働いて働いて働いてきた男性というイメージ。口数はそんなに多くなく、でも、そういう父の背中を見てきた娘たちは、お父さんに対してすごく尊敬の念を持っているんじゃないかなと思います。ちょっとしたシーンで、梨花がお父さんの汗をささっと拭いてあげるなどすごくお父さんが大好きで、お父さんをずっと気遣って生きてきたんだなということを感じます。お母さんに対しても、ちょっと揉めごとがあるとお母さんが抱きしめてくれたり、怒ってくれたりして、「ああ、このお母さんだから梨花は心を赦してきたし、つらいことも一緒に乗り越えてきたんだろうな」という説得力がすごくあるんです。だからこの間も稽古で、スヒさんにギュッとハグされて泣いてしまいそうになって。スヒさん演じるお母さんはそういう包容力がある存在なので、今後もこの関係性をもっともっと深めていけたらいいなと思っています。
──千葉さん演じる哲男は、一家と付かず離れずの距離で一家に寄り添っています。哲男は一家をどのように観ていると思いますか?
千葉 この作品の中で、この人は唯一、過去がない存在なんですよ。これまで家族があったのかどうかもわからないし、みんなは心象風景で「昔は……」という話し方をしますが、哲男はそういう話を一切しない。でも家族の一番外側にいる存在でありながら、家族を作ろうとしている男だから、必死に一家の中に食い込もうとしている。たとえばスヒと舞台上にいるとき、全然関係ないところで目が合ったりするんです。というのも、英順と哲男は外から入ってきた人だから。──というこの芝居の構造に、すごく喜びを感じるんですよね。また静花に対しては「好き」っていうんだけれども、梨花に対しては1回も「好き」って言っていない。そういう違いにも、義信さんの脚本の面白さがあると思いますし、一言一言気が抜けない。なんとなく流して言えるセリフが1つもないと思っています。
2025年版「焼肉ドラゴン」を一緒に楽しみましょう!
──鄭さんは凱旋公演決定時「今回の中劇場公演をもって、『焼肉ドラゴン』はラストステージとなります。どうぞあの家族たちの行く末を見届け、温かい拍手で送ってくださることを願ってやみません」とコメントされました。今回はいわゆる決定版を作るお気持ちで臨んでいらっしゃるのか、これまでのクリエーションの延長線上として2025年版の制作に取り組んでいらっしゃるのか、どのようなお気持ちでしょうか?
鄭 決定版という風には考えてはいないですね。上演のたびにいろいろな役者たちが集まって、その人たちと一緒にいつも作ってきたので、「これが決定版です」という大それた気持ちではなく、今、目の前にいる人たちと今あることを最大限やる、という思いです。ただ自分の年齢やいろいろな状況を考えると、この出演者たちと次はいつ会えるのかなと思いますし、結果的に「ファイナル」ということになるのかもしれません。なので「今やっていることに対して、最大限面白いものを作りまっせ!」というつもりでやっています。
──また本作は10月7日に新国立劇場 小劇場で開幕したのち、12月19日から21日に新国立劇場 中劇場で凱旋公演を行います。かなり劇場の規模感が変わりますが、その点についてはどう捉えていらっしゃいますか?
鄭 小劇場から中劇場に行くことは、最初はちょっと抵抗感もありました。というのも、これは小劇場の空間でこそ成立している芝居じゃないかなと思っていたので。でも同時に、「中劇場でやったときにこの作品はどういう具合に見えるんだろう」という興味が湧いて、その世界もちょっと観てみたいなと思ったんです。なので、小劇場は小劇場、中劇場は中劇場で面白い発見ができるんじゃないかと思っています。
千葉 やるほうは大変っすよ!
一同 あははは!
──鄭さんは過去のインタビューで、「焼肉ドラゴン」が欧米圏でリーディング上演された際、観客から本作が移民の話と捉えられたことに驚きを感じた、とお話しされていました。初演から17年、社会の状況も当時からかなり変化し、「焼肉ドラゴン」がまた新たな受け止められ方をするのではないかと思います。
鄭 そうですね。時代はどんどん悪くなっている感じがしていて……移民の問題も、日本ももはや他人事ではない状況になりました。日本人ファーストという考え方が広まり、外国人を排斥しようとする力がどんどん大きくなってきている一方で、外国人労働者がいなかったら日本は立ち行かない状況になっていますし、「在日コリアンはどうなるの?」と感じている人も多いと思います。ですので、初演以上に「焼肉ドラゴン」は、切実に感じる作品になるのではないでしょうか。
ただそういうことは抜きに、新しい「焼肉ドラゴン」をずっと待ち望んでくれていたお客様のためにも、「この一家がまたやって参りました! 一緒に楽しみましょう」とも感じています。外国人ではあるけれど、私たちも同じ日本に住んで、同じように泣いたり笑ったりしている。広く捉えれば、地球上にいる人たちみんな、同一平面上にいる人間同士だから、喜怒哀楽は共有できるものだと思うし、そのことをみんなで一緒に楽しんで分かち合えればいいなと思っています。
プロフィール
鄭義信(チョンウィシン)
1957年、兵庫県生まれ。脚本家、演出家。1993年に第38回岸田國士戯曲賞を受賞。映画「月はどっちに出ている」脚本で毎日映画コンクール脚本賞・キネマ旬報脚本賞、「愛を乞うひと」脚本でキネマ旬報脚本賞、日本アカデミー賞最優秀脚本賞ほかを受賞。2021年に劇団ヒトハダを旗揚げ。新国立劇場では「たとえば野に咲く花のように」「アジア温泉」の作、「焼肉ドラゴン」「パーマ屋スミレ」「赤道の下のマクベス」の作・演出を務め、「焼肉ドラゴン」初演で第16回読売演劇大賞優秀演出家賞、第12回鶴屋南北戯曲賞、第43回紀伊國屋演劇賞、第59回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した。
千葉哲也(チバテツヤ)
俳優、演出家。1987年、演劇企画集団THE・ガジラ旗揚げに参加。俳優として舞台、映画などさまざまな作品に出演するほか、演出家としても活動。第5回読売演劇大賞優秀男優賞、第14・16回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞、第39回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞した。
村川絵梨(ムラカワエリ)
大阪府生まれ。2002年にユニット・BOYSTYLEとして歌手デビュー。2004年より俳優業をスタート。近年の主な舞台出演作に「レオポルトシュタット」「ドリームガールズ」「テラヤマ・キャバレー」など。
村川絵梨 (@eri_murakawa_official) | Instagram
智順(チスン)
俳優。大阪生まれ。2005年映画「パッチギ」にてスクリーンデビュー。近年の主な舞台出演作に「someday」「サンソン-ルイ16世の首を刎ねた男-」「アーモンド」「ジュリアスシーザー」「セールスマンの死」など。
ちすん 智順 chisun (@chisun11) | Instagram
イ・ヨンソク
千代田工芸芸術専門学校卒業。1988年、劇団銀杏の木を設立し、現在代表として在職する一方、演劇、映画、放送など様々な分野で活発に活動している。これまでの主な出演に、映画「茲山魚譜」「母なる証明」「先生キム・ボンドゥ」「ボングは配達中」、テレビドラマ「恋人」「ドクター探偵」「たった一人の味方」「マイ・ディア・ミスター」「刑務所のルールブック」など。1994年・2017年韓国演劇俳優協会選定今年の俳優、2014年・2017年ソウル演劇人大賞男性演技賞、2016年第15回ミジャンセン映画祭審査員特別賞、ほか受賞多数。
コ・スヒ
1998年、劇団コルモッキルに入団し、1999年「青春礼賛」でデビュー。2023年に退団後、自身の劇団58号国道を設立、演出も務める。これまでの主な出演に、映画「幼い依頼人」「サニー 永遠の仲間たち」、テレビドラマ「魅惑の人」「幻の王女チャミョンゴ」など。2007年東亜演劇賞演技賞、2017年ステージオーディエンスチョイスアワード最高の演劇俳優助演女優賞、2024年第33回大韓民国新春文芸フェスティバル優秀演技賞および第24回二人芝居フェスティバルスペシャルアーティスト賞受賞。日本では、「焼肉ドラゴン」(2008年初演)での演技で第16回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞した。