WOWOW「大人計画 怒涛の7カ月大特集」Vol.2|いよいよ後半戦突入!松尾スズキが振り返る2000年代以降の大人計画&宮藤官九郎が語る「ドブの輝き」

精神世界に降りていったような「業音」

──そしてWOWOW「大人計画 怒涛の7カ月大特集」の最後を飾るのが、日本総合悲劇協会vol.6「業音」です。2003年に上演された「業音」は、虚実入り混じった世界の中で、人間のさまざまな“業”が描かれる、強烈なインパクトがある作品でした。今回放送される2017年上演の再演版では、それまで大人計画では若手という印象だった平岩紙さんが軸となり、力強く物語を牽引していました。

「業音」(2017年版)より。

初演は荻野目慶子さんが演じた役で、彼女の印象が強烈だったので、次に演じてくれる人を見つけるのに難航していたんですが、「そうだ! 平岩がいるじゃないか」と。難しい役なので、最初は平岩も逡巡してたんですけど、なんとか出てくれることになって。実は女性で主役を張れる俳優を、大人計画の中に打ち出したいと思っていたんですね。もちろん伊勢(志摩)や猫背(椿)はいますけど、「業音」で考えると役的に少し年齢が高いということもあり、当時の平岩なら年齢的にもぴったりだし、力がついてきたなって思っていたところだったので、今「業音」をやるなら平岩だろうと。その後、ほかの現場でもいい役をもらうようになったので、このままいってほしいですね。

──平岩さんをはじめ、初演から半分くらいキャストが変わりましたが、それでも作品から受ける圧倒的な印象は変わらず、作品のブレなさ、軸の太さを感じました。

時代がどうこう、という感じで書いてないですからね。抽象的な部分も多いし、自分の中でももっともアートに近付いたなという印象がありました。またそれ以前から取り入れてはいましたが、康本雅子に振付とダンサーとして入ってもらっていて、「業音」ではシーンとシーンの間にダンスを入れるってことをやってみたんです。それによって「ダンスってこういう見せ方ができるんだ」という発見があり、ダンスに対する考えがシフトしていくきっかけにもなりました。

──白で統一された舞台美術も印象深く、そういった視覚的な要素も劇世界の構築に強く影響を与えているのではないでしょうか。

自分でも説明しきれない部分がすごく多い作品で、ある意味自分の中で一番精神世界に降りていったような作品だと思います。人によっては「わけがわからない」で終わる可能性もありますが、芝居を見慣れている人からは「すごい」という意見が多かったですね。自分の中でも「業音」は本当に特別な作品というか。笑いを主体としたほかの作品とはちょっと違うし、外国人の人にも観てもらいなと思います。実際に再演ではパリでも公演をしていて、すごく評判が良かったんです。

──ぜひまた上演していただきたいです。それと、再演版は宮崎吐夢さんの華麗な変身ぶりも忘れられません。

あまりにも太ってたから痩せろって言いましたけど、あんなに痩せるとは。そういう副産物を生み出してしまったのも、アートゆえなのかなって。でも今、きちんと太り直してますから(笑)。

演劇は自由だと思い出してほしい

──最近は再演の機会や、大根仁さんらほかの演出家によって松尾作品が上演されることも増えています。今後、最新の舞台上演と過去の映像を見比べることが、舞台の新しい楽しみ方の1つになるかもしれません。

そうですね。コロナ禍でいろいろな人が配信をやり始めましたが、それを保存しておくのか流しっぱなしにするのか、リアルタイムで観るのかアーカイブを観るのかでも話は大きく違ってくると思います。ただ、いずれにしても演劇はもう、ライブだけでは収まりがつかない時代なんだと思うんですね。それに、これまでは「終わった演劇は観られない」と思って諦めてきましたけど、映像に残しておけばまた観られるんだってわかってしまうと、人間の欲望ってその上をいってしまうので(笑)、やっぱり昔のものも観たくなる。今、動画配信サービスでは新しい映画より小津映画のほうが観られているって聞きますけど、時代が進むことによって、古いものを観られることが逆に新しいというか。今後はそういう刺激も織り込みながら考えていくのがいいのかなと思いますね。

──今回の「大人計画 怒涛の7カ月大特集」をご覧になって、大人計画本公演への期待が高まっている方も多いと思います。本公演の今後のご予定は?

「業音」(2017年版)より。

やると思いますよ。ただ歳を重ねるにつれ、自分が演出している舞台に自分が出演するのは難しくなって来ているのと、本当に大人計画は人数が多いから、どんな作品にするかは悩みの種なんですけど。ただ大人計画の俳優たちは、阿部にしろ、池津、荒川、村杉(蝉之介)にしろ、よその公演で観るより、自分のところに出ているときがやっぱり一番面白いなと思います。

──期待しております! 改めて今回、これだけ多くの大人計画作品を見返すことができ、オールドファンはもちろん、映像でしか大人計画の俳優たちを知らない方にとっても貴重な機会となっているのではないでしょうか。

俺たちにも二十代があったんだということに驚いてほしいですね(笑)。そして演劇って自由なんだということを思い出してほしいです。

松尾スズキ(マツオスズキ)
1962年12月15日生まれ。福岡県出身。1988年に大人計画を旗揚げし、1997年「ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~」で第41回岸田國士戯曲賞を受賞。2004年に映画「恋の門」で長編監督デビュー後、2008年には映画「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を獲得。2015年に映画「ジヌよさらば~かむろば村へ~」(監督・脚本)、2019年に映画「108~海馬五郎の復讐と冒険~」(監督・脚本・主演)が公開された。小説「クワイエットルームにようこそ」「老人賭博」「もう『はい』としか言えない」で芥川龍之介賞にノミネートされるなど、作家としても活躍。2019年に上演した「命、ギガ長ス」が第71回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。2020年、Bunkamura シアターコクーンの芸術監督に就任した。2021年には総合演出・構成台本を手がけるCOCOON PRODUCTION 2021「シブヤデアイマショウ」が上演される。

宮藤官九郎が語る「ドブの輝き」

2007年の「ドブの輝き」では、宮藤官九郎作・演出による「涙事件」、井口昇の映像作品「えっくす」、松尾スズキ作・演出による「アイドルを探せ」が、3部オムニバス形式で上演された。松尾の降板を受けて、「アイドルを探せ」の演出を引き継いだ宮藤は、当時どのような気持ちで公演に臨んでいたのか?

「ドブの輝き」より。

松尾さんと「主役が被らないようにしよう」という話をして、
「じゃあ、僕はあえて村杉さんで」と言ったら、松尾さんは、
「じゃあ、俺は遠慮なく阿部で」と言ってたのに、届いた台本は宮崎くんが主役でびっくりしました。
しかも結果的に僕が演出することになり、なんだかすごく大変だった記憶しかない。
大変すぎて、井口さんのVの記憶があまりない(笑)。でも、すごいウケてた。
日本の演劇界に池田成志さんがいて良かったと、わりと本気で思いました。はい。

宮藤官九郎(クドウカンクロウ)
1970年生まれ。1991年より大人計画に参加し、脚本家・監督・俳優として活動している。1995年に結成したパンクコントバンド・グループ魂ではギタリストを務め、作詞・作曲も担当。第25回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第53回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第49回岸田國士戯曲賞、第29回向田邦子賞、東京ドラマアウォード2013脚本賞、第67回芸術選奨文部科学大臣賞など多数の賞を受賞。2019年に放送されたNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」では脚本を担当した。2021年1月からは、自身が脚本を手がけるテレビドラマ「俺の家の話」が放送される。