貴重な大人計画総出演!「母を逃がす」
──2009年に上演された「サッちゃんの明日」は、星野源さんの音楽と、朝ドラを彷彿とさせる、鈴木蘭々さんの爽やかなポスタービジュアルが印象的でした。
蘭々には「キレイ─神様と待ち合わせした女─」(2005年)で急遽ケガレの代役をやってもらい、大変な思いをさせちゃったという思いがずっとあったので、一度ちゃんと稽古して舞台に出てもらいたいな、そうやって蘭々と向き合ってみたいなと思っていました。で、どういう話がいいかなと考えたところ、あんな話になっちゃって……。
──下町の人気者・サッちゃんを軸に、隣人たちがさまざまな問題を起こしていくストーリーです。一見するとダークすぎる展開も、蘭々さんのオーラで浄化されていくような、不思議な爽快感のある作品でしたよね。カラッとした笑いが持ち味のサモ・アリナンズの小松和重さん、家納ジュンコさんがご出演されていたことも、大きかったかもしれません。
2008年に「洞海湾 ─九州任侠外伝─」でサモアリを演出したことがあって、そのときに小松くんと家納さんっていいなと思ったんです。特に家納さんは、狂気を持ちつつファニーな感じもあって、稀有な女優さんだなと。一度ガッツリやってみたかったんです。あとこの作品は、星野(源)が楽曲を手掛けているんですが、役者・星野源とも初めてしっかり向き合えたことが印象深いです。
──2月には「母を逃がす」が放送されます。1999年に初演された「母を逃がす」は、“自給自足自立自発の楽園”をスローガンに掲げた閉塞的な農業コミューンを描いた作品で、第3回鶴屋南北戯曲賞にもノミネートされました。今回放送されるのはその再演版、2010年に上演されたバージョンです。ストーリーももちろんですが、それぞれの俳優さんたちの見せ場が詰まった、まさに大人計画総出演という公演でした。
大人計画総出演ということはなかなかないので、そういう意味では記録映像としても意味があると思います。もう阿部も宮藤も、あの役をやる歳ではないというか、あそこまでの元気は出ないかもしれない(笑)。また、あれだけキャストが出てて、1人ひとりにちゃんと役割がある芝居って、なかなか書けないんですよね。大人計画は人数が多いので、全員に見せ場があるような公演って、本当に難しいなと改めて思います。
自分でかけたハシゴを自分で外したい
──その2年後、2012年に上演された「ウェルカム・ニッポン」は、久々の大人計画本公演にも関わらず、主演がアナンダ・ジェイコブズさんで……。
「久々に(劇団員が)全員出る公演なのに、なんで知らない外国人が主演なんだ」っていう(笑)。
──はい、驚きました(笑)。でもアナンダさん、大人計画の俳優陣の中で、奮闘してましたよね?
がんばりましたよね。稽古初日より日本語が明らかにしゃべれるようになってましたから(笑)。
──物語の舞台は東日本大震災後の日本で、アナンダさんは震災によって多くの外国人が日本を離れる中、日本にやって来てしまった外国人、という設定でした。コロナによって海外との行き来が制限されている現在の状況と、どこか通じる部分もあります。
「ウェルカム・ニッポン」が上演された頃って地震のことよりも放射能のことのほうがクローズアップされてきた頃で、日本にいた外国人がどんどん日本から逃げていた時期だと思うんです。そんなときに、のこのこ日本にやって来てしまった人の物悲しさというかおかしさが、笑いになればいいなと思って。
──ストーリーはシリアスな面もありつつ、アナンダさんの素なのか演技なのかわからない真っ直ぐな姿が、笑いを起こしていました。
それまで外国人の舞台俳優って、「このセリフはどんな気持ちで言っているのか」とか「この時代背景は?」って、役のバックボーンを議論しながら演じる印象があったんだけど、アナンダのいいところは「やってみて」って言われたことをただやるんですよ。舞台経験が一度もなかったということもあるのかもしれませんが、そこがうちの劇団員と非常にスタンスが似てて、良かったのだと思います。今でもたまにCMで見かけたりしますよ。
──実は全員外国人の俳優で上演する、というアイデアも当初はお持ちだったとか。
そうですね(笑)。自分に対する無茶振りというか、自分の既得権益に甘んじることへの嫌悪感がずっとあるので、自分で自分が用意したハシゴを外したいというような欲求があるんですよね。
思わず本番中にため息が出た「不倫探偵」
──2016年に上演された「不倫探偵〜最期の過ち〜」は、天久聖一さんとの共同脚本、共同演出でした。松尾さん主演作という点でも、松尾ファン待望の貴重な公演だったと思います。
やっぱり演出しながらの主演は限界だなと実感しました……(笑)。本番中にため息が出たのは初めてでしたね。「あと30分くらいある」と思ったら出ちゃった。
──(笑)。片桐はいりさんとのバディものであり、二階堂ふみさんも振り切った演技で笑いを誘っていました。
はいりさんと久々にガッツリ演技したのは楽しかったですね。二階堂さんはものすごく前のめりな女優さんで、なんでもやってくれるので助かりました。ただ自分としては、本当にセリフが覚えられないなって、ヒシヒシと感じた公演ですね。
──天久さんとは、2012年に上演された松尾さんの一人芝居「生きちゃってどうすんだ」でもタッグを組んでいますが、「不倫探偵」では天久さんのカラーと松尾さんのカラーがさらに濃く混じり合った印象を受けました。
天久くんも作家性が強い人だから、ぶつかる部分がないわけではないんだけど、「フリムンシスターズ」でもブレーンに入ってもらっていたりと、相棒としてずっと続いていく関係性なんだろうなとは思っています。またジャンルとしてミステリーは大好きなんですが、そのギミックとかトリックとかってことを考えるのが僕はすごく苦手なので、「不倫探偵」ではそこを天久くんががんばってくれたなと。
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精神世界に降りていったような「業音」